陽織、一番近い人
2月、高校の卒業まで、あと1か月になった。
一応卒業試験があるので、3年は今日から5日間毎日学校だ。
陽織は毎朝、黎人と朝食を取り、仕事の日は一緒に車で、大学の日は地下鉄で通学していた。
地下鉄は2回も引き込まれたので、黎人は陽織を一人にしておけない。
それは千織たちも同じだった。
帰りが心配と、必ず大学が終わるまで待つように言っていた。そんな陽織に付き合って、久々に勉強会が復活していた。
放課後、高校の図書館。赤点を取って発足した勉強会グループ。一番おバカ、と大神たちを困らせた陽織が、今や学年トップだ。
陽織に勉強を教えていたメンバーがいつのまにか、教えてもらう側になった。
明日は最後のテスト。
英語と国語のノートを互いに交換している時、小さな声で、湊人が話し始めた。
「あのさ、この前、悠兄に言われたんだ。俺にとっても、陽織にとっても、俺たちはバッテリーだったんだって。」
陽織はその言葉に、目を見開く。
「一、二年の時は、確かに投手と捕手だったけど、まだ普通の、高校野球のチームメイト、で高三のときは医学部っていう大会の優勝を目指して、互いを信頼しあったバッテリー。競って、励まし合って、いつも互いのことを一番に理解して。だから、他の友だちとは違って特別だったんだ。」
湊人は一つ一つの言葉を大事に紡ぐように話す。
「でも、大会が終われば、そのチームの目標が達成されて、卒業すれば、バッテリーは終わる。それぞれ違う進路に進み、他の人とまたバッテリーを組むことになる。それは大学の研究とかかもしれないし、仕事の仲間かもしれない。結婚相手かもしれない。」
「陽織はもうすぐ結婚して、黎兄と人生のバッテリーを組む。俺と翔太は同じ医学部で、またチームメイトになる。羽織と陽織も、だよな。いつか、ここにいるみんなも、就職したり、結婚してそれぞれ人生のパートナーと永遠のバッテリーを組むかも知れない。」
湊人は陽織の目を見た。
「だから、ありがとう。俺、三年間、楽しかった。」
湊人の言葉は、一緒にいた勉強会のメンバーにも聞こえた。
「んー、その話からすると、俺たちはこれからもチームメイトかー。」
と翔太が言った。
「ていうか、なんで湊人くん、今言うの?それって、卒業式の言葉だよ!まだ、明日も試験あるのに!」
美織が泣いていた。
陽織はその言葉に、今まで心の中にあった、湊人への気持ちが、色々ストンと腑に落ちた気がした。
恋愛とか、結婚、とかとは違う。恋人のような、甘いものでもない。
大好きで、誰よりも愛している黎人とは、もちろん違う。
でも、親友で、ライバルで、そして、たぶんこの三年間、一番近くにいた人。
あのとき、
陽織のことが好きだった、と言った湊人の言葉。
一緒に通った予備校。
合格発表の時、ハイタッチのあと、人目も憚らず陽織を抱き上げた湊人。
たぶん、全部本当のこと。
でも、それは楽しかった思い出の1ページ。
陽織も気づかないうちに、涙がこぼれていた。
「ん、ありがとう。わたしも、湊人がいたから、楽しかった。」
試験が終わった日の夜、陽織は黎人にその話をした。
悠人が湊人に言ったこと。
湊人が陽織に言ったこと。
陽織は何かから、卒業するんだ、と初めて実感した。
それは、高校の卒業だけじゃなかった。
たぶん、何も怖くない、がむしゃらにできた
一生に一度しかない時間からの。
「陽織は、良い三年間を過ごせたんだね。」
かつて、学校に行きたくない、とずっと泣いて逃げていた陽織が、掴んだキラキラした三年間。
そんな時間を陽織と一緒に過ごしていた、弟が、湊人が、やっぱり羨ましくなった。
あー、湊人め!嫉妬したのは、やっぱり間違ってなかったんだ。
でも、大人の自分だから、今こうやって陽織を抱きしめてあげられる。陽織を守ってあげられる。
陽織は、愛してるのは、黎人だと言った。
三年間そばにいたのはは湊人だったかも知れない。でも、これから先も、一生近くにいるのは、自分なんだ、と思った。
「陽織、一生そばにいるのは、僕だからね。」
そう言うと、陽織は黎人の胸に、クリクリとおでこをすり寄せてきた。




