第5話 この村、なんか馴染んできたんだけど、私たち結構強くない?
第5話です。
魔法にも慣れてきて、ちょっとずつ「異世界生活楽しい!」になってきています。
森の中は、朝の湿った空気と、踏み荒らされた土の匂いで満ちていた。村の近くとはいえ、木々の間に入ると空は細く切り取られ、枝葉の影が地面にまだら模様を落としている。
その影の向こうで、低い唸り声がした。中型のケモノが一体。狼より大きく、猪より細く、けれどどちらにも似ていない黒い身体を低く伏せている。その周囲には、甲殻のある虫型のケモノがいくつも蠢いていた。前なら、見た瞬間に足がすくんでいたと思う。いや、正直に言うと、今でもすくむ。牙も脚も多すぎるし、こっちを見ている目が生き物としてあまりに嫌だ。でも、数カ月前の私と今の私は、少し違っていた。
腰に下げた鉄の棒を引き抜いた。そして軽く念じる。剣はイメージそのままに輝いた。ライトセーバー。今の私の魔法。
◇
「なんでこんなに疲れるのに、威力が微妙なの……?」
私が地面にしゃがみこむと、奏が焦げた枝を拾って眺めた。
「たぶん、魔法が拡散してるんだと思う。ひなひなの魔法は電磁波だから、そのままだと距離の2乗に反比例して弱くなるんだ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「電磁波を集中させるか……あるいは、対象そのものに接触するかかな」
相変わらず、奏は難しいこと言う。
「そうよね。IHで調理するときもフライパンを浮かすと、火力が弱くなるのよね」
「たしかにチャーハン作る時ちょっとこまるな」
彩と悠がからかう。
「……お願いだから家電から離れて……」
次の日、奏が鉄の棒を持ってきてくれた。
「村役場の職員さんからもらってきた。これならひなひなの魔力を直接伝えられると思う」
私は鉄の棒を持たされた。剣のように振って、触れた相手にだけ熱を流し込む。すると、たいして力を込めなくても、触れたものが瞬時に燃えた。力を込めれば焼き切ることもできる。最初はただの棒だったのに、先端に赤い光をまとわせるように意識すると、私の頭の中では完全にライトセーバーになった。
「見て、奏! 主人公武器!」
気分は完全にジェダイの騎士になった。前に出て鉄の棒で切り込むようになった。怖いけれど、近づいたほうが熱は逃げない。怖いけれど、効率がいい。怖いけれど、ちょっと格好いい。だから今も、虫型ケモノの甲殻に鉄の棒を叩きつけた瞬間、私は心の中でこっそり叫んでいた。ライトセーバー、最高。
◇
「ひなひな、前に出すぎない」
彩の声が横から飛んできた。冷静で、短くて、いつも通り容赦がない。私は虫型の一匹を横に払った。鉄の棒が甲殻に触れた瞬間、じゅっと嫌な音がして、虫型の脚がばらばらに跳ねた。うわ、と思う。けれど止まらない。止まったら怖さが追いついてくる。
「出すぎてない! これは華麗な前衛ムーブ!」
剣を構えて、次の獲物を待つ。
「2時の方向、50m! ちょっと大きい!」
奏が、森の少しひらけた方向を指さす。ケモノはすぐに茂みから現れた。ちょっと遠い。
「私にまかせて!」
彩がすかさず構える。
◇
彩が構えたものは、最初に見たとき、私は本気で銃だと思った。太い筒に金属の杭を差し込み、肩に当てるようにして狙いをつける。もちろん火薬はない。引き金は、杭の固定を外すために使うらしい。
彩の武器が今の形になったのは、もっと現実的な理由からだった。ある日の訓練で、彩は土魔法で石を飛ばそうとして、足元を見たまま固まっていた。空き地には、ちょうどいい石がなかった。小石は軽すぎるし、土の塊は途中で崩れる。彩は無言で地面を見つめ、それから深く息を吐いた。
「……飛ばすものが……ない」
「この異世界、ちょっと不便よね。石とか氷とか、もっとバンバンと…」
「E=mc2。物体の生成には莫大なエネルギーが必要なんだ」
「アインシュタイン先生万歳だ」
そのあと、彩と奏は何やら地面に書いて相談していた。
翌日、彩は金属製の杭を何本も持ってきた。さらに数日後には、その杭を筒に入れて構えるようになった。命中精度を上げるためだという。筒の中で杭をまっすぐ保持し、土魔法で一気に射出する。見た目はほとんど単発銃だった。
「それ、完全に銃じゃん」
「火薬は使ってないけどね」
「でも構え方が慣れてる」
私が言うと、彩は一瞬だけ目をそらした。
「昔、少し射撃をしたことがあるのよね」
「えっ?」
思わず聞き返す。
「父の仕事の都合でアメリカに住んでいた時にね。会社の上司家族に連れられて。ジュニア大会で優勝したこともあるのよ」
「そんなの聞いてないよ。テニスは小さい頃からやってたって聞いたけど」
「さすが帰国子女。テニスも射撃もアメリカ仕込みってわけか」
「日本の高校で射撃部ってわけにもいかないしね」
彩は筒を肩に当て、杭の先を的に向けた。次の瞬間、金属の杭が空気を裂いて飛び、木の板の中心を貫いた。
「……ゴルゴって呼んでいい?」
「嫌」
そう言った彩の声は、いつも通り冷静だった。
だから今、彩が筒を構えていると、私は安心して前に出られる。背後にケモノが現れても、確実に彩が倒してくれる。それだけで、かなり心強い。
◇
金属の杭が空気を裂いた。映画でしか聞いたことないけど、火薬の銃声とは違う。ばしん、と空間そのものを叩いたみたいな音がして、中型ケモノの前脚に杭が突き刺さる。スパイが使っている音が出ないピストルみたい。
「サンキュー、彩!」
「ひなひな、油断しないで!」
中型のケモノは、彩の魔法の杭を受けてもまだ弱っていない。まだ油断はできない。ライトセーバーをまっすぐ構える。防御にも攻撃にも使える構え。アナキンのような派手なアクションは、今は不要。
「虫の群れ、すぐ近く」
奏が警告する。虫型の群れが一斉に跳ねた。ぞわっと背筋が冷える。数が多い。小さいけれど、まとわりつかれたらヤバい。そこで、後ろから悠の声がした。
「虫は任せろ」
悠が私の左隣に来る。しばらく集中すると、
「はっ!!」
と気合を入れて、右手を勢いよく突き出した。
◇
彩と奏は何やら二人でコソコソやっているので、自然と私と悠が一緒に訓練することが多くなっていた。
悠の風魔法は、最初は正直、地味だった。何でも器用な悠は、上達も早かった。風が吹く。土埃が舞う。葉っぱが揺れる。でもそれだけ。私はそれを見て、なるべく明るく言った。
「洗濯物、乾かせそう!」
「家電から離れるんじゃなかったっけ?」
悠が冷静に返す。村人に聞いても風属性の魔法は生活の場で活躍することが多いという。
「竜巻を発生させるとかは? 必殺『スーパートルネード』とか」
悠は胡散臭そうな顔をしたけど、とにかくやってみる、といった。器用な悠はすぐにできるようになった。
「……つむじ風ってかんじだね」
「……ちょっと弱そう」
それから二人で色々試行錯誤した。アニメ、映画、漫画、ありとあらゆるジャンルのヒーローから『必殺技』を試した。
「ひなひな、別に『必殺技』である必要があるのか?」
「何言ってるの。この世界ではイメージが大切なのよ」
私は強く主張した。
「やっぱりコレしかないわ。『かめはめ波』よ。やってみて」
「……本気で?」
「もちろんよ」
悠は仕方なさそうにやってみせた。思ったよりうまくいった。
「ほら。言ったとおりでしょ。あとは練習あるのみよ」
帰って奏に話すと
「多分、空気の動きが衝撃波になったんだろうね。ひなひなの時と一緒で、拡散するより、一瞬だけ狭い範囲に力を込めたほうがいいと思う」
「やっぱり『かめはめ波』のように、ためが必要よね」
「ためはわからないけど…できるだけ素早い空気のイメージが必要かな。音速を越えると、より強力になると思う」
次の日、悠は掌を前に押し出すモーションで風魔法を発動させた。次の瞬間、ぱん、と乾いた音がして、空き地の枯れ草がまとめて倒れた。私とリナは同時に声を上げた。
「おおっ!」
「すごい!」
悠は自分の手を見て、少しだけ眉を上げた。
「なるほど。コツが掴めてきた」
「『かめはめ波』じゃだめ?」
「まあなんというか……ちょっと恥ずかしい。」
◇
乾いた破裂音が森に響き、虫型ケモノがまとめて宙に舞った。地味だった風は、いつの間にか、私たちの背中を守る見えない盾になっていた。
「まあ俺は派手な二人を虫から守る、殺虫剤みたいなものさ」
と自嘲する。
彩は、中型のケモノにさらに数本の杭を打ち込んだ。右足に集中的にダメージを与えたので、さすがのケモノも動きが鈍る。
「たあっー!!」
私はライトセーバーでケモノに斬りかかる。剣先が触れた瞬間、思いっきり力を込めて魔法を放つ。切るんじゃなくて、熱で溶かすイメージ。ライトセーバーがケモノに深く入り込む。ケモノが吠える。
「ひなひな、一旦下がって!!」
彩の声が飛ぶ。私は素直に剣を抜き、飛び下がる。ケモノの前足が、私をかすめた。あっぶなー。彩が更に杭を打ち込む。頭部を狙った杭は、ケモノの硬い頭蓋骨に弾かれるが、前足を狙った杭は見事に命中。
「とどめ!!」
私はもう一度同じ場所に斬りかかる。
今度はケモノを両断した。
◇
森は、戦闘が終わったあとほど現実感を取り戻す。さっきまで命を持って動いていたケモノが倒れ、虫型の残骸が葉の上に散り、折れた枝や焦げた草が足元に増えていく。
私は鉄の棒を下ろした瞬間、腕にどっと重さを感じた。前よりずっと効率よくなったとはいえ、魔法を使えばお腹は減る。身体の奥の燃料タンクが少しずつ空になっていく感じは、もうかなり覚えがあるものになっていた。私は息を吐き、額の汗を袖で拭った。
「星野くん。周りにケモノの反応は?」
彩がリーダーらしく、油断なく銃?を構える。奏は周囲をさぐってから
「感度なし。中型のケモノなら半径1km、昆虫型なら半径500m以内に存在しない」
と言い切った。
奏は片手に妙な骨組みを持っていた。金属の棒で作った、元の世界の家の屋根にあったアンテナ。八木アンテナ、というらしい。最初にそれを作り始めたとき、私は「異世界でテレビ?」と聞いて、奏に困ったように笑われた。
奏の光と闇の能力は、派手な攻撃には向いていない。でも本人は、お爺ちゃんやレナがケモノの気配を感じているのを見たときからずっと、魔法がケモノをみつけるのに役立つのではないか、と考えていたらしい。ケモノは独特の魔力の感覚がある。距離と方向をつかむ。レーダーみたいに。奏はそう言って、簡易的なアンテナを作り、何日も森の端で目を閉じていた。今では、ケモノのいる方向をかなり正確に言えるようになっている。
「勝った……よね?」
「確認するまで近づかない」
彩はそう言いながら、銃?の筒先でケモノをつつく倒れた相手にも油断しない。そういうところが、彩は本当に彩だ。
「ふうっ。間違いなく死んでる。これで任務完了」
「彩、私たちもう結構強いのでは?」
「調子に乗らない」
「まだ何も乗ってないのに」
「顔が乗ってる」
「顔で判断された!」
悠が倒れた虫型の数を見ながら、淡々と言った。
「でも事実として、前より戦闘は安定してる。中型一体と小型多数を、村人の援護なしで処理した。これはニュースだな」
「記録するなら、私のライトセーバー活躍多めでお願い」
「見出しは『自称主人公、食費と引き換えに前衛に転向』かな」
「やめて! 事実だけどやめて!」
奏が苦笑しながら、アンテナを少し下げた。彼の額にも汗が浮いている。攻撃に参加していなくても、ずっと感覚を集中させていたのだと思う。
「周囲に反応はないよ。小さい残りも、たぶん逃げた。ひなひな、疲労は大丈夫?」
「うん。ちょっと体が重いけど平気。お腹は、かなり鳴りそう」
「鳴りそう、じゃなくて今鳴った」
彩の指摘とほぼ同時に、私のお腹がぐうと鳴った。森の中に、妙に間抜けな音が響く。さっきまでケモノと戦っていた空気が、一気に日常に戻ってしまった。
奏曰く、魔力的に一番エネルギー消費量が大きいのは私の魔法らしい。奏が荷物から布袋を取り出し、干し肉と硬いパンを渡してくれた。私はそれを受け取ると、ほとんど噛みつくように食べた。硬い。けれどおいしい。最初の頃なら、戦ったあとにこんなふうに食べられることにも驚いていた。今はもう、魔法の後は食べる、食べすぎないようにする、でも足りなければ倒れる、という面倒なバランスが生活の一部になっている。
「消耗は?」
彩が私だけでなく、全員に視線を回した。
「俺は問題なし」
「僕も問題なし。みんなにばかり戦わせて悪い」
悠と奏が元気そうに言う。
「私は半分くらいかな。星野くんのおかげね。これを使うと半分の力で、倍の射程と威力になるわ」
私の回復待ちになった。前衛で一番体張ってるので仕方ない。しばらく休んで体力が回復したところで、彩が指示を出した。
「ひなひな、討伐証明に必要な部位を切り取って。水無瀬くんは虫型の回収をお願い。私も手伝うわ。星野くんは周囲の警戒をお願い。」
「らじゃー!」
「了解!」
「わかりました隊長!」
私はパンを口にくわえたまま立ち上がろうとして、彩に無言で見られた。無言なのに「食べてからにしろ」と言われている気がした。私は大人しく座り直す。
「……食べてから手伝います」
「よろしい」
悠が小さく笑い、奏も安心したように息をついた。森の中の緊張はまだ完全には消えていない。どこかで鳥が鳴き、葉が揺れ、遠くに知らない獣の気配がある。でも、私たちはもう、ただ助けられるだけの迷子ではなかった。少なくとも村の近くでは、戦って、勝って、被害を確認し、帰ることができる。その事実が、パンの硬さや汗の冷たさと一緒に、じわじわ胸の奥に沈んでいった。
◇
村の広場に戻ると、昼の光が石畳と土の道を明るく照らしていた。森の湿った匂いから一転して、ここには干した草と煮炊きの煙と、人が暮らしている匂いがある。
広場の端では子どもたちが走り回り、井戸の近くでは女の人たちが水桶を並べていた。私たちが森から戻ってくると、最初に顔を上げたのはパン屋のおばさんだった。
「おや、ひなちゃんたちじゃないか。今日は森のほうかい?」
「はい! 中型一体と虫型いっぱいです!」
私はつい胸を張って答えた。いっぱい、という報告は大人としてどうなのかと思ったけれど、実際いっぱいだったので仕方ない。おばさんは驚いた顔をしたあと、すぐに笑った。
「まあまあ、頼もしいねえ。じゃあ今日は多めに食べなきゃね」
「それはもう、おなかがはち切れるまで!」
「ひなひな、もう忘れたの?」
彩に即座に止められる。私は口を尖らせたけれど、おばさんは楽しそうに笑っていた。広場を歩くたびに、誰かが声をかけてくる。
「星野の兄ちゃん、昨日言ってた光のやつ、また見せてくれよ」
「彩ちゃん、今度ケモノじゃなくてイノシシ獲ってきてくれない。親戚の子が結婚するから、披露宴に必要でさあ」
「悠、あしたうちの畑に種まくから、風で一気にやってくれないか?」
それぞれが自然に呼ばれて、自然に返事をしている。最初の頃、私たちは完全によそ者だった。言葉は通じるのに、どこか膜があるみたいで、何をしても遠慮があった。
でも今は違う。村の人たちは、私たちを珍しい客としてではなく、少し変わった若者たちとして見ている。魔力が強い。ケモノを倒せる。食べる量が多い。ときどき変な理屈を言う。それら全部を込みで、村の日常の中に置いてくれている。
「なんか、すごいね」
私は小さく呟いた。
「何が?」
奏が隣で聞く。
「村に帰ってきた感じがする。いや、私たちの家は日本なんだけど。でも、ただいまって言いたくなるというか」
奏は少しだけ目を細めた。優しい顔だった。
「うん。わかるよ。戻る場所があるって、たぶん大きい」
「奏がそういうこと言うと、急にしみる」
「ひなひなは普段、僕を何だと思ってるの」
「アンテナを持って森を歩く理系男子」
「だいたい合ってるのが困るね」
悠が後ろから言った。
「この村における俺たちの分類、たぶん『よく食べる便利な若者』だよ」
「便利って言い方、身も蓋もない!」
「でも的確。魔法で手伝えることが増えたし、ケモノも倒せる。実力を認められているというか、生活の一部になった感じ」
彩が広場を見渡しながら言った。その言葉は冷静だったけれど、どこか少し柔らかかった。彩も感じているのだと思う。私たちがここで過ごした数カ月が、ただの訓練期間ではなくなっていることを。
町役場でケモノ討伐の証拠と給金を交換してから、リナの家に向かう頃には、夕方の光が村の屋根を斜めに照らしていた。土壁と木の梁でできた家々の影が長く伸び、広場の賑やかさも少しずつ夕飯前の落ち着きに変わっていく。
リナの家の前まで来ると、煙突から白い煙が上がっていた。煮込みの匂いがする。肉と野菜と、たぶん香草。森で嗅いだ焦げた匂いやケモノの匂いが、鼻の奥から洗い流されるみたいだった。
「ただいまー!」
私は扉を開ける前から声を出した。もう遠慮がなくなっている自分に、少し驚く。中からリナの明るい声が返ってきた。
「おかえり! 待ってたよ!」
扉を開けると、リナが大きな鍋の前に立っていた。頬に少し煤がついていて、髪を後ろで結んでいる。テーブルにはパン、煮込み、焼いた芋、干し果物、それから私たち用なのか、明らかに量の多い皿が並んでいた。
「うわあああ、天国!」
「ひなひな、まだ食べちゃだめ。手、洗ってらっしゃい」
「はい!」
リナに言われると、なぜか素直に従ってしまう。私は水桶の前で手を洗った。指の間に入り込んだ土と汗が流れていく。鉄の棒を握っていた手のひらは少し赤くなっていて、細かい傷もあった。でも痛みはひどくない。むしろ、手を洗った瞬間に空腹のほうが強くなった。
「今日は森だったんでしょ? 大丈夫だった?」
リナが鍋をかき混ぜながら聞く。活発な声なのに、最後のほうに少し心配が混じっているのがわかった。私は大げさに胸を張る。
「中型一体と虫型いっぱいを倒しました!」
「いっぱい?」
「二十三」
悠が正確に補足した。
「ひな、数えられなかったの?」
「ばかにすんなー! 虫を数えるのが嫌だっただけ!」
「ひなっぽい」
リナが笑う。リナの笑い声は、ここに来たばかりの頃から変わらない。でも、私たちを見る目は少し変わった気がする。最初は、突然現れた変な人たちへの好奇心。次に、魔法を教える相手への面白がり。そして今は、家族に近い心配と安心が混じっている。
夕食が始まる頃、お爺ちゃんも畑仕事から帰ってきた。窓の外はすっかり暗くなり、室内には炉の火とランプの光が重なって揺れていた。木のテーブルには六人分の皿が並び、鍋からよそわれた煮込みが湯気を立てている。お爺ちゃんは私たちの顔を一人ずつ見て、皺だらけの顔をほころばせた。
「戻ったか。今日はよう働いたらしいのう」
「はい! 中型一体と虫型二十三です!」
「虫嫌いのひながよく数えたのう」
「悠が数えました!」
「胸を張って言うことじゃない」
彩の冷静な声に、お爺ちゃんがほっほっと笑う。リナが皿を配り、私たちは手を合わせるような、こちらの村で覚えた食前の仕草をした。最初はぎこちなかったけれど、今は自然にできる。煮込みを口に入れると、肉の脂と野菜の甘さが舌に広がった。身体の奥が、待ってましたと言うみたいに熱を取り戻していく。
「おいしい……生き返る……」
「ひな、毎回死んでるみたいに言う」
「魔法を使うと一回空っぽになるから、これは蘇生」
「蘇生魔法は未確認だね」
奏が真面目に返す。
「そこは真面目に返さないで!」
悠がパンをちぎりながら言った。
「ひなひなの比喩は、奏が真面目に受けると急に研究課題になる」
食卓に笑いが広がる。食卓は賑やかで、温かくて、少し狭い。六人分の肘がぶつかりそうで、皿を回すたびに誰かの手と当たる。でも、その距離が嫌ではない。私は煮込みを食べ、パンを食べ、リナに追加をよそわれそうになって彩に止められ、お爺ちゃんに魔法の使い方を少しだけ褒められた。こんな日常が、気づけば大切になっていた。村トップ級なんて言われて、広場で頼りにされて、森で戦っていると、自分が強くなった気がする。でもこの食卓にいると、強くなったのは戦い方だけではないのかもしれないと思う。帰ってくる場所があって、心配してくれる人がいて、叱ってくれる人がいる。そういうものが、私たちを少しずつ変えていた。
◇
村外れの丘に出ると、夜の空気は昼よりずっと澄んでいた。家々の明かりは背後に小さく並び、畑の向こうでは暗い森がひとつの大きな影になっている。空には星が出ていた。日本で見た星と同じようで、少し違う。星座を探そうとしても、知っている形にうまくつながらない。それが、ここが異世界なのだと静かに教えてくる。
私は草の上に腰を下ろした。彩は立ったまま村のほうを見ている。奏はアンテナを横に置き、空を見上げていた。悠は少し離れた石に座り、いつものように全体を見ている。
「数カ月、か」
悠が言った。
「急にナレーションみたいな入り方しないで」
私が言うと、悠は肩をすくめた。
「実際、区切りとしてはちょうどいい。転移して、助けられて、魔法を覚えて、消耗に気づいて、戦えるようになった。ここまでが第一部の成長パート」
「メタ発言禁止」
彩が短く言う。
「でも事実ではあるよ」
奏が静かに続けた。
「僕たちはかなり成長した。ひなひなは前衛で戦えるようになったし、一条さんは村の主力級の射撃役になった。悠は小型の群れに強い。僕も、ケモノの探知には自信がある」
「そうね。村での生活の基盤は築けたかしらね」
沈黙。風の音と、遠くの虫の鳴き声だけが続く。こういう沈黙は嫌じゃない。むしろ、今日みたいな日は必要な気がした。
私は少し言葉を探して言った。
「なんかさ、ここでやっていけそうだなって思った」
その言葉に、少しだけ空気が変わった。悠が先に反応した。
「“やっていける”は重要な区切りだな」
「うん」
私は頷いた。
「最初はさ、ただ生きるので必死だったじゃん。でも今は、戦えるし、食べられるし、村の人とも普通に話せるし」
「余裕ができた、ってことだね」
奏が言う。
「うん、それ」
私は少しだけ視線を落とした。
「だからさ……逆に思ったんだよね」
「何を」
彩が聞く。
私は顔を上げた。
「帰る方法、探さなくていいのかなって」
誰もすぐには答えなかった。風の音だけが通り抜ける。
最初に口を開いたのは奏だった。
「……そうだね」
静かで、でもはっきりした声だった。
「僕も考えてた。ここで生活できるようになったからこそ、元の世界のことを“考える余裕”ができた」
「今までは余裕なかったもんな」
悠が言う。
「生存フェーズだった」
「でも今は違う」
彩が続ける。
「ケモノとも戦える。安心して食べて眠れる場所もある。継続的な生活はできる」
「だからこそ、次の判断が必要になる」
奏が頷いた。
私は少しだけ肩の力を抜いた。
「だよね。なんか、言い出しにくかった」
「ひなひなが言わなくても、そのうち誰かが言ってた」
悠が言う。
「タイミングとしては妥当」
「僕たちがここに来た理由は不明。転移の原理も不明。同じことがもう一度起きるかも不明。つまり、全く手がかりなし」
奏が整理するように言った。
私は言った。
「でも、探さないとずっとわからないままだよね」
彩が頷く。
「行動しなければ、何も変わらない」
「はい! 奏先生!! なにかいいアイディアはありませんか」
私は重くなりかけた雰囲気を和らげるために、少しおどけて見せる。
「まったくないわけじゃないよ。怪しいのは魔法かな。これだけ元の世界と同じなのに、魔法だけが異常。それと僕たち以外にも同じ例はないのか?この点も調べてみる必要がある」
「さすが奏。ちゃんとしてる」
「具体的にはどう行動すればいいと思う?」
彩がリーダーらしく問いかける。
「やっぱりもっと行動範囲を広げて、いろいろな知識を得るべきだと思う」
行動範囲を広げる! 冒険だ!! 胸が高まる。
「賛成!!」
「異議なし。むしろ遅いくらい」
悠も賛成する。
「私も、賛成」
静かに彩が言った。言い出しっぺの奏も頷く。
「では、これから元の世界へ帰る手段の探索を開始します」
彩が宣言した。
胸の奥が少し軽くなった気がした。不安はある。でも、方向が決まった。
「でも安全第一。ホームタウンの村の仕事もおろそかにできないよ」
「了解」
奏が答える。
「情報収集は僕が中心になる。村の外の情報をできるだけ集めるよ」
「私は長期遠征の準備をするわ」
「それは俺も手伝うよ」
「ねえねえ、私は?」
私の問いかけに三人とも
「食料準備」
と真顔でかえされた。はいはい、どうせ私が一番食べますよ。
不安はある。でも、方向が決まった。明日から別のステージが始まるんだ。そう思うと今日の夜は眠れそうになかった。
四人で決めた。四人で進む。村の灯りが、静かに揺れていた。その向こうに、まだ見ぬ都市がある。その先に、帰る方法があるかもしれない。
私は空を見上げた。知らない星が、変わらずそこにあった。
「この世界で暮らせるかもしれない」
そう思い始めた頃が、一番危ないのかもしれません。




