第6話 敷居の町
※挿絵はAIイラストを使用しています
着陸の衝撃で、眠っていた子どもたちが目を覚ました。
昇降口が開くと、夜の匂いが流れ込んでくる。
土と、煮炊きの煙と、大勢の人間の匂い。
二日ぶりに踏む地面は、故郷の砂より固かった。
「移動者は二列で進め! 荷は自分で持つこと!」
誘導灯を振る係員の声に追われて、リュミナたちは暗い通路を歩かされた。
リメン・ゲート。
窓から見えた灯りは、近づいてみれば想像と違っていた。
整った町明かりではなく、仮設棟の裸電球と、焚き火と、資材置き場の作業灯が、無秩序に散らばっている光だった。
その隙間を、人がひっきりなしに行き交っている。
村の何十倍もの人間が、ここに詰め込まれているらしかった。
受け入れ場の入口に、それはあった。
夜目にも白い、真新しい記念碑。
誘導灯に照らされて、彫られた文字が読めた。
『英雄アルデン・セリオスの故郷 リメン・ゲート』
記念碑の周りだけ、地面が掃き清められていた。
その向こうには、継ぎはぎの仮設棟がどこまでも並んでいた。
◇
受付には、長い列ができていた。
リュミナの番が来ると、係の男は顔も上げずに端末を差し出した。
「出身集落、氏名、年齢。そこに」
「あの、同じ村の人と、近い区画に――」
「要望は後日。まずは登録」
入力を終えると、端末が札を吐き出した。
受け入れ番号と、割当区画の数字が印字されている。
「第十二区画、奥から三番棟。配給登録は明朝、水場の使用時間は札の裏。次!」
名前を呼ばれることは、最後までなかった。
リュミナは札を握って列を出た。
人波の向こうにマレの姿を探すと、赤ん坊を抱えたまま、こちらに札を掲げてみせた。
第十二区画。
同じ数字だった。
それだけのことに、泣きそうなほど安堵している自分がいた。
◇
第十二区画への道は、地元の住宅地の縁を通っていた。
古い家々には、ちゃんとした灯りがともっている。
戸口の前で話し込んでいた女たちが、移動者の列に気づいて、話をやめた。
視線が、荷物と、顔と、足元を順に撫でていく。
「……また増えたの?」
「五百人だって。今度は第七地区からだと」
「第三地区はもうずっと満杯だってさ。あの地区から来る組は、結局いつもこっちに回されてくるんだよ」
「英雄様の看板も考えもんだね。集まるのは物資より先に、人ばっかりだ」
「お陰で元からいる住人へ、恩恵が全然手薄になってるじゃないか」
ささやきは、聞かせるつもりの音量だった。
リュミナは前を向いたまま歩いた。
怒りより先に、不思議だった。
同じ星の、同じように苦しいはずの人たちが、どうして真っ先に「増えた」と数えるのだろう。
水場の前を通った。
石組みの立派な水場で、蛇口が並び、足元のタンクには水が満ちていた。
涸れた貯水槽を見続けた目に、それはほとんど眩しかった。
――井戸の水が なみなみと満ちるように
祝福の一節が、勝手に浮かんだ。
次の瞬間、水場の柱の張り紙が目に入った。
『移動者の使用時間 朝六時より七時 夜八時より九時 区画札を提示のこと』
水はある。
ただし、順番と時間の外側に。
ここは故郷とは別の意味で、乾いた場所なのかもしれなかった。
◇
三番棟は、板壁の長屋だった。
割り当てられたのは、奥の一間。
家族用の区画を、単身者数人で分け合う造りらしい。
荷箱ふたつを置くと、床の半分が埋まった。
それでも屋根があり、壁があった。
隣からマレの赤ん坊の、かすかな寝息の気配がした。
リュミナは寝床に座って、耳からイヤリングを外し、手のひらに包んだ。
端末を開く。
『着いたよ。リメン・ゲートっていう町。人がすごく多い。水場の水が、いっぱいだった』
いっぱいだった、の先をどう書けばいいか分からなかった。
使用時間のことも、ささやき声のことも、書けば心配させる。
少し迷って、一行だけ足した。
『歌は、忘れてないよ』
送信すると、すぐには返事は来なかった。
眠っているのだろう。
分かっていたはずなのに、少しだけ胸の奥が冷えた。
◇
翌朝、リュミナは水場の列に並んだ。
朝六時の使用時間に、移動者の列は長く伸びていた。
順番を待ちながら、ふと視線を感じて顔を上げた。
水場の向かいの、資材の積まれた塀の上に、少年が座っていた。
十歳をいくつか出たくらいの、痩せた子だった。
地元の子らしく、移動者の列を眺めている。
物珍しさとも、警戒ともつかない目だった。
目が合った。
少年はそらさなかった。
リュミナもそらさなかった。
なんとなく、負けたくなかった。
先に動いたのは、少年のほうだ。
ひょいと塀から飛び降りると、記念碑のほうへ駆けていく。
そして袖で、碑面の砂埃をひと拭きして、朝の人混みに消えた。
誰に言われたふうでもなく、手つきだけが妙に慣れている。
(……なに、いまの)
列が進む。
リュミナは水汲みの順番を迎えて、それきり少年のことは頭の隅に押しやった。
桶に落ちる水音を聞きながら、リュミナは考えていた。
ここは境い目の町だ。
灰色の大地の果てに、灯りが灯る。
地元の人と流れてきた人が、同じ蛇口を違う時間に使う。
また立つには、足場の悪い場所。
それでも――もう、ここで生きていくしかないのだった。
手の中の桶に、朝の光が揺れていた。
リュミナは少しだけ背を伸ばして、自分の番の水を、最後の一滴まで汲んだ。
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