No.29 歪んだ塔と蒼い剣 - 26
「よぉし...あと、あと20人だ...ぁ」
フラフラと、身体の芯を抜かれたかのようにふらつきながら右手に長剣を持ちながら、大蛇に近いプレイヤーの方へと向かっていくスウェントル。
顔を歪ませながら嬉嬉として頬を緩ませ、剣先を地面に這わせながら前かがみで歩いていく。その足取りは、段々と、少しずつ早くなっていった。
「ひっ......」
狂者の行く先に居るものは、何もすることなくただただ身を縮こませることしか出来なかった。前方にも、後方にも脅威が迫ってきていたからだ。先に居たのは男女3人。
互いに腕を掴み合っている女性プレイヤーとは異なり、同じように身体を震わせていながらも、1人の男性は細々とした杖を彼へと向けていた。
「く...来るなぁ! 来たら、打つぞっ!」
何とか彼の足を止めようと抵抗をする。しかし、どこを狙っているのか分からないほどブレている杖などにスウェントルは止まる素振りを一切見せなかった。
「ふぅ...ふぅ......はぁ...」
何かに興奮でもしているかのように息を荒らげる。
しかし獲物を狙う猛獣のように、3人のプレイヤー達の居る一点にしか目を向けていなかった狂人は次の瞬間。
頭と共に視点を逆回転させ、足を止める。そしてそれよりも先に手に持っていた剣を後ろへと振った。
その剣が最大限に振り下ろされる前に、金属と金属がすり減りぶつかり合う、甲高い音が円の中に充満した。そしてその音がなると共に、垂れていたスウェントルの青髪が発生した風によって小さく靡く。
周りにいた20人と1人が、その一点へと目線を向けた。
狂人を囲うようにして作られていた円の中心部分で交わったのは、細剣と大剣であった。
「なに、やってんだよ!!」
細剣の所有者は他でもない、スウェントルである。彼がこの世界に来た時から変わらずに腰に備わっていたものだ。
そして大剣の所有者は、ドアマンテであった。
剣と剣がぶつかり合い、鋭い音が響いた後に、怒鳴るようなドアマンテの声が発せられる。
額と腕には血管が浮き出ている。それほど本気で彼を切りにかかったと言うことだ。
自らの背が切られることを防いだスウェントルは、その大剣を払い除けた後、今度は体ごとドアマンテの方へと向けて顔をしかめた。
その顔はまるで、自分の遊びを邪魔されたかのような、そんな拗ねた子供のようなムスっとした顔であった。
「何って...? 何をやってるんだって......?」
そうして一瞬顔を上にあげた後、変わらずに頬を緩めたまま、彼はまた下を向いて腕をだらんと下げた。その後、彼は下げた腕の先にある肩を、小刻みに震えるように上下させた。
腕を下げたことによってまた地面へと着いてしまった剣先が、そうして彼が揺れるたびにザッザッ...と小さな音を出している。
彼は、肩を震わせながら笑っていたのだ。
「あはっ、あはははははははははははははっ! あははははははははははははは!! 見ればわかるだろ? いや、見てもわかんないか? まぁ、どっちでもいいや。僕はな、僕は生き残ろうとしてるんだよォ...!」
万遍の笑みを浮かばせながら、唾を吐きつけながら飛ばしながら、両手を広げて天を仰ぐようにして狂った声で狂った言葉を造作もなく吐き出すスウェントル。
その姿に、誰もが1歩だけでなく2歩以上足を下げて異物を見るような目で彼を見た。
最初にあれ程の好青年であったこともあり、その変わりように明らかな恐怖の眼差しを向けていた。
「生き残る...? お前一人で、たった一人で生き残れるわけがねぇだろぉ!! ふざけた事言ってんじゃねぇぞ!」
文字通り、ふざけた事をペラペラと並べる青年に向かって、引き下がることなく怒号を浴びせるドアマンテ。馬鹿なことを言うなと前かがみになって抗議している。
しかし──、
「出来るんだよぉ...僕だけにはさぁ......」
そんな怒りや恐怖に躊躇うことなく、変わらない声のトーンで彼は歯をむき出しにして笑みを浮かべた。
ここまでくると、最初の彼は別人であったと考えられるほどの狂人ぶりであった。逆にこれが演技なのであれば、この無価値な人々が蔓延る世界に来る必要のない逸材である。
意味がわからないように眉を潜めるドアマンテ。
その反応を予想していたかのように、スウェントルはまた声を漏らしながら笑い始めた。周りの人々も皆疑問を抱いている様に見える。
「ついさっきなぁ...メールが来たんだよ。 僕宛に、僕、だけに!」
彼のログから表示されていたのは、地図などではなかった。
彼にとっては希望の、皆にとっては絶望の文章であったのだ。
「内容はなんだと思う?」聞きながら、狂人は大剣を握る男性へと目線を合わせた。彼の顔を伺う限り、果たしてどんな内容だったのかは分かってはいないのだろう。
しかし、何か嫌な予感はすると、表情は曇りきっていた。
「まず始めに誰からのメールかを確かめたよ。それで確かめてみたら「運営」だなんて書いてあるもんだから急いで内容を確認したさ」
プレゼンテーションをするかのように、明るい声で解説をするスウェントル。そんな声を出しながらぐるりとその場で一周して、自らを囲う人々の顔を嬉しそうに確認した。
一周して元の向きへと戻ると、彼はまた話し始めた。
「そしたら! この世界を運営する方々は僕だけにチャンスをくれるって書いてあったんだ! 僕だけに、条件さえ満たせばこの世界から無事で出させてくれるって!」
左手を胸に当てながらこの空間内の全員に聞こえるように、それよりも遠くの、部屋の外にいる人にすらも聞こえるかのような大声を出す。彼の顔は、興奮しているからか紅潮していた。
「条件は...条件ってのはなんだ!」
額に汗を垂らしながら、唇を震わせる。
その答えを聞いた時には、ドアマンテの目と口は開いて動かなくなっていただろう。
「その条件はねぇ...」そうゆっくりと、声の音量を下げながら話すスウェントル。
「自分以外の全プレイヤーのゲームオーバー」
「......は?」
反射的に出た呆けた声音。予想はしていたものの、あまりに残酷な条件に、ドアマンテはつい上げていた剣を下ろしてしまった。
そして、それを聞いた直後に。
「シャァァァァァアァっ!!!」
完全に怪物に背を向けていた、先程の男女3人の中の男性へと向かって、ナーガリオンが牙を向けた。
狂人が話している最中にも次の1人を狩る準備をしていた大蛇は、唯一戦闘態勢に入っていたドアマンテに対処されない好機を狙っていたのだ。
そして彼が呆気に取られたその瞬間に、狩りを再開したのである。
「うぎゃぁぁぁぁあっっ、あっっ! ぁぁぁぁあああっ!!」
握りしめていた杖と共に、震える腕を噛み付かれた男性。装備も何もなしにそのまま牙を柔らかい肉へと差し込まれながら、空中で振り回される痛みと恐怖は、並大抵なものでは無かった。
大蛇の頭が揺れるたびに、牙が激しく揺れて肉が抉れていく。
幸いかどうかはわからないが、ピンク色をした肉の代わりに体の損傷を意味する星屑がその部位から溢れ出た。
「嘘だろっ...おい! 助けに行くぞ!!」
手から緩めた大剣をもう1度強く握りしめながら、皆に指示を出して男性の救出を図る。しかし、その指示にすぐさま従うものは居なかった。
助けに行ったとしても、巻き添えを食らうのが結果であると決めつけてしまっていたからだ。
「おいっ...! お前ら、動けよっ!」
そう言いながら、1人走り出して大蛇の方へと向かう。
「あははははははっ! 無駄だよ無駄ァ! どうせアレには誰一人として勝てない!」
ただ独りだけの寂しい背中を見せながら、走り出していく彼を見て、スウェントルは大きな笑い声を上げて無駄だと言った。
自分以外誰も助けようとしない、そして助けようとしても救える確率は限りなく低い。
それでも、ドアマンテは気にすることなく足を止めなかった。
もちろん、この世界に連れてこられた当初は自分さえ生き残ればいいと思っていた。知り合いなど、一人としてこの場に存在していない。
いざとなれば他の者達を囮にしてでも生き延びてやろうとすら思っていた有様であった。
しかし、彼らと共に逃げ回ってきて、互いに支え合う彼らを見てきて。皆にも死ねない理由があり、生き残ろうと必死になっていると言うことを知って彼は心が揺らいでしまったのだ。
彼に仲間と言うものが出来たことはない。しかし、それが出来ている彼らは、彼らこそ自分よりも生きるべきだと思ったのだ。思って、しまったのだ。
「よし、よしよしよし! これでぇ...残り18人だぁ!!」
後ろからスウェントルの悲鳴のような声が聞こえる。
彼の言う通り、自分は死ぬかもしれない。それでも彼は剣を握った。
「うぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
剣を振ろうと両手を後ろへ向けて、剣先は斜め後ろ指している。
そうして、1人の他人を助けようと剣を振るおうとした、その瞬間に──、
「残念、だったな。残り...21人だ」
彼の耳元に、聞いたことのある声が届いた。
そして、それと共に目の前まで来ていた大蛇の深緑色をした鱗に、蒼い一本線が静かに浮かび上がる。
その1本線は、2つの絶望をも切り裂く、極々小さな希望の線であった。




