陽織、拗ねる
高校へ戻ると、陽織はすぐに大神に呼び出された。
合格をとった学部の、どちらをとるか、と言う最終確認だった。
陽織はすでに、母が農学部の管理栄養士学科で入学金等の振り込み手続きもしてもらえていたので、そのまま入学することにしていた。
「それじゃ、辞退ということで、構わないな?」
「はい。」
陽織の返事に迷いはない。
「よし、それじゃ、翔太に連絡する。」
陽織はえ?と大神を見て、初めて翔太が補欠の一番にいたことを知った。
陽織は職員室から母に電話して再確認をし、大学に辞退の連絡をした。と、同時に、大学から学校に、翔太の合格の連絡が入った。
大神は翔太を呼びだし、それを伝えると、湊人と2人、飛び上がって喜ぶ。
「え?本当に良いの?陽織、本当に、俺が、合格もらって、いいのか?」
そこへ羽織もやってきて、みんなで合格を喜び合う。
と、
「で?なんで院長先生のところで泣いてんだ?」
と大神に言われ、陽織は黎人とのやり取りからその後の流れを、すっかり忘れていたことに気づいた。
一方、高樹のところには、医学部長室から電話がかかっていた。理由はもちろん、陽織が速攻で、辞退したこと。
「もし、経済的に兄弟3人医学部が大変なら、お嬢さんをスカラにすることもできますが。」
と、お金の心配をされてしまった。
「あ、いえ、その、お構いなく。」
高樹は穴があったら入りたい、と思うくらい恥ずかしかった。そしてその日は一日中、陽織に振り回され、仕事が手につかなかった。
夜、陽織が湊人に学校へ引き摺られて帰ったことを知った黎人は、すぐに電話をしてきた。
しかし、ちょっと不貞腐れていた陽織は、その電話に出ない。黎人の電話を無視するなんて、初めてのこと。
さらに、翌朝、電話しても出ない。メッセージアプリも既読にならない。
(何かあったのか?)
と心配をしたが、和嶺の話ではただ不貞腐れているだけらしい。
わがまま姫、か。
黎人は昨日、病院の看護師たちが言っていた言葉を思い出して、クスッと笑う。そして、面白いから少し放っておいてみよう、と思った。
週末、土曜日。黎人が会おうと言ってくれていたので、陽織は一日中連絡を待っていた。拗ねていたことを、ちゃんと謝ろうと思って。
しかしその日、彼からは連絡がなかった。
翌、日曜日の朝も。
そしてその日のお昼ごろ、陽織たちが全員受験が終わったことを知った神嶋から、面倒な依頼が入った。
もしかしたら、と思った陽織は、和嶺の車で現場へ行く。
しかし現場に来たのは、悠人、湊人、そして彩奈だけだった。聞くところによると、黎人は土曜日の朝、急な依頼で大阪に行ったらしい。
「大阪?」
と聞くと、
「あ、奈緒さんかー。」
と彩奈が言う。
(奈緒さん?)
「うん。黎人の前のバディ?って言って良いのかなー?元お姉さん的な人?」
バディ?お姉さん?
陽織には初めて聞く名前だったので、想像がつかない。しかしそれを聞いた悠人だけは、すごく嫌そうな顔をしていた。
「なんで、こんな時にあんな奴の仕事を。」
と、悠人が呟いたのだけは聞こえた。
(悠人さんは嫌いな人なのかな?)
土曜日の朝、大阪に行った黎人は、仕事中、相棒が大怪我をして困っている、西条奈緒と会っていた。
「ごめん、黎人。ちょっと相手が大物で。」
奈緒は本当に申し訳ない、と何度も謝る。
「神嶋さんが、旅費はそちら持ちで、と伝えるようにと。」
黎人は淡々と伝える。
「相変わらずクールだねー。大学生になって、ますます男前になっちゃって!」
触れようとする奈緒の手を、黎人は冷たく振り払う。
「忙しいので、サッサと片付けますよ。」
2人は大阪の繁華街に消えた。
陽織たちが到着した現場は、元々人形供養をしていた寺だった。ただ、長く癌を患っていた住職が、数日前に亡くなった。しかも、住職には跡取りがおらず、このままでは廃寺になってしまうもしれない。
そんな寺で数日前から奇妙な音が、毎晩聞こえる。
それが今、寺の留守を預かる若い修行中の坊主からの訴えだった。
坊主なら、自分でなんとかしろよ。
現場に着いた全員の総意だ。
大阪での仕事のカタがついたのは、夜中の1時過ぎだった。もちろん、もう新幹線も、飛行機もない。
(車でくれば良かった。)
「ホテルとってないんでしょ?うちに来なよ!」
奈緒にそう言われはしたが、彼女のマンションに男1人は気が引けた。
「何遠慮してんのよ。あんたとわたしの仲じゃない。ハタチ過ぎたんでしょ。部屋で飲んでるうちに、始発の新幹線の時間になるわよ。」
確かにここ(大阪)の、路上でフラフラしていたら職質される。満喫で時間を潰すのもアリだが。
「わかりました。」
と奈緒のマンションへ行き、2人で飲み始めた。
そして、気づいた時は、日曜日の昼だった。
寺の本堂にはたくさんの人形が置かれている。一年に一回、お焚き上げをしていたが今年は住職の癌がかなり進行していて、そのまま亡くなったため、できていなかった。
それどころか、今も人形が増えていると言う。
本堂にある人形はざっと数えても500体はある。
4人は顔色が悪くなって行く。
こんな場所、美織だったら卒倒する。
「住職以外に、こちらで経を唱えることができる方はいらっしゃらないのですか?」
悠人が残された1人の修行僧に聞いた。
「はい、わたしたち修行僧は3人ほどおりますが、全員まだ、見習いにも届かないくらいの新参者です。先輩方は一人前になると皆様、ご実家のお寺を継がれたりで。わたしたちも、こちらで修行したのち、それぞれ別の寺へ行くつもりでおりました。」
「しかし、まだ住職が残したこちらの整理や、残ったお墓の引き取りなどの処理があり、わたしたち3人だけが残ったのです。」
なるほど、と悠人と和嶺がうなづく。
「寺、か。神社の案件ならともかく。」
悠人と湊人は顔を見合わせる。
「あ、だからわたしが来たんだよ。うちは寺だから!」
と彩奈が笑う。
「え?なんで、なのに翔太は、医学部?」
「翔太は5人兄弟の末っ子だから!」
と、彩奈がさらにワハハと、笑った。




