陽織、山から海を見下ろす
源田紗奈、それがサナちゃんと漁師が呼んでいた女性だった。都内の大学に通う21歳。
9月、大学の夏期休暇中、同じ大学の友人2人を実家のあるこの町に招き、3人で船を借りてダイビングをしていたらしい。
3人が沖合に出る日は台風が近づいていたが、翌日は東京に帰るから、まだ雨が降らないうちに、と船を出したと言う。
船はさほど大きなものではなく、船舶免許も要らないような簡易的なものだったので、紗奈は慣れた手つきで船を出した。
しかし、思った以上に台風の進度が早く、戻る前に大きな津波が来てしまったのだろう。
それが地元の人たちの考えだった。
台風が去った翌日の午後、紗奈と一緒に出た2人のダイビングスーツを着た男性の遺体が、浜辺に打ち上がった。
しかし、そこに紗奈の姿はなかった。
源ちゃんこと、紗奈の父源田は、娘がまだ生きている、と信じている。しかし、すでに5ヶ月経っていた。
そこまで調べ終わると、お昼にまた、全員で、ホテルのレストランに集まった。すでに平日のため、隅にパーテーションを出してもらい、貸し切りにした。
ダイビングチームが見つけた遺骨。源田紗奈の情報。
海底の遺骨は、すでに神嶋の部下が引き上げ、DNA鑑定に回された。
そして、神嶋はすでに発見されていた2人の男性の検視報告を取り寄せようとした。しかし2人はすぐに事故死とされ、そのまま遺族に引き取られ、荼毘にふされた後だった。
葉鳥たちは遺体発見時の海中写真を、みんなの前に提出した。それを見るとほとんど骨の状態の遺体には、衣服らしき痕跡が見当たらない。
漁師たちの話では、いくら暑くても、9月の海に水着で入る人はいない。紗奈は当時、短パンとパーカーを羽織っていたと言う証言もあった。
もちろん、5ヶ月の間、海流によって衣服だけ流された可能性はある。しかし、その周辺、例えば岩場などにも彼女のものと思しき遺留物は、写真では見当たらなかった。
地元の人は台風による事故、と決めつけているが、もしかしたら事件の可能性も考えられる。そう言う可能性が考えられる写真だった。
もし、紗奈が亡くなった時裸体だったなら。
それを見た和嶺と翔太が
「彩奈さんが、警察に就職した気持ちが、少しわかるかも。」
「俺は姉貴と違うけど、監察医は考えてるんだ。」
と呟く。確かに、これはもう、警察の仕事だ。
「日本はご遺体の、解剖とかすごく嫌がるから、本当は事件かもしれないことが、ほとんど事故死や自然死になってるものが多い、って聞いて。なんか、納得できない。だから浮かばれないモノが残るんだ!」
翔太にしては、珍しく真剣に語る。
みんなが、シンとなったところ。
「ダイビング、やってみたい。かも。」
と陽織が呟いた。
その瞬間、
「やめてくれ!」
「ダメに決まってるだろう!」
「絶対ダメ!」
「何言ってんだ!?」
「お前馬鹿か?」
と、一斉にみんなが言う。美織を除いて。
「陽織ちゃん、お魚嫌いじゃない。」
美織だけが、適切な意見を述べた。
確かに。切り身はともかく、そのままの魚は、苦手だ。特に溺れてからは、さらにひどくなった。
そのあと、ランチが運ばれてきた。海辺の町だけあり、魚のフライや刺身の盛り合わせだ。
ちなみに陽織は、魚のフライを一切れ食べて、和嶺に残りを食べてもらった。
午後はとにかくDNAの結果次第で、対策が異なるため、とりあえず観光をしようとなった。
卒業旅行気分の高校生組は、ロープウェイがあると知り、近くの山に登ってみることにした。
ロープウェイ乗り場までバスで移動する?
「ケーブルカー?」
「ロープウェイとどう違うの?」
10人は、アプリのマップに書いてある地名に、疑問を浮かべながら、乗り場へ行った。
「なんか、恋人が行く聖地があるって。」
マップを見ながら羽織が言った。
「千織と湊人たちは行ってくれば?」
宏輝たちは冷たく言い放つ。
「そうだねー、わたしたちはパノラマパークへ行こう!」
和嶺は悠人と2人、ホテルに残って調査を続けているので、美織も一人だ。
「羽織ー、俺も行きたい!パノラマパーク!」
翔太に言われ、ハイハイと羽織は答える。
陽織は日本独特の、海にせり立つ山があまり好きではない。本当に好きではないモノだらけで、申し訳ないが、こういうところは、色々なモノがうじゃうじゃいる。だから、絶対に一人ならこんなところには登らない。人生初めてだと思う。
湊人たち2人を置いて、8人でパノラマパークから、下の海や、遠くに見える他の山を見た。
「きれ、い。」
初めて山から見下ろす冬の海は、白い波が打ち寄せて激しくぶつかる。その間をよく見ると、やはり嫌なモノはうじゃうじゃ見えた。
なるべく視ないように、目を細めた。
午後になって登ったからか、西側の山にはもう日が沈み始めていた。
こういうのって、意外と綺麗なんだ。
西側に見える海の向こうに夕陽が見えると、湊人と千織が慌てて戻ってきた。
「そろそろ帰ろう。」
みんな、うなづく。
逢魔時になると、危ないことを知っているから。




