陽織、予定日!(新婚編)
4月の初め。大学の入学式は3日後。平日に黎人の休みがやっと取れたので、2人は病院を訪れた。
結婚式から一ヶ月近く経ち、陽織は先週から本格的に体調を崩していた。
ほぼ食べられなかったし飲めない。
食べても、飲んでも戻してしまう。
とにかく、いつも気分悪そうに、口元を押さえているので、キスすらできない。
黎人はどうしていいか分からず、手を握るくらいしかできなかった。
「神代さーん。」
と呼ばれ、陽織は緊張しながら1人で診察室に入る。
よく倒れる陽織だが、霊力以外ではあまり病気らしい病気をしないので、神鬼以外のところは初めてだ。
そして、5分も経たないうちに、呼ばれた診察室から陽織の絶叫と泣き声がこだました!
「こ、神代さん。大丈夫ですから。」
「やです!イヤ、いや、いやーっ!黎人さん、黎人さん、黎人さん!」
と泣き叫んでいる。
困った看護師に黎人は呼ばれ、黎人は陽織が暴れているのを見た。
「?えと、この状況は?」
「すみません。奥様がこの調子なので、少し待合室で、宥めていただけますか?」
「いやー、イヤ、いや!絶対やだー!帰るー!」
「えと、どうしたの?」
陽織がワンワン泣いていた。
待合室の妊婦さんたちが唖然としてみている。
その中から、1人の女性が話しかけてきた。
「社長、お久しぶりです。」
「あ、神杉くん。」
「ちがうよ、黎人さん。神柴さんだよ。お姉様。」
陽織が泣きながら黎人に言う。
「あ、そうか。神柴くんと結婚したんだっけ。」
そう。黎人の秘書神柴綾人は、秘書課にいた神杉絵梨花と結婚していた。結婚式には、黎人と陽織も参列させてもらった。
「で、陽織、何があったの?」
「だって、下着、脱げって。男の人が、触ろうと、うっく。えーん。ウエッ。」
「あらあら、それはね、陽織様。お医者様がお腹の中の赤ちゃんの様子を診るためなんですよ。」
「赤ちゃん?」
「そうですよ。ちゃんと診ていただかないと、赤ちゃんの様子がわからないのです。」
絵梨花が優しく陽織に説明をする。
「でも、やだーっ、男の人、やだー!」
陽織が泣く。
その時、どこから聞きつけたのか、院長の神月高樹が現れた。
「陽織、どうしたんだ?」
「と、父様〜、父様、父様〜。」
陽織は高樹に久しぶりに泣いて縋っていた。
珍しく娘に甘えられた高樹は、どことなく嬉しそうだ。
その様子を見ていた看護師や受付にいた女性が慌て出した。
「え?あの子が?」
「やば!部長に知らせないと。」
「東山部長、わがまま姫です!」
しばらくすると、事務に呼ばれた産科の女性部長、東山元子が待合室に現れた。
「申し訳ない。娘が迷惑をかけたようで。」
高樹は東山に頭を下げている。
東山は、苦笑しながら大丈夫です、と答えた。
「とにかく、箱入りで何も知らずに嫁に行ってしまったから。」
「仕方ないですわ。それでは神代さん。わたしなら良いですか?」
優しい女性部長の笑顔に、陽織は一瞬戸惑い、黎人を見上げてからコクンとうなづいた。
陽織はちょうど3ヶ月に入ったところだった。予定日は9月の後半。
「黎人さん、9月なら大学の夏休み中だね!わたし、休まなくて良いかも。」
と、笑って陽織が言う。
「神代さん、それは難しいですね。赤ちゃんを産んだあとは、2ヶ月くらいお休みしないと。」
それを聞いた陽織が呆然とした。
「わたし、羽織ちゃんと一緒に卒業できない?」
また泣き出しそうだ。
確かに噂は本当だった。
院長がいつも頭を抱える、泣き虫なわがまま姫。
「大丈夫だよ。僕だって一年飛び級して早く卒業したんだから、医学部受かっていた陽織なら、きっと農学部なら、飛び級できる。半年くらいなんてことないよ」
と、黎人が優しく陽織に言う。
その時、陽織は黎人の口を塞ごうとした。
「だめ!黎人さん。医学部の話は他所でしちゃダメって父様が!」
その時、東山はもう一つの噂を思い出した。
院長の娘が受かっていた医学部を蹴って、他の学部入った。と。
父様?なんか確かに、お嬢様だわー。
看護師の高田が、遠い目をしていた。
「大丈夫ですよ。中の人は皆さん知ってますから。」
と東山と、そばにいた高田が苦笑した。
「お医者様になるのは嫌だったんですか?」
と聞くと、
「だって、わたし、医学部受けないって言うのに、父様が。黎人さんの奥さんと両方は無理だって言ったのに。それに、医学部って解剖とか、かいぼ、う。気持ち、悪、ぎもぢ悪い。」
そこまで言うと、陽織は真っ青になって倒れた。
「神代さん!陽織さん!」
東山と看護師が慌てた。
「陽織!陽織!」
黎人が支える中、東山は陽織がやたら細いことに気づいた。身長が154センチ、体重が34??え?34?
「奥様は以前からこんなに痩せてたんですか?妊娠前の体重は?」
と聞かれて、黎人は
「え?えと、確かに、その、細かったです。でも、体重は、神鬼先生なら知って、ます。たぶん。」
と答えた。
東山が内線で神鬼に連絡すると、すぐに黎人に変わるように言われる。
「黎人さん?あなたバカですか!陽織さんに子どもができたら、まずはわたしでしょう!死んじゃいますよ!とにかく、すぐに入院の手続きを!あ、神村くん、院長に、姫が倒れたって連絡!」
それからは、とにかく慌ただしく陽織が産科病棟の特別室に運ばれる。
神鬼が飛んできて、東山に説明をする。
「妊娠して、元々食が細かったところに、悪阻で食べられなくて。さらに子どもに霊力と体力持っていかれたら、常にエネルギー不足と、霊力不足の二重苦です!どうせ、霊力供給もしてなかったんでしょ?気づかなかったんですか?」
黎人はずっと神鬼に怒られている。
「すみません。仕事が休めなくて。」
「はあ?仕事と陽織さん、どっちが大切なんですか!とにかく、ずっと手を握って、霊力全開で流して!」
陽織が運ばれるとすぐに点滴が落とされた。
「前は人目もはばからず、イチャイチャしてたんだから、今回は全開で、陽織さんに霊力流す!」
「え?でも。」
「とにかく、キスして!」
あ。
陽織が診察室の中に入ってから、急に慌ただしくなり、待合室にもその空気が漏れていた。神鬼が飛んできた。
その後、さっき去ったばかりの院長が呼び戻された。
何かあった?
と、気づいた絵梨花は、神鬼に声をかけた。
「わたし、十神家の者です!夫は神代社長の秘書です!」
と声をかけると、
「では、ご主人に社長はしばらく会社に行けないと伝えて下さい!姫が危ない、と。」
と言われた。
「え?陽織様が?」
絵梨花はすぐ、綾人に連絡を入れた。
陽織が目覚めたのは、翌日の昼過ぎだった。その間、ずっと点滴で輸液が流され、黎人ばずっと手を握ったり、キスをしたりと、霊力を流していた。
意外と、辛い。
陽織は昨日よりもかなり顔色が良くなっていた。
「いつもより泣いたのは、たぶん色々足りなくて、判断力もおかしくなってたんでしょうね。」
神鬼が遠い目をして言った。
黎人は、神鬼が持ってきた、ペットボトルの水を飲んだ。
陽織はそのまま、悪阻が収まる、安定期の4月末まで、入院することなった。
黎人は3日だけ仕事を休み、その後は毎晩陽織のところに必ず立ち寄って、可能な限り霊力供給した。
神嶋には、陽織の状態を伝え、しばらくは霊力不足なので依頼は受けられないと告げる。電話の向こうで、ショックを受ける神嶋の叫びが聞こえたような。
いつも、あてにしないでほしい。
「入学式、行けなかった。」
としょんぼりしている陽織のところに、羽織たちが寄ってくれた。
「陽織、オリエンテーションとか、最初の授業の資料、ちゃんともらってあげるから。」
「羽織ちゃん、授業、全部一緒がいい。」
陽織に言われ、羽織は任せて!と、握り拳をした。




