陽織、泣き虫な中学生
算数、国語、理科、社会。
中学入試は、この4教科で終わる。
ほとんどの学校は、半日で終わるので、親は控え室で待つことが多い。
その日、高校一年の神月高嶺は、妹が中等部を受けていることを知っていた。
生徒会役員の高嶺は、最後の社会が始まると、控え室にその旨を連絡に行く係だ。
親も、子どもを迎えたり、荷物の整理をしたり、午後の入試会場への道順を確認したり、待ち合わせ場所を決めたりと、何かと準備があるから。
高嶺が控え室に入ると、母が後ろの隅で本を読んでいた。母に声をかけようか迷っていた時、突然、監督補助の先生が、控え室に入ってきた。
泣いている妹を連れて。
「すみません、神月陽織さんの、保護者の方、いらっしゃいますか?」
母は慌てて立ち上がったが、入り口近くにいた高嶺の方が、早かった。
「先生、妹が何か。」
陽織は、ただ泣いている。
「神月くんの、妹さん?」
「はい。」
と返事をすると、陽織が顔を上げて、高嶺の方に抱きついてきた。
「兄様、兄様ーッ!」
「どうしたの?陽織?」
尋ねても、ただ泣いている。
「それが、急に立ち上がって、帰るって、泣き出しちゃって。」
先生の言葉に、高嶺は遠い目をした。
あー、また、やらかした。
母が奥からやっと出てきて、先生に何度も頭を下げていた。
母に陽織を引き渡すと、先生は控え室から出て行った。
「高嶺も、大丈夫よ。あとは、その、陽織を連れて帰るから。」
母は、弱々しく笑っていた。
「で、陽織、どうして帰るなんて、もう、あと少しなのに。」
高嶺が尋ねると、陽織はちょっと、目を逸らした。
「だって、だって、わかんない問題が、あったんだもん。テストなんて、やだーッ!」
あー、やっぱり!
周りの親たちは、唖然としている。
入試なんて、わからない問題があったって、当たり前だ。
いったい、この子は何をいってるんだ!
陽織は頭が良い。
たぶん、高嶺や和嶺よりも。
ただ、本人にその自覚が全くない。
勉強家か、というと、そうではない。
興味のあることは、とことん本を読んでいた。
たまに受ける小学校のテストは、100点が当たり前。
社会だけは苦手だった。特に歴史。
テストでわからないところがあると、必ず泣いて、担任の先生を困らせていた。
わからないと泣く。
思うようにいかないと、泣く。
嫌だと泣く。
とにかく泣く。
今回も、受験したくない、と言っていただけに、会場まで来ただけ、偉いと思う。
わがままで泣き虫。それが、神月家の中でも周囲でも、陽織という娘のイメージだった。
それから、ほぼ一年。
お正月には、必ず十神家の集まりがある。
大人たちは広間で会合と宴会。
続きの間に、高校生や大学生の跡取りたちが集まる。
将来に向けて、人脈を作りなさい、ということなのだろう。
さらに、その隣には、小学生や中学生までの子どもたちがいた。
お留守番をさせるよりいい、というくらいの感じで。
今まで、お正月は一人、祖母と家に篭っていた陽織を家族全員で連れ出した。
今回は、祖母の体調が悪く入院しているため、一人で置いておけなかったから。
陽織は中3の兄、和嶺と一緒に、小中学生が集まっている部屋へ入った。高2の高嶺は、隣にいる。
「あ、和嶺様!」
「和嶺先輩!」
和嶺は中等部の生徒会長もやっていて、人気もあった。初めての陽織は、和嶺の後ろに隠れている。
「陽織、ほら、友だちを作ろう。」
和嶺が、背中に隠れている妹に声をかけた。
その時、もう少し和嶺が陽織の事情を知っていれば、こんな言葉をかけなかったのに。
「いら、ない。友だち、いらない。」
陽織は、和嶺の背中にしがみついていた。
「や。」
「陽織。」
困った和嶺が妹の方に向くが、もう泣いていた。
「や、帰る〜ッ。いゃ〜ッ。」
後で、陽織は学校でいじめにあっていることを知らされた。
中学生の陽織が泣いていることで、小学生の子たちも、唖然としていた。
和嶺のそばに美織が来て、陽織に声をかけるが、とにかく泣いて顔も上げない。
結局、美織が隣の部屋にいた高嶺に声をかけ、高嶺が母を連れ出してくれた。
その後、陽織はお正月の時は朝早くからスケートリンクに行くか、コーチの家にいて過ごすようになった。




