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星の大樹 ~故郷を失った少女は、生きるために歌う~  作者: だしのもと


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第7話 鍵

※挿絵はAIイラストを使用しています

 配給の場所が変わっていた。


 リュミナが中央広場の列に並んだのは、昨日と同じ時間だった。

 同じ列のはずが、前に進まない。

 十分待って、ようやく理由が分かった。


「昨日からCブロックの配給は第十二区画からE棟に移動しました。ここに並んでいただいても対応できません」


 係の男が同じことを何度も繰り返している。

 いつ変わったのか。

 なぜ昨日教えなかったのか。 

 E棟というのはどこなのか。

 聞こうとしたが、男はすでに次の人間に向いていた。


 ◇


 ゲートに来て二日目だった。

 E棟がどこにあるのか、リュミナには分からなかった。


 列から出て、周囲を見渡す。 

 移動者の顔には同じ困惑が浮かんでいたが、顔見知りがいるわけでもなく、誰かに聞ける雰囲気でもなかった。

 足が止まった。


「こっちがいいよ。ついてきて」


 声がした方を向くと、近くの塀の上に男の子が座っていた。

 黒い髪と褐色の肌。細いが、動き方が軽い。 

 昨日の朝、記念碑を拭いていた子だった。


「E棟の裏口に別の列がある。Cブロックの割り当てでも、時間が合えばそっちで受け取れる。今ならまだ間に合うかもしれない」


 迷う理由がなかった。


「……お願いします」


「ため口でいいよ」


 少年はひょいと塀から飛び降りて、歩き始めた。


「俺、カイル。お姉さん、名前は?年いくつ?」


「私はリュミナ。17だよ」


「ふぅん。じゃあ俺より5個上か」


 少し考えてから、「面倒だから、呼び捨てでいっか」と言った。


 ◇


 E棟の裏口は、中央広場から細い路地を二本抜けたところにあった。

 知らなければたどり着けない場所に、小さな列ができていた。

 並んでいるのは移動者だけではなかった。 

 地元の住民らしき大人も何人かいる。

 カイルは顔見知りの男に軽く手を挙げながら、リュミナを列の後ろに連れていった。


「ここに並べば出てくるよ。量は少ないけど、もらえないよりはいいから」


「ありがとう。よく知ってるね」


「まぁね。ここで生まれたから」


 それだけ言って、カイルは壁に背をもたせかけた。

 リュミナは前の列を眺めながら、隣の少年を横目で観察した。

 黒い髪は短く切ってあって、褐色の肌に傷が一つ二つある。 

 身長は低いが、立ち姿に妙な落ち着きがあった。

 首から細い紐が下がっている。  

 その先に、鍵のような小さな金属片があった。


「昨日も見かけたけど」


 カイルが顔を向ける。


「あの記念碑みたいなの、毎日拭いてるの?」


「そうだよ」


「なんで? そういう役割分担なの?」


「うーん、そういうのじゃないかな」


 短い返事だったが、嫌そうではなかった。 

 カイルは少し間を置いてから、続けた。


「俺、その人のこと知ってるから」


「その......英雄って呼ばれてる?」


「うん。ここを救ってくれたっていうアルデンさんの記念碑が、汚れだらけじゃ、失礼だろうと思って」


(英雄......)


 リュミナには、その言葉が遠かった。


 輸送機の窓から見た灰色の大地。

 白い傷跡のように蛇行する干上がった川。 

 骨だけ残った集落。


 この故郷から生まれた英雄が、今この星を救っているのかと言えば——そうではないのを、リュミナは知っている。 

 AURORAという組織は、『星を救う活動をしているけれど、結構複雑なんだ』と、セラから聞いたことがあった。


「……そんなにその人のことが好きなの?」


「好きとかじゃなくて」


 カイルは首の鍵に触れた。


「目標っていうか。俺もいつかAURORAに入りたいから」


 迷いのかけらもない声だった。 

 リュミナは、その横顔を見た。

 眩しかった。 

 そして少しだけ、痛かった。


(こんなに何もないところで、どこからそういう顔ができるんだろう)


 自分にはそんな焦がれるような想いになったことがない。


「……その人に、会ったことがあるの?」


「あるよ。一回だけ」


 カイルは鍵を一度だけ握ってから、手を離した。


「五年前。ここに帰ってきたとき会ったんだ」


 多くは語らなかった。

 けれど思い出すたびに、頭の中ではあの日の光景がそのまま蘇る。


 ◇


 五年前——カイルが七歳のとき。


「アルデン・セリオスが帰ってくる」という話が広まったのは、その日の朝だった。


 『宇宙ネットワーク AURORA所属』で、この故郷を困窮から救ったという、英雄アルデンが——凱旋する。


 宇宙だとか組織だとか、難しい話はカイルにはよく分からなかった。 

 けれど、アルデンの名前だけは知っていた。

 施設のおばさんたちが、寝る前によく話してくれた「昔ここにいた子」の話。

 名字も家族もなかったのに、遠くの星々を巡る仕事に就いたのだという。 

 子供たちの間では、半分おとぎ話のように語られていた人だった。


 その人が、今日、本当に帰ってくる。


 広場に人が集まっているなら、行かない理由はなかった。 

 孤児院を抜け出して走った。


 ◇


 広場には色とりどりの布切れを繋いだ旗が風に揺れ、子どもたちが声を上げて歌っていた。

 人波をかき分けていくと、一番奥に人だかりがあった。 

 赤い髪が見えた。


「そこまでしなくていいって言ってるじゃないですか」


 赤い髪の男は、布の飾りを肩にかけようとする老人の手を、苦笑いしながら押し返していた。


「久々に帰ってきただけです。大袈裟に英雄とか......そういうんじゃなくて」


 頭をくしゃくしゃと掻く。背が高くて、がっちりしていた。 

 想像していたよりずっと、ざっくりした人だと思った。


(あれが、アルデンさんだ)


 人の隙間から、カイルはその人を見続けた。 まわりの大人たちは口々に言っていた。


「立派になられた」

「本物の英雄だ」

「昔から違う子だったよ」


 カイルには分からなかった。

 立派かどうかより、その人のまわりにある空気が気になった。

 故郷に帰ってきたのに、どこか落ち着かない人の空気が。


 背中を押されたのは、隣にいた年上の子だった。


「ほら、話してきてごらん。英雄様と話せるいい機会だぞ」


 からかいたい口調だったが、カイルは押される前に自分で前に出た。


「あの!」


 赤い髪の人が振り返った。 

 思ったよりずっと若い顔だった。


「俺、カイルっていいます。その、支援してくれてる孤児院にいて」


「うん」


「……俺も、いつかAURORAに入りたいです」


 言ってから、頭が熱くなった。

 でも言えた。 

 アルデンは一瞬だけ驚いた顔をして、それからにやりとした。


「そうか。じゃあ、いいものをあげるよ。持っとくといい」


挿絵(By みてみん)


 懐から何かを取り出して、カイルの手のひらに置いた。

 小さな金属片だった。 

 細い、鍵のかたちをしていた。


「これ、何?」


「さあ、何だろうな。調査してたところで、見つけたヤツなんだけど」


 そう言って笑った。


「持ってると開く扉があるかもしれない」


「扉?どんな......」


「それは、誰かのために行動したい、と思ったら見つけられるかもね」


 大人に引き戻されながら、アルデンは最後にもう一度、カイルに手を振った。

 適当な答えを返された、と思った。 

 でも、憧れていた人からの言葉が嬉しかった。


 ◇


 しばらくして、広場の向こう側に見たことのない二人の子供がいることに気づいた。


 ひとりは、眼鏡をかけた少年だった。 

 水色の髪が人混みの中で目立った。

 背筋がまっすぐで、口数は少なそうだったが、アルデンを見つけたとき、眼鏡の奥が少しだけほぐれたのが遠目にも分かった。

 もう片方は、ピンクの髪の女の子だった。 

 まだ小さくて、はためく旗を見上げながら何か言っている。


 地元の子じゃない。 

 でも、どこかで見たことのある顔のような気もした。


「あの二人は、誰?」


 近くにいた大人が教えてくれた。


「リアナス家の子どもたちだよ。アルデンが昔、崩落事故から救った。それがきっかけでAURORAに行ったんだ」


「……崩落事故から、救った?」


「ああ。あのとき助けなかったら、リアナス家の後継ぎが死ぬところだった。たった十五の子が、一人で瓦礫の中に入っていったんだよ」


 カイルは、もう一度アルデンを見た。 

 飾りを固辞して、頭を掻いて笑っている、あの人を。


(あの人は、誰かを助けることができたんだ。だからここにいる)


 人を助けることと、自分の道が、まっすぐ繋がっている。 

 そういう人生があるのだと、七歳のカイルは初めて知った。


 手の中の鍵が、少し重くなった気がした。


 ◇


 列が動いた。


「聞いてた?」


 カイルの声で、リュミナは前に向き直った。


「聞いてたよ」


「そっか」


 二人はゆっくりと前に進んだ。  

 リュミナは裏口の小さな窓を見ながら、カイルの話を頭の中で繰り返していた。


 十五歳の少年が、瓦礫の中に入っていき、大切な人を助けた。 

 七歳の小さな少年が、その話を聞いて鍵を握った。

 それから五年が経って、今もここで毎日石碑を拭いている。


(どうしてそれができるんだろう)


 理由が分からなかった。


 ゲートの水は時間で区切られていて、配給の列は昨日から今日で場所が変わっていて、移動者は名前ではなく番号で呼ばれる。 

 そういう場所に住んでいて、どうしてあんな目ができるのか。


「……AURORAに入ったら、その人に会えると思ってる?」


 カイルは少し考えた。


「会える可能性が上がるとは思う」


 それだけじゃなくて、とカイルは続けた。 首の鍵に触れる。


「AURORAに入ったら、名字がもらえるんだ」


「名字?」


「俺、今はカイルだけだろ。名字持ってるのは、統治者様とか領主様とか、上の人たちだけ。孤児院育ちにはないんだ」


 事もなげに言う。


「アルデンさんも、昔は名字がなかったんだって。施設のおばさんが言ってた。AURORAに入ってから、セリオスってつけてもらったって」


(番号で呼ばれる私と、名字さえ持たない、この子と)


 リュミナは、何も言えなかった。


「会えるかどうかも分からないのに、ずっと目標にしてるの?」


「そうだよ」


 平然と返事をしたカイルに、少し苛立ちを感じた。


(それって、ただの夢物語じゃない。ただの憧れだけで何かが変わるわけがないのに)


「確実な約束でもないのに、どうして目標にできるの?」


 カイルはきょとんとした。


「約束って、そんなに確実じゃないとダメなの?」


 ダメなの、と言われると、うまく言葉にならなかった。


 父は、資源採掘場の事故で死んだ。

 誰かが来てくれるのを、最後まで待っていたのだと、後から聞いた。 

 でも来なかった。


 届くかどうか分からない不安定なものを持ち続けることが、リュミナには怖かった。

 待つことは、何もしないことと同じだと、あの日から思っている。 

 届かなかったときに、自分の中が空になりそうで。


「……ごめん、なんでもない」


「ふーん」


 カイルはそれ以上聞かなかった。


 ◇


 窓口の担当者が、無言で袋を差し出した。

 中身は少なかった。 

 それでも今日の分には間に合う。

 カイルは自分の分を受け取ると、「じゃあね」とだけ言って人混みの中に消えていった。


 あっという間だった。


 リュミナは袋の紐を握ったまま、しばらくその場に立っていた。

 帰り道、細い路地を一人で歩きながら、さっきの言葉を反芻した。


 会える可能性が上がるとは思う。 

 それでいい、という顔だった。


 確信ではなく、可能性だけを持って歩けるのは、どういうことなのだろう。


(持てたら、楽なのかもしれない)


 そう思ってから、すぐに首を振った。 

 楽かどうかの話じゃないと、リュミナには分かっていた。

 あの子は楽をしているのではなくて——ただ、手の中の鍵を、落とさないでいる。


 袋を抱え直して、リュミナは歩き続けた。 

 路地の出口から、ゲートの雑然とした広場が見えた。

 声と人と、仮設棟の裸電球の光が、昨日と同じように溢れている。


 何も変わっていない。

 なのに、昨日より少しだけ、足が軽かった。


 理由が、うまく言葉にならなかった。

お読みくださりありがとうございます!

ブックマーク、評価、コメントを頂けると大変嬉しいです!!


アルデンがAURORAに入ったきっかけになったお話はこちらにございます。

https://ncode.syosetu.com/n9593lf/

外伝をご覧ください!

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