No.30 歪んだ塔と蒼い剣 - 27
彼の思い通りに物事が進まなかった事は、今までたったの一つとしてなかった。
生まれた時から将来を約束された大企業の御曹司。金も権力も人脈も親譲りで、有名私立校には裏口入学、いくら成績が悪くても、留年しそうになったとしても、金とコネで醜い教師共を言いくめて、堂々と校門を潜り続けた。
親の力を借りて学校長まで下につかせる始末である。
金目当てと顔目当てでくる奴らには親しく接し、否定の言葉を少しでも放った奴らにはそれを後悔させるほどに力を奮いに奮った。
彼のせいで不登校になり、最果ての仮想世界へと送られた者達は一体どれほど居ただろうか。
そうして学校内だけではなく、他地域までをも巻き込んで出来上がったその強者は。
捻じ曲がった性格で、数多の事実を捻じ曲げ続けて。
いつの間にか、自分に出来ないことはないとさえ思ってしまっていた。
無価値のレッテルを貼られたものだけが巣食うこの世界に連れてこられた時も、これは親が自分に向けた試練であり、いつも通りやっていればこんな世界から抜け出せると確信していた。
いつも通りに親の会社名をさり気ない大声で自慢げに叫び続けて、その名前に釣られてきたハエ共を利用して、利用して、利用していけばきっと元の世界で親が笑顔で両手を広げて──、
「よくここまで来れたな。流石は俺たちの息子だ」
そう言ってくれる結末だと彼は確信していたのだ。
愛する両親に、何の感情も抱かれずに、無残にもこの世界に捨てられただけなのに。
「他意的指名転送制度」
「追い出し制」とも言われているこの制度は、メリトクラシー的社会完全化への人類厳選政策を行われた際に秘密裏に作られていた制度だ。
作られていた。と言っても、実際に使用可能になったのはMSVへ人々が転送されてから少し先の話である。
その制度は名前からも汲み取れる様に、政府が指名して無価値な人間を転送するのではなく、関係者以外の人物が意図的に特定の人物を転送することが出来る制度だ。
第三者が指名して特定の人物を転送させる。
つまり、特定の人物をこの世界から「追い出す」制度なのだ。
しかし全人類にこの制度を公開してしまっては、本来優秀であるはずの人材を失いかねない。
一方的な恨みや憎しみによって、MSVへと連れていかれてしまう被害者が続出する可能性があるからだ。
そのために政府は、この制度を使用できるのは一部の人間のみであり、使用する際には多額の料金を支払わなければならないという制限を掛けた。
これが他意的指名制度の特徴でもある。
その一部の人間とは、どの様な人物を指すのか。
スウェントルが今現在この世界にいること。
それがいい例である。
その制度を使用できるのは、相当な資産を有しており、人望も厚く、政府の人物とある程度の面識があり信用されている者だけである。
そのため大企業の重役を務める彼の父は、申し分ないほどに条件にあっていたのだ。
彼の父には二人の息子がいた。
スウェントルには、一つ下の弟がいたのだ。
そしてその弟は自分と比べ、謙虚で聡明で、爽やかな好青年であったことは脳裏に焼き付いている。
スウェントルは心のどこかで彼に嫉妬心を抱いていた。
しかし父はその真逆。弟には我が子ながら良い子てあると好意を抱いており、兄には弟に劣っていると小さな嫌悪感を抱いていたのだ。
スウェントル自身も、その感情を薄々感じ取っていたのかも知れない。
それでも彼は傲慢な態度を改めなかった。
それが、この制度を使用する引き金となったのだ。
彼の父は息子の更生を求めているのではない。
更生出来ないから諦めさせてくれと、彼を捨て去る事を望んだのだ。
彼は、どこか心の端の方で父の感情を理解していた。そのような人だと昔から知ってはいたから。
この世界がどんな世界か知った時も、自分が棄てられたのだとわかっていた。そんな人だと分かってはいたから。
それでも彼は虚偽の確信を貫いた。
認めてしまえば、自分が無能だと認める事になるのだから。そんなことは彼の性根が許さなかったのだから。
──まだいける。僕は無能なんかじゃない。あいつらとは違う。僕は特別だ。特別、だ。今回も結果は思い通りになる。ここまでの事も想定内だ。まだやれる。まだいける。僕は終わってなんかいない。僕には力がある。恵まれたヤツ、選ばれたヤツらにしかない力がある。アイツとも違う。アイツらとも違う。ここでわからせてやる。おまえらにぼくのほんとうのちからをみせてやる。おれのウシロにはうんえいがついてる。ここにはいなくてもみんなぼくのみかただ。このあとぜんいんコロしてあのへびもコロシテボクがエイユウになってやるんだ......
もう一人の自分が、彼の耳元に囁くように文字を並べる。その文字は、少しずつ機械が喋っているかのように流暢さを失い、カタコトに歪んでいった。
それに比例して、彼の表情も醜く崩れていく。
「なんで...君がここにいるんだっ...っ!」
そうして、全てに見放された哀れな狂者は──、
「理由もクソもねぇよ。取り敢えずその剣を離せ。スウェントル」
青く揺らめく剣先を前に、ただ悔しそうに歯軋りをして足を止める他なかった。




