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第4話 なんかめっちゃお腹すくんだけど

第4話です。

魔法は便利ですが、便利なものにはだいたい理由があります。

今回は、少しずつ「この世界の仕組み」に近づいていきます。

 朝の空気はまだ少し冷たくて、村の外れにある空き地には、夜露を含んだ草の匂いが残っていた。踏み固められた土の上に立つと、靴底から湿り気がじわりと伝わってくる。遠くでは家畜らしい鳴き声がして、村の朝がゆっくり動き始めているのに、私たちだけは妙にそわそわしていた。昨日、私は初めて火の魔法を成功させた。正確には、炎を出したというより、空気の中に熱を生んだ、という感じだったけれど、私の中では完全に「魔法が使えた!」である。だから今日の私は、朝からずっと落ち着かなかった。

「まずは弱く、安定させるところからじゃ」

お爺ちゃんが杖を地面に軽く突いた。リナはその横で、にこにこしながら私たちを見ている。

「ひなひな、今日はいっぱい練習できるね!」

「うん!いっぱい使う!限界まで使う!魔法少女として!」

「その宣言がもう危ない」

彩が即座に言った。腕を組んだ姿勢が、完全に部活の主将である。

「まずは繰り返して、必ず成功するというイメージを定着させるのじゃ。強くするのは、そのあとじゃ」

「はい先生!」

「よい返事じゃ」


 それからしばらく、リナに手本を見せてもらいながら練習した。

「わしとリナはこれからケモノ退治にいかなきゃならん。ここなら村も近いし安全だから、4人で練習していてくれ」

と言って、二人は森の中に入っていった。

 それからは4人だけで、訓練。なんといっても異世界に身一つで投げ出されたか弱い身。話し合いで、まずは身を守る手段を身につけることが一番ということになっている。

 悠は少し離れた場所で、地面に落ちていた枯れ葉を風で浮かせていた。枯れ葉が小さく回転しながら宙を漂う。派手ではないけれど、すごく器用だ。

「悠、なんか地味に上手くない?」

「地味って言われると心が微妙に削れるけど、まあ補助向きだからね。派手担当はひなひなに譲るよ」

「任せて!」

 彩は足元の小石に意識を集中させると、石を低く、まっすぐ飛ばした。石は数歩先の丸太に当たり、乾いた音を立てて落ちる。昨日よりも明らかに安定していた。奏の光も、悠の風も、彩の土も、少しずつ形になっている。私も負けていられない。私は両手を前に出して、目の前の空気をじっと見つめた。火、火、火。けれど、昨日の奏の助言を思い出す。燃やすんじゃなくて、熱くする。中から、じわっと。そう考えた瞬間、草の先がわずかに焦げ、乾いた匂いが鼻をかすめる。

「出た!」

私は思わず跳ねた。

「うん、今のは安定してる」

奏が穏やかに言う。

「だいぶ上達してるな」

悠と彩が手を叩く。その反応だけで、胸の奥がぱあっと明るくなる。体の中にあった不安が、一気に熱に変わるみたいだった。

「もう一回!」

私はすぐに次を試した。今度は少し強め。電子レンジでいうと800Wくらい。ぼわっと視界が揺れ、地面の草がさっきより広く茶色く変わった。

「おおお!」

「ひなひな、いきなり強くしちゃだめだよ」

彩が言った。

「大丈夫大丈夫!今の私、完全に覚醒してるから!」

「何かいまフラグ立てなかった?」

悠がさらっと言う。

「縁起でもないメタ発言やめて!」

私はそう言い返しながら、さらに魔法を使った。一回、二回、三回。熱を作るたびに、体の内側が少し軽くなる。けれど、その軽さは気分の高揚と混ざって、むしろ気持ちよかった。私は夢中になった。手の先で世界が変わる。草が焦げる。空気が揺れる。自分が特別になったみたいで、胸がどきどきした。昨日までの私は、魔法に憧れているだけの普通の高校生だったのに、今は本当に魔法を使っている。

「ひなひな、休憩」

彩が言った。

「あと一回!」

「そのあと一回を何回言うつもり?」

「えっと、魔法少女の辞書に休憩はないというか」

「じゃあその辞書を燃やしておく」

笑いながら、私はまた熱を放った。今度は少し大きすぎた。地面の草がぱちっと音を立て、焦げた匂いが濃くなる。同時に、膝の力がふっと抜けた。

「あれ」

視界が傾いた。空が回る。いや、回っているのは私だ。足元の土が急に遠くなったように感じて、次の瞬間、私はその場に座り込んでいた。息が浅い。胸の奥がからっぽで、腕が重い。さっきまで体の中を満たしていた熱が、全部外に逃げてしまったみたいだった。

「ひなひな!」

奏が駆け寄ってくる。彩が私の肩を支え、悠が私の顔を覗き込んだ。

「顔色、かなり悪いね」

「うそ……私、今、主人公の覚醒イベント中じゃなかったの……?」

「消耗イベントじゃないのか?」

悠の声は冷静だったけど、その目は少し心配そうだった。私は笑おうとしたけれど、うまく口角が上がらない。指先が震えている。目の前がなんか暗くて、体全体が重たい。木に持たれてしばらく休むことにした。


 お爺ちゃんの声で目がさめた。いつの間にか眠ってしまっていた。

「他の三人は?」

「少し疲れたけど、動けます」

彩が答えた。

「僕も軽い消耗感があります。でもそんなに強く光らせてはいないので、大したことはないです」

奏が自分の手を見ながら言う。

「俺は彩ちゃんと同じ。ちょっと脚に来る感じがする」

悠が足首を回した。お爺ちゃんはゆっくり頷いた。

「魔法は力を使う。使えば減る。覚えておくことじゃ」

「減るって……何が?」

私がかすれた声で聞くと、お爺ちゃんは私の額に手を当てた。大きくて温かい手だった。

「それは、これから体で覚えることになるじゃろうな」

その言い方が、妙に怖かった。魔法は夢みたいな力のはずなのに、体のだるさだけはどうしようもなく現実だった。


     ◇


 木の壁の隙間から朝の光が差し込み、リナの家のリビングには、煮込んだ野菜と焼きたてのパンの匂いが漂っていた。昨日と同じ朝。だけど昨日と違い、体の奥に残っている鈍い疲れに気づいた。寝たはずなのに、まだ全身が少しだるい。昨日の空き地で倒れたあとの記憶はぼんやりしていて、彩に支えられながら帰ったことと、奏がやたら真剣な顔で私の脈を見ていたことだけが残っている。

「おはよう、ひな!」

明るい声がして、私は顔を上げた。そして固まった。リナが、昨日より明らかに細くなっていた。頬が少しこけ、腕も細く見える。いつもの元気な笑顔は同じなのに、体だけが一晩で削られたみたいだった。

「リナ!?どうしたの!?異世界ダイエット!?」

「だいえっと?」

リナが首を傾げる。

「いや、違う、そうじゃなくて!痩せてる!すごい痩せてる!」

彩も眉を寄せた。

「昨日、リナちゃんも魔法を使っていたの?」

「うん。ちょっとケモノ退治で張り切っちゃって」

リナは悪びれずに言った。お爺ちゃんがスープの器を置きながら、困ったように笑う。

「この子も調子に乗ると使いすぎるんじゃ」

「お爺ちゃんまで!」

リナが頬を膨らませる。私は少し笑った。昨日の自分と重なったからだ。体がからっぽになる感じ。立っていられなくなる感じ。

「ひなひな、笑えないよ。鏡があったら見せてあげたいわ」

「魔法って、体が痩せるほど消耗するの?」

奏が真剣な声で聞いた。

「そうじゃな。食べて得た力を使う。体に蓄えた分も使う。だから使いすぎれば、肉も落ちる」

「肉も……」

私は自分のお腹に手を当てた。昨日まで魔法のことを、便利で楽しくてきらきらしたものだと思っていた。悠が椅子にもたれて、静かに言う。

「つまり、魔法はMPじゃなくて、自分の体を消費するってわけだ」

「言い方!でもわかりやすいのが悔しい!」

奏は少し考え込んだ。

「そうそう。食べれば戻るよ」

リナはそう言って、パンを手に取った。お爺ちゃんも頷く。

「だから、魔法を使った日はしっかり食べる。使いすぎたら休む。村では子どもでも知っておることじゃ」

「子どもでも知ってることを、私は昨日全力で無視したわけですね」

「自覚があるなら一歩前進」

彩が淡々と言う。

「もう少し優しく言って!」

「倒れなかっただけまし」

「優しさの方向が体育会系!」

部屋に少し笑いが戻った。魔法は使える。楽しい。だけど、使った分は必ずどこかから支払われる。その事実が、朝の光の中で、妙にはっきり見えた気がした。


     ◇


 森は、昨日の空き地とはまるで違う匂いがした。湿った土、落ち葉、木の皮、どこか獣っぽい生臭さ。頭上では葉が重なり合い、光が細かく砕けて地面に落ちている。私たちはお爺ちゃんの後ろを、できるだけ音を立てないように歩いていた。リナは今日は同行せず、家で手伝いをしている。かわりにお爺ちゃんと一緒に、弱いケモノの討伐訓練をすることになった。


 彩が先頭、その後に悠、私、奏が続く。お爺ちゃんは最後尾で私たちを見守っている。基本的に私たちに任せて、なにかあったら助けに入ってくれることになっている。

「弱いって言っても、油断するな」

彩が低い声で言う。

「はい、主将」

「ふざける余裕があるなら、足元を見る」

「はい、主将」

私は慌てて足元の根を避けた。奏は周囲を観察しながら、時々メモを取るような仕草をしている。紙もペンもないのに、頭の中に記録しているみたいだった。

「ケモノは魔力に反応するんだよね?」

私が小声で聞くと、お爺ちゃんが頷いた。

「そうじゃ。普通の獣とは違う。体の芯に魔力がある。だから魔力を込めた攻撃が効く」

「物理攻撃だけだと効きにくい、か」

奏が呟く。

「私の石は?」

彩が尋ねる。

「土の魔法で飛ばした石なら、魔力が乗る。効くじゃろう」

「了解」

彩の返事は短い。頼もしいけど、少し緊張する。私は手のひらを握ったり開いたりした。昨日の失敗を思い出す。使いすぎない。けれど、戦いで出し惜しみして怪我をするのも怖い。胸の奥で、楽しさと怖さが混ざっていた。

「なにか来る」

奏が言った。次の瞬間、左前方の草が揺れた。低い唸り声。黒っぽい影が一つ、茂みから飛び出してくる。犬くらいの大きさ。でも、目が異様にぎらつき、体の輪郭が陽炎みたいに揺れている。

「悠、風で牽制! ひなひな攻撃準備! 奏は下がって!」

彩の指示が飛ぶ。悠の魔法は早い。すぐに発動して、ケモノの周りを竜巻で包む。ケモノが止まった。でもダメージはない。その隙に彩が石を飛ばす。命中、「キャン」と叫んでケモノがのけぞる。だけどお爺ちゃんの時のように一撃でケモノを仕留めるほどではない。私は手を前に出し、意識を集中する。昨日みたいに闇雲に広範囲に熱を撒き散らさない。ケモノの鼻先、そこだけを熱くする。狭く、短く、必要な分だけ。

「レンジでチン」

声にした瞬間、ケモノの頭が燃えた。続けてさっきより大きな石がケモノに命中する。鈍い音。ケモノの胴に当たり、黒い体が地面に転がった。

「まだ!」

お爺ちゃんの声。ケモノが起き上がろうとする。私は息を吸って、もう一度熱を作った。今度はケモノの足元。強くしすぎない。動きを止めるだけ。

「彩!」

「わかってる」

彩の三発目が入った。ケモノは短い鳴き声を上げ、そのまま動かなくなった。森の中に、急に静けさが戻る。葉の擦れる音が大きく聞こえた。

「……倒した?」

私は息を吐いた。

「倒したね」

悠が頷く。少し息が上がっていた。

「初実戦にしては悪くないのう」

お爺ちゃんが言う。

「褒められた!? 今の褒められた!?」

「調子に乗るな」

「はい」

悠が倒れたケモノを見ながら、淡々と言った。

「今の連携はよかった。奏がケモノの動きを察知して、俺が機先を制して、彩とひなひなの波状攻撃。役割がはっきりしてる」

「なんか、私、主役っぽい?」

「囮寄りの主役」

「言い方!」

でも、胸の中は熱かった。怖かった。手も震えている。だけど、私たちは戦えた。魔法はただ楽しいだけじゃなくて、自分たちを守る力になる。異世界でもやっていける、と実感した。


 森近くの帰り道は、夕方の光で橙色に染まっていた。木々の隙間から差し込む日差しが細い帯になり、地面の小石や落ち葉を照らしている。討伐が終わったあとの高揚感はまだ残っていて、私は何度も手のひらを見た。あの手から熱が出た。ケモノを止めた。昨日の訓練とは違う。本当に役に立った。

「いやあ、私、けっこう活躍したよね」

「した。だからこそ、慢心しない」

彩が即座に言う。

「余韻に浸らせて!」

「余韻で倒れたら運ぶのはこっち」

「現実的!」

そんなやり取りをしていた時だった。突然、目の前が暗くなった。次に、体全体から力が抜けるような感覚が押し寄せた。

ぐううううううう。

自分のお腹とは思えない音が、帰り道に響いた。

「……今の、ケモノ?」

悠が真顔で言った。

「私のお腹です!」

言った瞬間、さらに空腹が襲ってくる。ただお腹が空いたというより、体の中の燃料タンクが空になって警告音を鳴らしている感じだった。足が重い。さっきまで軽かった体が、急に泥を詰め込まれたみたいになる。

「ひなひな、立てる?」

奏が横に来る。

「立てる……けど、頭の中がパンでいっぱい」

「実は俺もなんだ」

「私もそう」

彩と悠が言う。

「血糖値が下がっている。マラソンで30kmの壁にぶち当たったときの状態に近いのかも」

悠がマラソン経験者なんて初耳だった。

「帰ったらリナが夕食の用意をしているじゃろう。もうすこし頑張れ」

お爺ちゃんが私の腕を支えた。私は頷いて歩いた。森の匂いが、さっきまでの冒険の匂いから、急に遠いものになる。代わりに、頭の中ではパン、スープ、芋、肉、何でもいいから食べ物の映像がぐるぐる回っていた。

「魔法って……お腹空くんだね……」

「ほんとね……」

彩が言う。悠が小さく笑った。

「でもこれ、かなり重要だね。戦闘の直後に補給が必要なら、携帯食も考えた方がいい」

奏が言う。

「携帯食……異世界版エナジーバー……」

「ひなひな、今それを商品化する体力はないと思う」

確かにない。私は彩に支えられながら、ただリナの家の食卓だけを目指した。


     ◇


リナの家のリビングに入った瞬間、湯気と匂いが私を包み込んだ。木のテーブルの上には、パン、芋の煮込み、豆のスープ、焼いた肉の薄切りが並んでいた。普段なら「わあ、おいしそう」で済む光景なのに、その時の私には宝の山に見えた。椅子に座るより早く、体が前のめりになる。

「いただきます!」

叫ぶように言って、私はパンにかぶりついた。香ばしい皮が歯に当たり、中の柔らかい部分が舌に広がる。ほとんど噛まずに飲み込み、次にスープをすする。温かい液体が喉を通って胃に落ちた瞬間、体の中心に火が戻ったような感覚があった。

「ひなひな、すごい食べるね!」

リナが目を丸くしている。

「今の私は燃料切れの馬車だから!」

「馬車じゃなくて馬なんじゃ……」

悠が言う。

「分かってるわよ!?」

私は言い返しながらも、手は止まらない。芋を口に入れ、肉を噛み、またスープを飲む。食べるたびに、指先の震えが少しずつ収まっていく。頭のぼんやりした感じが薄れ、目の前の輪郭がはっきりしてくる。回復している。はっきりわかるほど、体が戻っていく。

「これは……すごいね」

奏が不思議な生き物を見るように、心配するように言う。

「食べ物が体内でエネルギーに変わっている。魔法で消費した分を補っていると考えると自然だ」

悠が腕を組んだ。

「マラソンでも、本番前に炭水化物を多めに摂るカーボローディングってあるんだよね。体にエネルギーを貯めておくやつ」

「悠、マラソンやってたの?」

私がパンを持ったまま聞く。

「中学の頃に少し。長距離は、前日の食事と当日の補給でかなり変わる。空っぽになると、本当に体が動かなくなる」

「今の私、それ!完全にそれ!」

「だから食べるのは正しい。ただし、食べすぎは別問題」

彩が私の皿を見た。

「別問題……?」

「その量はもう回復じゃなくて暴走」

「でも体が求めてる!」

「体の言いなりになるな」

奏が少し笑って、説明を続ける。

「体内では、食事から得たエネルギーがATPという形で利用される。ATPは、細胞がすぐ使えるエネルギーの通貨みたいなものだよ」

「通貨……つまり私は今、魔法で財布を空にして、ごはんで入金してる?」

「かなり雑だけど、方向性は合ってる」

「じゃあいっぱい入金すれば、いっぱい魔法が使える!」

「……なんかそのその発想、危険な香りが……」

彩が難しそうな顔をする。

お爺ちゃんが笑いながら、お茶を注いでくれた。

「食べて戻る。だが、食べれば何でもよいわけではない。動き、使い、休む。村の者は皆、それを覚えて魔法を使う」

私は口の中のパンを飲み込み、深く頷いた。わかった。たぶん、わかった。魔法は体とつながっている。無限ではない。だから気をつけなければならない。そう思った。思ったのに、目の前のパンはまだ温かくて、スープはおいしくて、私は結局もう一つだけパンを取った。

「ひなひな」

彩の声が低い。

「これが最後!本当に最後!」

「その台詞、信頼度が低い」

悠が言った。


     ◇


 それからの一ヶ月間は、今思い返すと少しおかしかった。朝はリナやお爺ちゃんの手伝い、昼休憩後、午後からは4人だけで訓練。数日おきに一日かけてケモノの討伐。お爺ちゃんの監督つきの日もあれば、村の近くで四人だけで動きを合わせる日もあった。最初は怖かったケモノも、弱い個体なら私たちだけで対処できるようになっていった。奏が索敵、悠が動きを止め、彩の石と私の熱で波状攻撃して仕留める。連携は日に日に滑らかになり、私の魔法も少しずつ強くなった。問題は、私の気分も強くなりすぎたことだった。


「いっけえええ!」

私は両手を突き出し、ケモノの前方だけでなく周囲までまとめて熱した。空気が大きく揺れ、草の先が一斉に焦げる。ケモノは怯んだ。怯んだどころか、完全に逃げ腰になった。

「ひなひな、範囲が広すぎる」

彩が言う。

「でも効いた!」

「でもエネルギー効率が悪い」

奏が言う。

「効率より迫力!」

「主人公が爆発に憧れるのはわかるけど、現実の燃費は編集でカットできないからね」

悠が肩をすくめた。

「またメタい!」

私は笑いながらも、また魔法を使った。戦いが終わる頃には、足元がふらつく。そして帰れば食べる。猛烈に食べる。最初はみんなも「回復のためだから」と見守ってくれたけれど、次第に視線が変わっていった。

「ひなひな、そのパン六つ目」

彩が言う。

「小さいから実質三つ!」

「その理論は通用しない」

悠が言う。

「でも、使った分を補給しないと」

私はもっともらしく言った。

奏が困った顔で笑う。

「補給は必要。でも、消費量を超えた分は蓄積されると思う」

「蓄積!いい言葉!戦いには予備が必要よ。ATMだっけ?」

「ATP。でもATPとして蓄えられる量は決まっていて、それを越えると…」

「難しいことはいいのよ!」


 最初は冗談で済んでいた。でも、訓練と食事を繰り返すうちに、私の体は目に見えて変わり始めた。頬が少し丸くなり、腰まわりに柔らかい感触が増えた。走ると前より息が上がる。彩に借りた簡単な上着の紐が、少しきつくなった時には、さすがに私も現実を直視した。

「……これ、成長期かな?」

「都合のいい解釈をするな」

彩が言った。

「魔法少女の第二形態とか」

「それは強化じゃなくて増量」

悠が言った。

「悠、言葉を選んで…」

「じゃあ、エネルギー備蓄形態」

「選んだ結果がそれ!?」

リナは私のお腹を見て、悪気なく言った。

「ひなひな、ふわっとしたね!」

「リナの純粋さが刺さる!」

私はその場に崩れ落ちそうになった。けれど、内心ではわかっていた。私は魔法を使いすぎ、食べすぎている。倒れたくないから食べる。食べたら元気になるから、また使う。使えるから楽しくて、また使いすぎる。その輪の中で、私は完全に調子に乗っていた。反省するしかない。


     ◇


 村近くの空き地は、繰り返しの訓練で下草がすっかり踏み潰され、土の地面がむき出しになっていた。今日はお爺ちゃんもリナもいない。四人だけの訓練だった。

 私の体型は苦しいダイエットで、なんとかもとに戻った。だから魔法はできるだけ効率的に使うと決めた。手のひらを前に出し、目標にした小さな石の周りだけを熱する。狭く、短く、必要な分だけ。以前なら派手に空気を揺らしていたところを、今日は息を吐きながら抑える。

「今のはいいんじゃない」

彩が言った。

「ほんと?」

「無駄が少ない。最初からそれをやればよかったのに」

「返す言葉もございません」


 奏が地面に枝で簡単な図を描いた。丸を三つ描き、それを矢印でつなぐ。

「ここまでで得られた魔法の法則を整理しよう」

奏が授業をはじめた。私も難しい話は嫌いだったけど、今となってはそんなことは言ってられない。彩も悠も生徒モードになって奏の次の言葉を待っている。

「魔法の力、魔力は重力や電磁気力に干渉することができるのはほぼ確実だね。それに僕たちのイメージで魔力が制御できることもわかった」

三人が頷く。このことは実際に魔法を使ってみて実感しているので問題ない。

「次に今回のひなひなの事件で分かったことがある」

「すみません…」

思わずうつむいてしまう。

「この世界の物理法則は、魔法を除いて元の世界と同じかも、って言ったことがあるよね。でも魔法を除いてはいけなかったんだ」

「どういう事?」

彩が先を促す。

「魔法の力がどうやって重力や電磁気力に干渉するのか、とか僕たちのイメージがどうやって具現化されるのか、というところはわからない。けど、魔法を生み出すエネルギー、仮に「魔力ポテンシャル」と呼ぶことにしよう。この魔力ポテンシャルは、どうやら一番重要な物理法則に従うらしい」

「一番重要な物理法則?」

「エネルギー保存則。エネルギーは形をかえるだけで、その総量は変わらない、ってやつ」

奏の説明は難しくてよくわからない。だけど重要なことだとは分かる。彩も悠もそう思ったらしい。

「もう少し具体的に説明してくれないか?」

悠が奏に促す。

「例えば悠の魔法だと、まず魔力が重力に干渉して空気分子を動かす。この時魔力ポテンシャルが、空気の運動エネルギーに変わる。そして空気の運動エネルギーがケモノの肉体の分子構造の破壊に使われるんだ。最終的には熱として周囲に拡散される」

「じゃあ私の場合は?」

「ひなひなの場合は、魔力が電磁気力に干渉して、電磁波のエネルギーに変換される。それがケモノに当たると、ケモノの肉体の分子を振動させ熱エネルギーに変換される。で、ケモノが焼け死ぬ。最終的には熱として周囲に拡散される」

それはなんとなく分かる。

「でもそれと、私の話とどう関わってくるの?」

「魔力ポテンシャルも、どこからか都合よく発生するわけじゃないってこと。現時点では、体内の化学エネルギーから変換するしかない」

奏が意味ありげにニヤリと微笑む。彩と悠も分かったらしい。

「体内の化学エネルギー。つまりATPや脂肪ってことだ」

悠がサラリといった。彩が残酷に付け足す。

「整理するとこういうことね。食事で得たエネルギーが体内に蓄えられる。魔法を使うと、そのエネルギーを消費する。消費が大きすぎれば疲労や体重減少につながる。消費より摂取が大きすぎれば、体重増加につながる」

「ぐぬぬ」

「奏の結論は実感としてもまちがっていないな」

彩が頷く。

「つまり、ひなひなは魔法使用量と食事量のバランスを覚えなきゃいけないってことよ」

口に出すと、胸の中に少し苦味が広がった。魔法は楽しい。できることが増えるたびに、もっと使いたくなる。でも、体は正直だ。倒れるし、太るし、重くなる。夢みたいな力なのに、全部自分の体に返ってくる。

「魔法は才能だけじゃなくて、管理能力も必要なんだと思う」

奏が言う。

「管理……ひなひなは確か、生徒会書記だったよね。得意では?」

悠がこちらを見る。

「書記だけど、自分の食事記録とか一番続かなそう」

「自覚があるなら改善できるわね」

彩が言った。

 私は深呼吸した。手を前に出し、もう一度魔法を使う。今度はさらに弱く。草の先がほんの少し乾くだけの熱。物足りない。正直、すごく物足りない。でも、体の奥の減り方が小さいのがわかった。ごっそり削られる感じではなく、少しだけ使った感覚。

「……これなら何回か使える」

「そう。出力を下げれば使える回数が増える」

奏が頷く。

「ゲームでいうと『省エネプレー』」

悠が言う。

「現実でいうと『頭を使う』」

彩が言う。

「ぐぬぬ」

私はうめいた。


 訓練を続ける。小さく熱する。少し休む。水を飲む。もう一度使う。体の感覚を確かめる。お腹の空き方、足の重さ、息の上がり方。今までは成功したかどうかしか見ていなかった。でも本当は、使った後の体まで含めて魔法を使いこなすってことなんだ。

「これって『働かざる者食うべからず』ってことだよね」

皆の顔が?マークになる。違うか。

「じゃあ『只より高いものはない』か」

「更にズレていくような」

「『金の切れ目が縁の切れ目』」

「お金から離れなさい」

「『因果応報』」

「ちょっと近づいた」

………

他愛のない話で今日の訓練を終えた。


     ◇


 数日後の朝、リナの家のリビングには、いつものように穏やかな光が差し込んでいた。窓辺に置かれた器の水がきらきら光り、テーブルの上にはパンとスープと果物が並んでいる。私は椅子に座り、目の前の食事を見た。以前なら空腹の勢いだけで全部に手を伸ばしていたと思う。でも今日は、まず自分の体の状態を確かめた。だるさはない。手の震えもない。お腹は空いているけれど、暴走するほどではない。

「今日はコレくらいでいいの?」

リナが聞く。

「普通の量!たぶん!」

「たぶんじゃない」

彩が横から言った。

「普通の量です」

私は言い直した。奏が微笑む。

「ここ数日、体調は安定しているね。訓練後の疲労も軽いし、食事量も極端じゃない」

「つまり、私、成長した?」

「した」

彩が短く言った。

「やったー!?」

それでも嬉しかった。胸の奥がくすぐったくなる。悠はスープを飲みながら、いつもの調子で言った。

「ひなひな、ようやく魔法のチュートリアルを抜けた感じだね」

「長かった……」

「いや、まだ第四話相当だと思うけど」

「メタいって!」

笑いが起きる。私はパンを一口食べた。噛んで、飲み込む。体の中にゆっくり熱が広がる。でも、その熱をすぐ魔法に変えたいとは思わなかった。必要な時に、必要な分だけ使えばいい。そう思えるようになっていた。

お爺ちゃんが満足そうに頷いた。

「魔法は力じゃが、力だけでは続かん。己の体を知り、食を知り、使いどころを知る。それができて、ようやく扱える」

「はい」

私は素直に答えた。魔法は、ただの夢じゃなかった。使えば減る。食べれば戻る。食べすぎれば増える。使いすぎれば倒れる。あまりにも当たり前で、あまりにも現実的で、だからこそ、この世界の魔法は本物なのだと思った。

「私、ちゃんと使うよ」

言葉にすると、少しだけ背筋が伸びた。

「いっぱい使いたい気持ちはまだあるけど、倒れるのも太りすぎるのも嫌だし」

「そこを正直に言えるのはいいことだね」

奏が笑う。

「じゃあ今日の訓練は、低出力を十回。高出力は一回だけ」

彩が予定を決める。

「えっ、1800Wボタンは一回だけ?」

「一回あるだけ感謝しなさい」

「はい、主将」

悠が窓の外を見て、少し目を細めた。

「でも、その一回をどこで使うか考えるのが、たぶんこれから大事になるんだろうね」

その言葉に、私は小さく頷いた。派手に燃やすだけが魔法じゃない。自分の中のエネルギーを知って、仲間と合わせて、必要な瞬間に使う。そうすれば、きっともっと遠くまで行ける。私は最後のパンをゆっくり飲み込み、深く息を吸った。今日の空気は、昨日より少しだけ軽く感じた。


「魔法を使う=エネルギーを消費する」

それだけなら、まだ平和な話だったんですけどね。

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