陽織、兄を褒める
陽織は薄れ行く意識の中で、美織たち3人が助けられる様子を見た。
良かった。
そして、陽織も、誰かに抱き止められた。
「ごめんね、陽織ちゃん。黎人じゃなく僕で。」
海岸に立って暗い海の沖を見ていた時、悠人のスマホが突然鳴った。
電話に出ると、黎人が焦った声で、
「早くホテルに戻れ!」
と叫び、そのまま通話は切れた。
?
黎人が焦って電話んして来たとなれば、ホテルで何かが起こっているに違いない!
そう思い、全員を引き連れてホテルに戻った。
手分けをして4人を捜すがどこにもいない。
温泉の外で掃除をしていたホテルの従業員が、10分ほど前に、部屋の方へみんなで歩いて行ったという。
しかし、部屋の周辺も、温泉から部屋へ戻る廊下にも、4人の姿はなかった。その時、湊人が
「腐った水の匂いがする!」
と言い出した。
湊人が駆け出し、和嶺、翔太が続き、悠人もその後ろを走った。廊下の角を曲がった瞬間、先ほどまでにはなかった、薄暗い水の底のような景色の中で、4人がもがいている!
そこには、写真で見た紗奈そっくりの顔をした人魚がいた。翔太以外の3人はそれぞれの龍を出して、水の中に突っ込んだ。翔太は護符をだすと、人魚めがけて放つ!
すると水の中にできていた、大きな泡に包まれた4人が、泡の中から弾き飛ばされた。
人魚の形をした紗奈が、弾け飛ぶ。
湊人が咄嗟に千織に手を伸ばし、最後に悠人は、陽織を抱き止めた。
4人はぐったりと、それぞれのパートナーにもたれかかっている。
その時また、悠人のスマホが鳴った。
誰かが陽織の手をギュッと握っている。
温かい手に、陽織はほっとする。
唇にも、温かいものが触れているような、気がする。
窓から差し込む光に、目を開けると、陽織の目の前に黎人の顔があった。黎人は目を覚ました陽織を見て、ほっとした顔になる。
「良かった。気がついて。」
陽織はいるはずのないその人の姿に、驚いて声が出ない。しばらく、横になったまま茫然としていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ちょっと待ってね。」
黎人はそう言ってドアを開けると、悠人が入って来た。
「良かった。陽織ちゃんも、気がついた。」
陽織はまだ、口をパクパクしている。
「昨夜、車を飛ばして来たんだ。」
黎人が言うと
「もう、びっくりだよね!よく事故らなかった。」
と悠人が呆れる。
「いくら真夜中でも、通常の半分の時間で着くなんて!もう!スピード違反で捕まるよ?」
と悠人が黎人を小突いている。
陽織が寝ていたのは、その前の日もみんなで使っていた和室だった。
陽織が身体を起こしてキョロキョロすると、悠人が
「他の3人は、それぞれ他の部屋を取って、そこにいるから大丈夫だよ。」
と答えた。
「さすがに、霊力を回復しているところを、お互いに見られたくないもんね。」
悠人が、苦笑いする。
つまり、湊人と千織、和嶺と美織、翔太と羽織が、それぞれ違う部屋にいる、と言うことだった。
「じゃあ、僕は自分の部屋に戻るから、朝ごはん食べられるようなら、連絡して。」
と、悠人は出て行った。
2人きりになると、陽織は
「え、と黎人さん、お仕事、は?」
と聞く。
「え?こんな時に仕事?」
と黎人は顔を顰めた。
「落ち着いて仕事にならないから、昨夜の10時過ぎに、神柴に電話して、2日休みを取って押し付けて来た。」
と、ちょっと不貞腐れたように答える。
(神柴さん、新婚なのに気の毒に。)
陽織が遠い目をして笑う。
「もう、運転中にハクが発動した時は、気が気じゃなかった。やっぱり東京は遠い!」
そういって、陽織の布団に潜り込んでくる。
「たまにはお布団も良いね。」
と言いながら、服を脱いでいる。
ちょっと待て!
わたしはさっき意識を戻したばかりなのに!
9時過ぎ、疲れた顔の陽織と爽やかな表情の黎人が着替えて食堂に行くと、美織たちが浴衣のままで朝ごはんを食べていた。
着替えを取りに部屋に入りたかったのに、内鍵がかけられて、入れなかったと言う。
ごめんなさい。
朝10時、全員が着替えて、先日も使った食堂奥のスペースに全員で集まった。
悠人と黎人が前に立ち、今回の事件と思われる一連の転覆事故と、人魚の関連について説明をはじめた。
まず、やはり人魚は紗奈だった。
ただし、紗奈は生前は普通の人間で、霊となる時に人魚のような?形をとっようだ。
人魚の亡霊が紗奈、とわかった後、紗奈の家からとんでもない事実を知る手掛かりが見つかった。
紗奈は、地元の石橋誠という青年に付き纏われ、さらに乱暴までされていた。
石橋と紗奈は中学、高校の同級生で、文化祭で人魚姫と王子役をやったことがあった。
その後、石橋は紗奈に一方的な思いを抱き、紗奈はそれを迷惑と、東京の大学へ行ってしまった。
3年過ぎ、やっと石橋からの執拗な行為はなくなったはず、だった。
ところが9月のあの日。
偶然にも、紗奈と友人が乗る船と、石橋が釣りをしていた場所が重なってしまった。
紗奈の彼と友人が海に潜っている間、紗奈は石橋の船に連れ込まれ、乱暴をされた。
紗奈を助けようとした2人は、石橋によって殺害され、紗奈も裸のまま海に突き落とされた。
その後、台風が来て、突き落とされた紗奈はそのまま助けられることもなく、命を落とした。
怨霊と化した紗奈は、釣りに来た若い男性を次々と襲い、船を転覆させたのではないか、これが神嶋の考えだ。
そしてその石橋は、最初の日、陽織の腕を掴んだ、あの青年だった。
4人が紗奈に襲われたのは、陽織の腕に石橋の気配を感じたせいではないか、ということだ。
「陽織、そんな男に目をつけられたなんて!」
黎人が陽織の手を何度も何度も握っては離し、握っては離しを繰り返している。
??
「紗奈さんの霊は、翔太の護符で、浄霊できたの?」
羽織が聞くと、悠人が苦い顔をする。
「いや、ただ逃げただけだ。」
「おそらく、今夜あたり、石橋の元に紗奈さんが現れる可能性がある。殺人の証拠がない今、石橋にまずは自供をさせなければならない。石橋の自供を神嶋と地元警察が確認するのがまず先になる。その後、悠人と僕が紗奈さんを浄霊する。」
黎人が説明する。
「え?黎兄が?俺たちは?」
「湊人たちは昨日まで頑張ってくれたから。あとは、大人に任せなさい。」
悠人が優しく答えた。
「万が一現れなかったら?」
と聞かれると
「んー、そしたら紗奈さんを呼ぶしかないなー。」
と、悠人と黎人が顔を見合わせる。
「陽織には今朝最強の結界を張ったから、ほかの3人は今日一日は陽織のそばにいると良い。それが一番安全だから。」
黎人が爽やかな笑顔で言う。
なるほど、と陽織は思った。
わたしはすごく疲れたんだけど!
美織たちは、昨夜からいる部屋へ着替えだけをうつした。これも、黎人からの指示だった。
バッグだけは移動させたが、全てが収まるまで、4人は一緒にいるように言われ、ホテルの外に出してもらえない。
せっかくの旅行なのに!
仕方なく、色々協力してもらった地元の人にお礼をしよう、と4人は売店で千代紙を買い、紙風船を折り出した。巫女が折る紙風船。
これがどれほどの霊力を持つのか、わかる人にしかわからないが、それでも良いと思った。
和嶺は、黎人たちに頼まれて、4人の護衛をしながら一緒に折り紙を折っている。
湊人たち6人は特に制限をされていないので、4人の代わりに、地元の商店街にお土産を探しに行った。
神嶋が到着すると、黎人は陽織にキスを落として、悠人と2人、地元警察を引き連れてホテルを出て行った。
その姿に、和嶺は
「やっぱり、なんかかっこいいよねー。どうしたら、あんな風になれるんだろう。」
と、2人の背中を見ている。
陽織は黎人と悠人が、大学一年生の時から、会社を任されていたことを知ったので、その違いかな?と、考える。
「和兄様だって、かっこいいよ。」
言いにくい美織の代わりに、陽織が笑顔で言った。
すると、和嶺は照れて、陽織の頭をガシガシとなでる。
陽織が神代の家に行って久しぶりのやり取りに、和嶺は嬉しくなる。
(やっぱり、まだ陽織を手放したくなかったなー。もう、父上の気持ちがわかる!)




