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星の大樹 ~故郷を失った少女は、生きるために歌う~  作者: だしのもと


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第8話 声の届くところ

※挿絵はAIイラストを使用しています

 配給を受け取って戻る道に、知らない路地があった。

 ゲートに来て四日目、まだ覚えていない道の方が多い。


 リュミナは周りを見回しながら、路地を曲がった。

 誰かの声が聞こえて、足が止まる。

 子供の声だった。


 路地の奥に、四、五人の子供が集まっていた。

 地面に石が並んでいる。

 平たいもの、丸いもの、白いもの。

 それを積んで、並べて、なにかの形を作っていた。


 家だ、とすぐに分かった。

 石の壁、石の屋根。間取りまで丁寧に区切って、一人の子がその中に小石をひとつ置いた。


「そこ台所にしよ」


「じゃあここ寝る部屋」


「こっちに畑も作ろうよ」


 言い合いながら、誰かが手を叩き始めた。


 ――積んで、また積んで

 ――崩れたら、また積んで

 ――ここがわたしの、おうちだよ


 単純な節で、くり返しの多い、子供の手遊び歌。

 意味よりも手の動きに合わせた歌。

 それでも子供たちは楽しそうで、声に笑いが混じっていた。


 一人がこちらを向いた。


「お姉さん、なに見てるの」


「あ……ごめん。歌が聞こえたから」


「知ってる?」


「知らない」


「じゃあ教えてあげる!」


 別の子が立ち上がって、もう一度最初から歌って見せた。

 手のひらを叩いて、膝を打って。

 積んで、また積んで。


「お姉さんも! お姉さんも知ってる歌あるでしょ、うたってよ」


 リュミナは少し迷った。


(この歌を、ここで歌っていいのか)


 セラに教わった、あの十日間の村の歌だ。

 村の者ならみんな知っていて、でも古い訛りで歌えるのはもう自分だけになってしまった歌。

 それをここで、見知らぬ子供たちに、歌っていいのかどうか。

 答えが出る前に、一番小さな子が言った。


「うたって」


 向けられた笑顔が眩しかった。


 ◇


 リュミナは息を吸って、口を開いた。

 最初の音は、かすかに震えた。


 ――立ち上がれ、おお、気高き野よ

 ――もう一度、立ち上がるのだ

 ――光をその身に浴び

 ――恵みの雨を呼び覚ませ


 古い訛りで歌うと、喉の奥から音が出る。

 土の下に向かって歌うように、とセラは言った。

 そのつもりで声を出すと、路地の石壁に音が当たって、わずかに響いた。


 子供たちの笑い声が消えていた。

 手遊びもなく、石の家も忘れて、ただ聴いている。


 歌い続けた。


 ――風はすべてを 覚えている

 ――この大地もまた 忘れてはいない

 ――古より眠る根が今も確かに、息づいていることを


 どこかで足音が止まった気がしたが、目は閉じたままにした。


 ――たとえ灰が 降り注ごうとも

 ――たとえ闇が 居座り続けようとも

 ――緑は必ず 立ち上がる

 ――どんな苦難が あろうとも


 歌い終わると、路地が静かだった。

 最初に声を立てたのは、一番小さな子だった。


「……もいっかい」


「こら。何度も言うな」


 年かさの子がたしなめた。


「いいよ」


 リュミナはそう言って、目を細めた。

 自分でも気づかないうちに、初めてここで笑っていた。


挿絵(By みてみん)


 ◇


「なぁ、聞き取れないとこがあったけど、それって訛り?」


 振り向くと、路地の入口にカイルが立っていた。


「……いつからいたの?」


「途中から」


 悪びれた様子もなかった。


「古い訛りで歌うって、教わったから」


「誰に」


「……ばあ様に。出発の日まで、十日間かけて練習したの」


 カイルは少し考えてから、路地に入ってきた。


「へぇ、村のうたなんだ」


「うん。節は村の誰でも知ってるけど、古い訛りで歌えるのはもうほとんどいなくて。それで私が、持ってくることになった」


 カイルは何も言わなかった。

 耳のイヤリングに触れているリュミナを、一瞬だけ見ていた。


「わたしも覚えたい」


 子供の一人が言った。

 さっき手遊びを教えてくれた、おかっぱ頭の子だった。

 リュミナは少しのあいだ、その子を見ていた。


 (……この子は、知らない)


 この歌が、どれだけ遠くから来たのかを。

 昔の人達が歌い継いだこと。

 そして出発の朝のこと。

 セラが地上に一人立って、見送りの歌を歌っていたことを。


 何も知らないのに、ただ「覚えたい」と言う。


(そうか。歌って、そういう風に繋いでいくんだ)


 セラの声が聞こえた気がした。


 ――歌は覚えてるんだよ。文字にされなかったことを、ぜんぶ。


「じゃあ、最初の一節だけ」


 リュミナは地面に座って、もう一度、最初から歌い始めた。


 ◇


 夕方、区画に戻ったところで、隣の棟の男に声をかけられた。


「新しく来た子だろう。聞いたか?」


「……何を、ですか」


「ラグドラだよ。最近、動きが広がってるって話だ。鎮圧部隊が掃討に踏み込んだらしい」


「掃討って、どのあたりを」


「無法地帯の奥まで。君のいた第七地区の外縁も、もう遠い話じゃないかもしれん」


 男はそれだけ言って、棟の中に入っていった。リュミナは、しばらくそこに立っていた。


 ◇


 その夜、端末を手に持ったまま、壁に背を預けていた。


 文面が、作れなかった。

 ラグドラが動いている。

 それに鎮圧部隊が踏み込んだ。

 第七地区の外縁も遠くない。


 全部書けば、セラに伝わる。

 でも、セラはどうする?


 村の記録をつけると言っていた。

 そして残った人たちのそばにいると言っていた。


 イヤリングを外して、手のひらに包んだ。


(ばあ様)


 声にはならなかった。

 端末の画面は、白いままだった。

お読みくださりありがとうございます!

ブックマーク、評価、コメントを頂けると大変嬉しいです!!


リュミナが歌う「野のうた」のアニメーションPVはyoutubeで公開中です

https://youtu.be/VunuPOckZT4

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