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第6話 私たち、全然強くなかったんだけど

第6話です。


ひなひな達がそこそこ強くなったと思ったら、世の中そんなに甘くありませんでした。


お楽しみいただければ幸いです。

 森の中は、朝露がまだ葉の先に残っていた村の近くとはいえ、道を外れれば木々は急に深くなり、細い枝が袖に引っかかり、見えない虫が耳元で小さく鳴る。

 少し前の私なら、こんな場所に入っただけで「異世界の森! 冒険!」と無意味にテンションを上げていたと思う。でも今の私は、お腹のあたりに残る空腹感と、愛剣ライトセーバーを握った手のひらの感覚を同時に意識しながら、前方の茂みを見ていた。

 奏が片手を上げる。合図は短い。私たちはもう、それだけで止まれるようになっていた。悠が一歩横にずれて、風を薄く押し出す。草の先が同じ方向に倒れ、そこに隠れていた虫型のケモノが数匹、黒い殻をちらつかせながら飛び出した。彩はすでに銃を構えていた。無駄のない動作で狙いをつけると、次の瞬間、無数の小石が空気を裂いた。彩は『散弾』っていってた。乾いた音がして、数匹の虫型が地面に落ちる。威力が弱いけど、多数のケモノに効果がある。

 私は息を吸い、別の虫型ケモノに意識を絞った。燃やすんじゃない。中から熱くする。グループ全体を包み込むような鉄かごをイメージして、その中を魔力で満たす感じ。そう思うと、見えない波が、鉄かごの内側で暴れまわるように広がった。虫型が痙攣して落ちる。前よりずっと短い時間で、前よりずっと少ない消耗で済んだ。私は思わず口元を緩めた。

「今の、ちょっと上手くなかった?」

「調子に乗るには早い。右、二匹」

彩の声が飛び、私は慌てて振り向いた。確かに右の木の根元から、もう二匹が滑るように近づいてくる。悠が軽く舌打ちして、衝撃波を横から叩きつけた。バラバラに粉砕された。

 奏は後ろで目を閉じたまま、手に持った八木アンテナを周囲に巡らせている。

「中型、一体。前方二十メートルくらい」

「了解。ひなひな、前、頼める? 水無瀬くん、虫型はまかせるわ」

彩は、銃の筒から虫型用の弾を取り出して、代わりに金属杭を入れた。

「彩ちゃんの指示、もう特殊部隊の隊長だよね」

「文句があるなら代わって」

「ないです。命令は絶対であります」

悠が肩をすくめた瞬間、茂みの奥から中型のケモノが現れた。犬とも猪ともつかない胴体に、岩みたいなこぶが背中に並んでいる。前なら、その異様さだけで、動けなくなっていたと思う。

 でも今は違う。怖さはある。だけど、怖いだけじゃない。どこに熱を入れれば動きが鈍るか、どこを彩が撃てば姿勢が崩れるか、悠の衝撃波がどの範囲まで届くか、そういうものが頭の中に細かく並んでいく。私たちは村に来てから、ただ魔法を覚えたわけじゃない。失敗して、お腹を空かせて、怒られて、褒められて、また失敗して、そのたびに戦い方を少しずつ体に押し込んできた。

 中型が突進してくる。悠の風が横からぶつかり、彩の石が前脚の付け根を打つ。体勢が崩れたところに、私はライトセーバーを大上段に構えた。

「いっけえ!」

気合でケモノを両断した。

「またつまらぬものを斬ってしまった」

「ライトセーバーだよね。作品の世界観はあわせないと」

悠がぼそっと言った。


     ◇


 午前中の討伐を終えて、村に戻ってきた。木で組まれた門、見張り台、畑の向こうに並ぶ家々。異世界に飛ばされて、何も分からなくて、ただ助けられた場所。それが今は、私たちが守る場所にもなっている。

 そんな少し照れくさい実感を胸の中で転がしていたとき、門の前の空気が変わった。見張り台の上にいた村人が、私たちが戻ってきた森とは別の方向を指さした。身を乗り出して叫んでる。指さす方に目を向けると、ひとりの男の人がよろめきながら走ってきた。服は裂け、腕から血が流れている。

「誰か! 手を貸してくれ!」

門番が叫び、彩が真っ先に走った。私たちも続く。男の人は門まであと数歩のところで膝をつき、土に手をついた。肩で息をしていて、声がまともに出ていない。私は反射的に近づこうとして、彩に腕で止められた。

「ひなひな、奏と周囲を警戒して。まだ追ってきてるかもしれない」

「あ、うん!」

その言葉で、冷静さを取り戻す。私は門の外へ目を向けた。道の先は静かに見える。

「どうしたんだ。何があったんだ。一緒に行ったルディーは?」

門番が倒れた男を抱え上げて問いかける。

男の人は唇を震わせた。土に爪を立てるようにして、言葉を絞り出す。

「群れだ……西の街道の森の奥から、ケモノの群れが来る。虫型だけじゃない。中型もいっぱいいる。数が、多い」

門の近くにいた村人たちがざわめいた。背筋に冷たいものが走るのを感じた。群れ。数が多い。虫型は群れるのが当然だけど、中型の群れなんて、こっちに来てから見たことがない。

「この感じ、絶対“まだ本隊がいます”って流れだ」

「不吉なことを補強しないで」

「大丈夫。僕も外れてほしいとは思ってる」

悠が男の人の肩を支え、村の中へ導く。

「中へ運んだら、すぐにお爺ちゃんとリナに知らせて。私は門番の人と村役場に向かうわ」

こういう時、彩は強い。でもそれだけ事態は深刻なんだと気合を入れる。奏が立ち上がり、私のほうを見る。いつもの優しい目だけど、その奥に緊張があった。

「ひなひな、さっきの消耗は?」

「大丈夫。さっき携帯食食べたから。うんと甘いの」

「無理はしないで。今日は長くなるかもしれない」


 門の内側では、村人たちが動き出していた。子どもを抱える人、荷物をまとめる人、畑から走って戻る人。さっきまでいつもののどかな昼下がりの風景が、戦場の入口に変わっていく。

 村の広場は、いつもなら子どもたちの声や、荷車の軋む音や、誰かが野菜を並べる音でごちゃごちゃしている場所だった。けれど今は、そのごちゃごちゃが全部、焦りの音に変わっていた。乾いた地面を何十人もの足が踏み、土埃が低く舞い、家々の扉が乱暴に開け閉めされる。

 お爺ちゃんは広場の中央に立っていた。普段は穏やかで、リナに甘くて、私たちにもよく食べさせようとしてくれる人なのに、そのときの背中は別人みたいに大きかった。村の人たちが彼の周囲に集まり、指示を待っている。お爺ちゃんは杖を地面に突き、低い声で言った。

「子どもと年寄りは集会小屋へ。火を扱える者は門の前へ。風はその援護じゃ。土を使える者は柵の上から、石で狙え。ケモノを近づけるな」

村人たちは一斉に配置につく。みんな自分たちの村を守る命。家より命。簡単な言葉なのに、広場の空気を一本にまとめる力があった。リナがこちらへ駆け寄ってくる。顔は青いけれど、泣いてはいなかった。

「ひなひな、私も外へ行く」

「だめ、って言いたいけど……」

私は言葉に詰まった。リナは村の子どもだけど、火の魔法を使える。普通の大人よりも強いかもしれない。

「リナ。お前は後方で待機じゃ。火魔法は消耗が激しい。交代要員じゃ」

「でも!」

「命令じゃ。今のリナの役割は、前線に出ることじゃない」

お爺ちゃんの声は厳しかった。でも冷たいわけじゃない。リナは唇を噛み、悔しそうにうなずいた。

「ひな、彩、奏、悠。お前たちは東側じゃ。森から一番近い。だが、無理に前へ出るな。無理だと思ったら、すぐに下がれ」

「分かりました」

彩が即答する。私も奏も悠も頷く。この村を失ったら私たちにいくところはない。

「客人に申し訳ない……。いや、お前たちはもう村の立派な戦士じゃったな」


 村の外周、東側の柵のそばは、畑だった。そこから少し草原があって、森はすぐそこにあった。黒っぽい幹の列が、まるで村を見下ろしているみたいに並んでいる。

 私は柵の内側で立ち、手のひらを何度も開いたり閉じたりした。熱の感覚はある。大丈夫。やれる。けれど、緊張で指先が冷たい。

 奏は少し後ろで八木アンテナを構えて周囲を探知している。奏の魔力は見えないはずなのに、彼の周囲の空気だけが薄く震えているように感じた。

「来る」

奏の声がした。

 森の奥から、まず低い音が聞こえた。地面の下で何かが転がるような音。次に枝が折れる音。葉が揺れ、黒い点がいくつも現れた。虫型だ。数が多い。十、二十、いや、もっと。地面を這うもの、低く飛ぶもの、木の幹を伝ってくるもの。

「ひなひな、左の塊」

「了解!」

私は左手を向け、先頭の虫型の群れに熱を流し込んだ。虫型の中でも比較的小さいケモノが、ポトポトと落ちる。でもそれ以上力を込めない。

くぐり抜けた比較的大きなケモノは、彩の『散弾』が仕留めた。

 右の塊は悠の衝撃波で全滅していた。

「いつもより多めに落ちてます、ってか」

言葉は軽いけど、結構力を使ったみたい。息が荒い。

「右奥、中型二。木の後ろに隠れてる」

彩は銃身に杭を装填する。私は木の後ろに熱をながした。ケモノが木の後ろから出てきたところを、すかさず彩が狙撃。一発で急所を撃ち抜いた。

「すごい。一発じゃん!」

「いつもより気合をいれているからね」

 中型が次々と現れる。森で倒したものより少し小さいが、とにかく数が多い。私は柵の外にでて、ライトセーバーを抜いた。右から迫ってきたケモノを上段から袈裟懸けに切り倒し、返す刀で、左から迫ってきたケモノを切り上げた。あっという間に二匹を瞬殺した。

 やっぱり接近戦で直接熱を伝えられるライトセーバーは強力だ。いつもの私なら、調子にのって、ポーズを決めてるところだけど、流石にそんな余裕はない。

「ひなひな、油断しない」

彩の声が鋭く刺さる。私、今は油断してないって。

「ちょっとだけ心の中で勝利ポーズ取っただけ」

「それを油断って言う」

「優しい言い方をすると、精神的フライングだね」

悠がフォローになっているのか分からないことを言う。奏が笑う。

「近くにはいない。今のうちに補給しよう」

 私は腰のポーチから果物を取り出して口に放り込む。甘さが広がって幸せな気分になる。彩も悠もそれぞれ、自分なりの準備をしていた。

 疲れはある。お腹も空く。腕も重い。それでも、倒れない。私たちは自分たちの村を守るんだ。その思いに支えられている。村の正面ではまだ戦いが続けられているようだ。彩が救援に向かうか、持ち場を守るか悩んでいた。

「遠くまで探ってみたけど、こっちの方はもう大丈夫そうだ。それより村の正面が気になる」

奏が断言した。私たちは奏の探知能力を絶対的に信じている。今までそうやってきた。

「正面の応援に行こう」

彩が決断した。


 その重い音は、最初は雷の遠鳴りみたいだった。けれど空は晴れていて、雲ひとつない。ならば何かが地面を叩いているのだと気づいた瞬間、足裏から震えが上がってきた。東側の外周にいた全員が、森を見る。虫型の波が一瞬、不自然に割れた。中型のケモノたちも横へ逃げるように散る。森の木々の間から、巨大な影が現れた。トカゲに似ていた。けれど、私の知っているトカゲなんて比較にならない。低い胴体は荷車ほどの大きさで、肩のあたりは柵より高い。前方に突き出した牙は白く濁り、地面を掘り返すたびに土が跳ねた。全身に灰色の硬そうな鱗が密集し、その下に岩みたいな筋肉が動いている。私は思わず一歩下がった。

「……でか」

声が勝手に漏れた。冗談を言う余裕はなかった。巨大トカゲ型のケモノは、私たちを見ているというより、村そのものを障害物として認識しているようだった。止まらない。速度を上げる。お爺ちゃんが叫んだ。

「全員、広がるんじゃ! 正面に立つんじゃない!」

村人たちが散る。

 悠が衝撃波をぶつける。けれど、巨大トカゲ型は意にかえさない。彩の杭が頭部に当たる。カーン、と硬質な音がした。鱗が少し傷ついた。でも止まらない。

「ならば」

私は腰のライトセーバーを引き抜いた。単なる鉄の棒だけど、私のやる気に合わせて輝き始めた。その輝きに巨大トカゲ型が振り向いた。目があう。ライトセーバーの光が消えた。冗談じゃないわ。あんなのと接近戦ができるわけない。

 ライトセーバーの光が消えると、巨大トカゲ型は興味を失ったのか、村への突進を再開した。


「家が……!」

村人の一人が呟いた。巨大トカゲ型は村に入り込むと、徹底的に建物を破壊した。振り回された極太の尾は、一撃で数件の家を薙ぎ払う。畑には興味はないみたいだけど、暴れまわった足や尾のせいでぐちゃぐちゃになってしまった。

 けど人には興味がないみたいで、今のところ巨大トカゲ型にやられた人はいなかった。

「家ならまた建てればよい。命があれば、また立ち上がれる」

お爺ちゃんが、無念そうにいう。

「そうでもないみたいです。中型の群れがせまってきています」

悠の声は低かった。全員に絶望の表情がひろがる。

「まだ終わってない」

彩が言う。断定的に。自分に言い聞かせるように。

「終わらせない。あいつを仕留める」

「彩……」

私は名前を呼んだ。彩の横顔は汗と土で汚れていた。目だけが鋭い。怖いくらいにまっすぐだった。私はその横顔を見て、腹の底に残った力をかき集めた。怖い。お腹が空いた。腕が痛い。逃げたい。でも、逃げる場所はない。村人たちにも、私たちにも。

「次、目を狙ってみる」

彩が静かに言う

「わかった。ひなひな、合図をしたらライトセーバーを光らせてあいつの興味をひいて」

奏が同意する。悠も頷く。彩が最後の杭を銃に込めた。

「僕が三つ数えるから、タイミングをあわせて」

巨大トカゲ型が、執拗に村役場だった廃墟を踏みつける。ライトセーバーを引き抜いた。奏がタイミングをはかった。

「一、二――」

そのとき、正面門の向こうから、別の音がした。


     ◇


 最初は、何かが爆発するような音だった。花火よりもなにかもっと響くような重低音。次に、地面を蹴る足音。巨大トカゲ型の突進音とは違う。もっと軽く、速い。壊れた門の向こう、森の縁から、人影が飛び出した。ひとりは大きな棍棒を肩に担いだ男の人。もうひとりは、淡い青の布をまとった女の人。二人とも村人じゃない。服も装備も違う。男の腕には金属の腕輪が光り、女の首元には小さな石のついた飾りが揺れていた。

「どけ!」

短い怒鳴り声。男は棍棒を両手で握り、地面を踏みしめた。腕輪の石が鈍く光る。次の瞬間、男はありえない高さまでジャンプした。そのまま棍棒を巨大トカゲ型の頭部へ叩きつける。空気が破裂したみたいな音がして、巨大トカゲ型の頭が横へ弾かれる。あの巨体が、横へ。私は目を疑った。突進の勢いが完全に殺され、巨大トカゲ型の前脚がもつれて地面に倒れ込む。

「今の、何?」

私の声はかすれていた。

 女の人が静かに手を上げる。首元の石が青白く光る。水、だと思った。細い水の糸のようなものが空中に伸びる。けれど、それは水のように揺れながら、光のようにまっすぐだった。一本、二本、三本。巨大トカゲ型の急所を確実に射抜く。音はほとんどない。巨大トカゲ型は、声も上げることもできずに、動かなくなった。

「考えられないエネルギー量、信じられない」

奏が呟いた。声に震えがあった。論理で世界を見る奏が、理解より先に驚きを漏らしていた。


「おい、生きてるか!」

荒い声。けれど、その目はまっすぐに私たちの無事を確認していた。女の人は少し遅れてこちらへ歩いてくる。表情は穏やかで、場違いなくらい静かだった。

「外のケモノは始末しておきました。手当が必要な方がいましたので、だれか助けにいってください」

その声を聞いた瞬間、張り詰めていた空気が少しだけほどけた。私たちは助かったのだと、体が遅れて理解した。私は膝から力が抜けそうになり、慌てて踏ん張った。

「たすかったー。正義の味方が助けにきてくれたよ」

「正義かどうかはわからないけど、助かったのは間違いなさそうだね」


     ◇


 夕方に近づくころ、村の広場には人が戻り始めていた。避難していた子どもたちが恐る恐る外へ出てきて、壊れた柵のほうを見て、巨大トカゲ型の死体を見て、また親の後ろへ隠れる。広場の中央には簡単な食事が用意され、負傷者には布と水が配られていた。

 お爺ちゃんや村役場の職員さんたちは、疲れた顔をしながらも、二人に礼を言っていた。巨大な棍棒を持ち筋肉隆々な体をしているが、それと不釣り合いの軽薄そうな顔の男は、レオンと名乗った。その隣りで静かに微笑むきれいな女性はセレーネと言っていた。二人とも『冒険者』だそうだ。私の好奇心はむくむくと膨らんでいった。

「冒険者だって! これはぜひ話を聞きに行かねば!」

私の軽薄さと裏腹に、奏は深刻そうだった。

「さっきケモノの死体を見てきたんだ。ひなひなのとはちょっと違うけど、穴は熱で溶かされているみたいだった…レーザーで貫かれたような……。だとしたらすごい出力だ」

「あの巨体を弾き飛ばす力も、すごいんじゃないの。風でやろうと思ったら、風速何mなのかわからんな」

悠も同意する。

「冒険者って、あれが普通なのかな」

彩がぼそっと呟く。

 レオンとセレーネはその夜。お爺ちゃんとリナの家に泊まることになった。


「……セレーネさんって、どうしてそんなにスリムなんですか?」

セレーネさんは、私の不躾な質問にも、怒ることなく優雅に微笑んでくれた。


 リナの家の中は、外の騒ぎが嘘みたいに温かかった。けれど、いつもの団らんとは違う。土間には余分な水桶が置かれ、壁際には怪我人用の布が積まれ、食卓の上の料理も、簡易的でカロリー重視の煮込みスープが中心だった。煮込んだトマトの匂いが部屋に満ちていて、私の食欲は止まらなかった。ガツガツ食べる私たちとは対象的に、セレーネさんは一口ずつ、上品に口に入れていた。


「ひなひな、ちょっと失礼よ」

彩にたしなめられる。レオンが豪快に笑った。セレーネも口元に手を当てて、小さく笑う。その仕草が上品で、私は改めて彼女を見た。戦場で巨大トカゲ型を貫いた人とは思えないくらい、細くて、静かで、姿勢がきれいだった。

 しかもスリムだ。とてもスリムだ。奏が驚愕したほどの魔法を使ったのに。あのエネルギー量を扱ったのに。私は無意識に自分のお腹を見た。村に来てから、魔法を使うたびに食べる量が増えた。なのに、目の前のセレーネは、どう見ても大食いで維持されている体型ではない。

「ごめんなさい! でも、魔法の消費量的に、そこが気になって!」

「彼女が言いたいのは、大出力の魔法を使うためのエネルギーを蓄えるにはもっと脂肪が必要なのではないか、ということです」

奏がもっと直接的な言い方をした。

 レオンとセレーネは一瞬顔を見合わせ、頷くと、首元の飾りを指で持ち上げた。小さな石が、灯りを受けて青く光る。レオンも腕輪を机の上に置くように見せた。そこにも、色の違う石が埋め込まれている。

「魔石……か」

お爺ちゃんが言った。知っているようだ。リナが目を丸くする。

「本物、初めて見た」

レオンがうなずく。

「『中央』じゃ珍しくない。冒険者なら、持ってないほうが危ないくらいだ」

奏が身を乗り出した。

「コレをエネルギー源として魔法を使えるということですか?」

セレーネがその問いに答えてくれた。

「難しい言葉は分かりませんが、魔石には魔力の元になる力が蓄えられています。体に触れさせて、そこから力を通して魔法にします。自分の体だけで使うより、ずっと大きな魔法が使えます」

奏の目が輝いた。完全に理系の顔だ。

「蓄積された魔力ポテンシャル……体を媒介にして変換する。それなら大きな魔法が使えるのも頷ける。いや体を媒介にするなら、伝導効率を考慮する必要があるか。それに伝導速度にも上限があるかも……」

「星野くん、ちょっと暴走気味」

彩が止める。奏は少し恥ずかしそうに笑った。

「ごめん。でも、今日の出力差はこれでかなり説明できる」


 レオンは煮込みを豪快に食べながら、都市の話をした。村より大きな道。石造りの建物。魔石を使った強力な魔法で、様々な物つくられる工場。冒険者ギルド。ケモノ討伐を仕事にする人たち。

 外の世界では、村の周辺よりずっと強いケモノが出ることもあるらしい。私は聞けば聞くほど、胸の中がざわついた。怖い。けれど、それだけじゃない。見たい。知りたい。あの魔法を、あの世界を、自分の目で見たい。

「別の世界から突然現れた人の話を聞いたことがありませんか・」

彩が静かに尋ねた。食卓の空気が少し変わった。彩が続けて、私たちの事情を簡単に説明する。レオンは首をかしげ、セレーネは考えるように目を伏せた。

「私たちは一介の冒険者にすぎません。元々はこのような村で育った田舎者なんですよ。ただ、都市には学者も、古い記録も、ギルドの情報網もあります。あるいは、帰れる方法が分かるかもしれませんね」


     ◇


 いつもの村外れの空き地は、昼の戦いが嘘みたいに静かだった。壊れた柵の応急処置は終わり、広場の灯りも少しずつ消えている。森のほうからは、いつもの虫の音が戻ってきていた。

「今日、分かったことがある」

奏が言った。声は静かだった。

「僕たちは村では戦える。でも、外の基準ではたぶん初心者に近い。魔石を使った魔法、いわば第二段階魔法は、行使できる力が桁違いだ。もっと応用的な使い方もあるかもしれない」

「それって、魔法で元の世界に戻ることができるってこと?」

「そこまではわからない…」

「少なくともここにいるよりは可能性があるね」

悠の言葉は、全員が感じていた。


「行くべきだと思う」

彩が唐突に言った。彩がそう言うのは少し意外だった。村に残って守る、と言うかもしれないと思っていたからだ。

「理由は?」

悠が尋ねる。

「ここに残っても、今日みたいな相手がまた来たら同じことになるわ。私たちは強くなる必要がある。魔石、都市、冒険者ギルド、それに元の世界へ帰る手がかりがあるかもしれない……お爺ちゃん、リナ、村の人には申し訳ないけど……」

彩の言葉は、ひとつひとつ地面に杭を打つみたいに確かだった。

「だから明日、お爺ちゃんとリナに話す。レオンさんとセレーネさんにも、都市までの道を聞く」

彩が言う。もう次の行動を決めている。私はその横顔を見て、改めて主将なんだな、って思って少し笑った。頼もしい。厳しい。少し冷徹。でも、こういうとき、彩がいると進める。


 森の向こうは暗い。その先に別世界、魔石を使った都市も、冒険者ギルドも見えない。元の世界なんてもっとわからない。

 でも、壊れた柵の向こうに、新しい道が開いてしまった気がした。


「私たち結構強いじゃん!」→「全然そんなことなかった」


というお話でした。


でも考えてみれば、村で最強クラスだからといって世界最強とは限りませんよね。


次回からは都市編です。

冒険者ギルドや魔石など、この世界の文明的な部分が見えてきます。

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