第9話 弔い
※挿絵はAIイラストを使用しています
村に着いたのは、昼を過ぎた頃だった。
かつて門があったらしい場所に、柱の残骸が傾いている。
オルクスは先頭に立って、砂の積もった道を歩いた。
静かだった。
風の音しかしない。
この静かさは、来るたびに慣れない。
「生きてる人間はいないな」
後ろから、部下のギドが言った。
確認でも問いかけでもない、独り言のような声だった。
「行くぞ」
オルクスはそれだけ言って、一番近い家の戸を押した。
◇
老人が二人、畳んだ布の上に横たわっていた。
手を繋いでいた。
男の指が女の手の甲を包んでいる。
爪は短く切りそろえられ、関節が節くれ立っていた。
長く使った手だ。
女の指はその中でほどけかけていたが、離れてはいなかった。
連れ合いだろうと、すぐに分かった。
オルクスはしゃがんで、二人の顔を見た。
穏やかだった。苦しんだ跡はなかった。
「夫婦か」
ギドが背後に立った。
「……そうだな」
答えてから、視線がまた手に戻った。
オルクスは立ち上がって、部屋を見渡した。
棚に陶器が一つ。窓の縁に、乾いた花の残骸。
「名前が残ってたら書き留めろ。端末、書き置き、なんでもいい」
部下たちが散った。
◇
村全体で、十人だった。
老人が七人。
床から動けない病人が二人。
もう一人は、足が不自由だったと、残された端末の文面に書いてあった。
政府からの移住勧告を受け取っていた記録もあった。
勧告の日付から、三ヶ月が経っていた。
オルクスは文面を最後まで読んでから、端末をそっと元の場所に戻した。
◇
部下たちが家々を回って、燃料になるものを集めた。
金属の容器、乾いた木材、燃料の空き缶。
燃えるものなら、なんでもよかった。
「これだけか」
集めたものを見て、ギドが顔をしかめた。
「足りる」
本当かどうか、オルクスには分からなかった。
それでも、足りないとは言えなかった。
足りなくても、やるしかないのだ。
◇
死者を一か所に集めた。
慣れた作業だった。
慣れてはいけない作業だった。
オルクスは一人ひとりの顔を見ながら、燃料を周囲に置いた。
名前の分かった者が六人。
端末と書き置きから拾えた。
四人は、分からなかった。
分からない四人に向かって、オルクスは言った。
「ここにいたことは、知ってる」
静かな村に、声が吸い込まれた。
「あんたたちのことは、俺たちが忘れない」
返事はなかった。
当たり前だった。
それでも言わないわけにはいかなかった。
オルクスは火をつけた。
◇
炎は静かに広がった。
派手な音も立てず、ただじわりと、村の形に沿って伸びていく。
オルクスは少し離れた場所に立って、それを見ていた。
こういう時、いつも同じ声が聞こえる気がした。
通信を開くと、こちらが何か言う前にもう喋りだしている声だ。
『お前は真面目すぎる。もっと抜け道を使え』
ロアンだった。
二人で組むと、面倒な交渉はロアンが先に片づけた。
オルクスが正面から行こうとしている間に回り込んで、戻ってきて、何でもない顔で「終わった」と言う。
どんな現場でもそうやって回してきたし、最後の任務もその通りに始まった。
レイが産み月間近で後方に退いていた時期で、指揮は二人で分けていた。
回り込む役はロアン、正面はオルクス。
変わらない配置のまま、ロアンだけが戻らなかった。
目の前で起きたことだ。
それでも、しばらくは信じていなかった。
ロアンが死んで、レイは荒れた。
ラムダはその後に生まれ、オルクスが見たのは赤ん坊の頃の写真が一枚きりだ。
赤目と金髪の、どこからどう見てもエルグランの子だった。
この星・アルフィオスを統治する家の証でもある。
(大分大きくなっただろうか……)
炎に向かって、思った。
返事は、ここにもなかった。
◇
「オルクス」
ギドが近づいてきた。
「鎮圧部隊の動きが出てる。このあたりを絞ってるらしい」
「第七地区か」
「外縁だ。まだ距離はあるが」
オルクスは炎から目を離さなかった。
第七地区の外縁。
移住の済んでいない、残された村がまだいくつかある。
今はまだ、行けない。
行く前に終わっていたら、弔いに意味はない。
「続きは向こうで判断する。移動するぞ」
「了解」
ギドが部下に声をかけながら離れていく。
オルクスはもう一度だけ、炎を見た。
乱暴な消え方ではなく、小さな村がただゆっくりと形を失っていく。
赤い色を見ると、いつもレイの目を思い出す。
そして静かに振り返って、歩き始めた。
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※レイはノヴァの姉であり、エルグラン家の長女です。
ノヴァはこちらの本編で登場しています。https://ncode.syosetu.com/n9593lf/




