第5話 燃える地平
※挿絵はAIイラストを使用しています
二日目の朝、輸送機は中継地を発った。
機内の空気は、昨日とは違っていた。
泣き尽くしたあとの、乾いた静けさ。
人々は窓よりも手元を見て、配られた水を少しずつ飲み、子どもに保存食を分けていた。
悲しみの次に来るのは、知らない土地への不安らしかった。
リュミナは窓際の席で、耳のイヤリングに触れた。
まだ大きくて、何度も落ちそうになる。
それでも今朝、思い切って着けてみたのだった。
重みがあるたび、セラの手の温度を思い出せた。
「これより針路を変更し、第三地区へ向かう。航路の関係で、本機はしばらく無法地帯の上空を通過する」
機内放送が短く告げると、人々の顔がいっせいに窓へ向いた。
◇
最初は、色が変わっただけだと思った。
昨日まで眼下にあった土地は、乾いてはいても、畑の区画や道の名残があった。
人の手の入った跡が、模様のように地表に刻まれていた。
いま窓の下にあるのは、模様のない大地だった。
干上がった川が、白い傷跡のように蛇行している。
崩れた集落が、骨のような壁だけを残して点在する。
道はあるのに、動くものがどこにもいない。
緑は、目を凝らしても、ひとつまみも見つからなかった。
リュミナは、無法地帯という言葉を知識では知っていた。
星の四割を占める土地。
地図の上では、ただの灰色の塗り分けだった。
けれど、これは。
(……こんなに、広いんだ)
飛んでも飛んでも、灰色が終わらない。
村ひとつが終わるのとはわけが違う。
町が、川が、地方がまるごと、息をしていなかった。
第七地区は星の端だから、と思っていた。
自分の村は運が悪かったのだと、どこかで思おうとしていた。
(違う。順番が早かっただけだ)
この灰色は、いまも広がり続けている。
自分たちの村があった方角へ向かって。
◇
「……おい、あれ」
誰かの声で、機内がざわめいた。
遠い地平に、煙が立っていた。
一本ではない。
二本、三本……細い黒の筋が、等間隔のように並んで空へ伸びている。
「火事か?」
「あんな何もないところで、何が燃えるんだ」
「――ラグドラだ」
その名前が出たとたん、ざわめきの質が変わった。
「ラグドラ?」
「ほら、無法地帯の連中だよ。廃墟になった村や町を、片っ端から燃やして回ってるっていう」
「奴らが通ったあとは、灰しか残らないらしい」
「資源を奪うだけ奪って、火をつけるんだと。うちの集落にも、逃げてきた人がいた」
「何のために、そんな……」
「分からん。分からんから、怖いんだろう」
リュミナは、煙の筋から目が離せなかった。
燃やし尽くす。
灰しか残らない。
耳に入る言葉のどれもが、窓の外の景色と結びついて、胸の底を冷たくしていく。
(もしも順番が、もう少し早かったら)
移住の勧告が来る前に、あの煙がうちの村に来ていたら――。
リュミナは首を無意識に振った。
最悪な状況を考えかけて、やめた。
やめたのに、視界に入る煙の筋は視界の端に残り続けた。
◇
昼すぎ、航路が一度だけ低くなった。
燃え跡の近くを通ったのだ。
眼下に、黒い村があった。
家々の輪郭はそのままに、全体がただ黒く、静かだった。
暴れたような崩れ方ではなく、端から端まで、むらなく焼かれている。
略奪の散らかりも、争った気配も、上からは見えなかった。
ただ整然と、村のかたちをした影が、灰色の大地に伏せていた。
機内から、声が消えていた。
誰かが小さく、祈りの言葉をつぶやいた。
別の誰かがそれに続いた。
知らない集落の、知らない祈り方だった。
それでも意味は分かった。
リュミナの頭の中で、ふいに、あの歌の一節が流れ始めた。
歌おうとしたのではない。
勝手に、流れたのだ。
――たとえ灰が 降り注ごうとも
――たとえ闇が 居座り続けようとも
――緑は必ず 立ち上がる
――どんな苦難が あろうとも
(歌は、知っていたんだ)
リュミナは唇を結んだまま、そう思った。
灰の降る年も、闇の長い年も、この歌はくぐり抜けてきた。
だからこんな一節が残っている。
豊かな野の歌だとばかり思っていたのに、本当は、こういう景色を知っている歌だった。
ならば――この窓の下の黒い村にも、かつて歌があったのだろうか。
誰かが継ぐはずだった節が、あの灰の中にあったのだろうか。
膝の上の拳に、知らないうちに力がこもっていた。
悲しい、ではなかった。
怖い、とも少し違う。
これを「仕方ない」で終わらせている何かが、この星のどこかにある。
配給を減らし、勧告文をよこし、順番に村を畳ませていく、顔の見えない何かが。
それが許せなかった。
◇
夕方近く、端末が鳴った。
『今日あたり、無法地帯の上を飛ぶ頃だろうね。怖いものが見えても、目をそらすんじゃないよ。見て、覚えておくこと。それも歌い手の仕事だ』
セラからだった。
リュミナは何度か文面を読み返してから、返事を打った。
『煙を見た。村が燃えてた。ラグドラっていう人たちがいるんだって。ばあ様、あいつらが来たら、すぐ逃げてね』
送ってから、自分の文のこどもっぽさに少し赤くなった。
それでも、打ち直さなかった。
◇
日が傾いた頃、機体の前方に山並みが見えた。
灰色の大地が終わり、山裾にぽつぽつと、灯りの色が散り始める。
誰かが窓に張りついて言った。
「見えたぞ、境界だ! あの灯り、リメン・ゲートだ」
「あれが、英雄様の故郷か」
「英雄様?」
「宇宙ネットワーク AURORAの派遣員様だよ。この星からたった一人選ばれたっていう。あの集落の出身なんだと」
「その人がいたから、リメン・ゲートはつぶされなかったっていう話だ」
「へえ。英雄様の故郷なら、物資も集まってるだろう。おこぼれくらいは、あるかもしれんな」
英雄という言葉の浮ついた響きが、リュミナには遠かった。
振り返れば、機体の後ろにはまだ、暮れていく灰色の地平が広がっている。
煙の筋は、もう闇に溶けて見えない。
あの灰色とこの灯りの、ちょうど境い目に降りるのだ。
機体が、ゆっくりと高度を下げ始めた。
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AURORA所属のあの人の故郷の話です。
シリーズ本編の外伝に出てきます。
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