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ラクリマの群青  作者: 日輪猫
仕組まれた偶然と誰も知らない必然
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No.21 歪んだ塔と蒼い剣 - 18

 


 恐怖が肩を組んでくる。絶望が耳元でケタケタと笑いかけてくる。そして深い闇が、彼を飲み込んでいく。

 始めて彼、ソーマとダンジョンに潜った時に起きた出来事に匹敵するほど、それをも越してしまうのではないかと思われる状況下の中。


 足元には砂埃がエルドの光をも遮っているが、比較的視界が開けた大広場を確認したアリスを含めた総勢27人は逃げ道となった細く狭い道を全速力で走っていた。


「ハァッ、ハァ、ハァッッ......」


 息が上がる。それに相対して足が上がらない。身につけている装備が重いものは、特に苦しそうに嗚咽を漏らしていた。途中で脱ぎ捨てる者すら見受けられた。

 そうして、走り始めてから数分後。暗く細い道はどこに繋がっているのか定かではないが、後先のことなど考えずに走っていた頃──、


「ふぅ、ふぅぅっ! ......ふがっ!?」


 一人の小太りの男性が、息を切らして足の動きが鈍くなってきた事をキッカケに自分で自分の足を絡めとってしまいコケてしまった。

 ゴロゴロと前回転しながら地面と鎧を擦り合わせる男性。

 回転しているとは言え、全速力で走る他プレイヤーに追いつくことはなかった。彼はハンマー使いで、装備も中々重く分厚いものだったためか、失速するのも早かったのだろう。

 また、それによって誰かに衝突したり衝突されたりする二次災害の心配もあったのだが、幸い、彼が最後尾なためにそのような事は起きなかった。


「お、オイ! 早く起き上がって走れ!!」


 自身の足は動かしたままではあるが、転げている男性に声を掛ける別の男性。彼は同じパーティーなのだろうか。それともただ近くにいた同胞を心配しただけなのだろうか。

 それは分からないが──、


「ま、待ってくれよぉ......」


 体力の限界もあり、起き上がって皆に追いつく希望を失った男性は、転げ終えた鉄の体を上半身だけ起こして、あぐらをかいている状態になった。

 そして、ただただそう情けなく呟き、段々と小さくなっていく仲間の背中を見ることしか出来なくなった。


 軽く一息ついた男性。薄茶色の壁に太く長い影を写し出しながら、目を光らせる大蛇が近づいてきていることを知っていながらも、彼は抵抗することも、振り返ろうとすることもなかった。

 そして彼を残して走っていったプレイヤー達も、振り返ることはもうなかった。


 その後、彼がどうなったのかは誰も知らない。


 ※


 土砂崩れが発生して、少年の影を見つけることが出来ずに誰しもが落胆してから数十秒後。

 彼らがここまで全力疾走することになる理由はそこにある。


 煙が上部から段々と晴れる。土砂の衝撃によって、光を失い、ただの石と化したエルドが土の上にも転がっているのが確認できる。その時、大蛇の姿も見つけることが出来ていなかった。


 これだけ広い空間の半分を埋め尽くす程の大きな土砂崩れだ。

 あれだけの大蛇も、いやあれだけ巨大な体をしているからこそ土や岩を全身で受けて飲み込まれたに違いない。空を舞っている姿が確認出来ていない事も確信を強めている。

 いくらダンジョンのボスと言えども、恐らく死んだのであろう。


「死んだ......か?」


「さ、流石に死んだだろ! あんなのをまともに食らって生きていられる訳がねぇよっ!」


「そ、そうだよな! よっしぁぁぁぁぁ!!」


 そう、誰もがそう思った。そして、誰もが穏やかな笑みを浮かばせようとしていた。歓喜の笑みを浮かべていた。

 しかしその誰もが確信を持ちすぎたせいか、最も確実にボスの生存を確認できる方法を、誰も試そうとしていなかった。

 その方法に気が付き、行動に移したのはドアマンテであった。

 ソーマに命を救われたスウェントルは、変わらずに抜け殻状態である。


 そして、ログのデジタル文字に人差し指の腹を乗せるドアマンテ。彼が見ようとしていたのは、この場所に連れてこられてから頼りにしていた偽りの地図である。


 そんな地図を完全に信用することは出来ない。


 しかしそのアリの巣の中には、小さな点で溢れかえる自分達の生存マークのすぐ側に、大きな赤い点が未だに元気よく点滅していた。

 もちろん、完全に信じ込んだ訳ではない。生存していたとしても、最初のようにヤツが違う場所へ移動している可能性もあるからだ。


 しかし、そんな考察と仮説を立てていた時にはもう遅かった。


 ──......モコッ


 土砂の中央付近から、未だ黄色にすら変色していない、半分以上残っているHPゲージがヴゥン、とゲーム音のようなものを出しながら表示される。それと共に、重力に逆らう様にモコモコと1度辿ってきた落下軌道を巻き戻しながら土達が元々存在していた位置から離されていく。


 決して先程の青年などではない。

 HPゲージの右上には「ナーガリオン」とわかりやすく白い字で表示されていたのだから。


 こうして、大蛇は、彗星はごく希な大型災害ですらも難なく突破してきた。

 その後は言うまでもない。

 怪物は、体の異常が無いかを確認するかのようにもう一度美しく滑らかに宙を舞った後。

 また同じようにして、歯をむき出しにして襲いかかってきた。


 ソーマがいない状況。それでいて居なくなってほしいこの大蛇がいる状況。

 アリスだけでなく、他プレイヤー達からも驚きと落胆の表情が、くっきりと浮かび上がってきていた。



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