1話 転移と脱退者
「ラグナロク」の『海神聖典』窃盗事件があった頃。
転移有するアレックスは内宇宙、地球という名の星とバッファル島と呼ばれる温帯の島にいた。
ピピピピピ...!ピピピピピ...!ピピピピピ...!
と、彼の持つ収納用書物形魔道具のディクショナリーストレージの中かり音が鳴る。テレフォンボードが信号を受信する音である。
『アレックス、緊急事態が発生した。』
アレックスは中から1枚の石板を取り出し、受信を完了させると、男の声が響いた。
「リゲルか...。どうした?」
とアレックスは聞く。
『あぁ、リゲルだ。「海神聖典」を盗まれた。「ラグナロク」の仕業だ。』
「ヴェルンドから脱獄して行方を眩ましていたあの連中か。」
『あぁ。しかも、奴ら文書を散り散りにしてそっちへ行きやがった。ブラックホールの行き先は無作為に決まる。今、散り散りになった文書が今、どこにあるのかはかりしれん。』
「ロキの固有魔術か?」
『あぁ。先程、捕まえたロキ本人が言っているのだから間違いない。今、俺たち文明派が保有しているのはロキの持っていた1片だけだ。残る49片がそっちにあることになる。』
「で、俺も回収に加わればいいと?」
『その通りだ。頼めるか?』
「もちろんだ。元より俺は『海神聖典』完成のため片割れを探しにこっちへ来た。その完成を妨げる奴がいるってんならソイツらを止めるのも仕事の一貫だ。」
『そうか。人手が増えて助かる。』
「礼に及ばない。」
アレックスはその石板を通して、リゲルと名乗る男とそんな遣り取りを交わし、再び板をディクショナリーストレージへと戻してやる。
アレックスはすぐ、「海神聖典」の欠片を持つ「ラグナロク」の組員を探し始めた。
彼がバッファル島、陽の森の中で「ラグナロク」組員の内の1人、ヘンリーと会ったのはそれから3日経った日の真昼である。
彼が黄昏界の住人であることはすぐに分かった。テレフォンストーンで誰かと話していて、しかも使っている言語はアレックスたちが普段使っているアスク語なのである。怪しいと思って、プロビデンスパールを通して見てみれば予想的中。右ポケットに例の欠片一片を、左ポケットに反乱軍の使うルインガンを隠し持っていた。
アレックスはディクショナリーストレージを再び開いて、そこから魔石剣・スターライトソウルを取り出す。だが、気付かれた。ソイツは銃を取り出し、引き金をひく。
ズガンッ!
響く銃声、空を撃つ銃弾。アレックスは転移で後ろに回っていた。
(もう回避はできんな!)
「はぁっ...!」
と剣を振り下ろすが、
キィィィッッッン!
防がれた。見ると相手の手にもディクショナリーストレージ、そこから剣を出しながらの防御である。
(何っ...!?)
反撃など来ると思っていなかったアレックスは、驚きで一瞬力が抜けてその隙に剣を弾き飛ばされる。
さらに、怯んだところでソイツはもう一振り。アレックスはソイツの頭上へ飛んだ。落下しながら手を伸ばす。そこへ半円を描く縦の剣筋。再びの転移で地上へ戻った。
そこへ剣の投擲。しっかり、横向きの高速回転もかかっている。だが、アレックスの動体視力は人より高い。意識を一点に集中、柄を何とか捉えて触れ、
「転移。」
と能力発動。剣を何処かへやってしまった。
「能力者っ...!」
ヘンリーは言って、銃を向ける。アレックスは電光石火の早業で多機能型電磁砲-小型式を取り出し、ダイヤルを「電磁誘導光線」にセット。
ギュゥゥゥッッッン!
光線が貫かれた銃を蒸発し、アレックスは右手を伸ばし、転移で手足を近くの木に埋め込み拘束した。
と、地面が揺れる。ヘンリーがいる木とは向かいの方からの振動だ。揺れは徐々に近付き、その姿を露にする。最恐の肉食恐竜・T-レックスである。
グォォォォォウン!
T-レックスは大きく威嚇の咆哮をした。すぐにアレックスはディクショナリーストレージからレスピストルを取り出し、
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
と何度も撃つが全く効あいてない様子である。
それを見るなりすぐ転移を発動せんとするが何故か転移しない。そこで、ヘンリーを拘束した時に感じたあのチクリとした感覚を思い出した。首筋を擦ってみるとそのした辺りに針が刺さっているのが分かった。よく見てみると「ミストルティン」とある。
「ミストルティン」とは対能力者戦用に開発された能力抑制薬品で、これを首筋に注入された能力者はしばらく能力を使えなくなるのである。効果時間にはバラつきがあるが平均10分、その間ひ能力者を非能力者と同じ土俵に引きずり下ろしてそれを維持できるのである。
「取引だ、能力者!」
仕方なく走って逃げようとアレックだが、そこへヘンリーが話を持ちかけた。
「何だぁっ!」
走りながらアレックスは叫ぶ。
「俺も中型式だが多機能型電磁砲を持っていてな!それがディクショナリーストレージの中にあるわけだが、もし俺を反乱軍に差し出さないと約束してくれるなら、お前にそれを貸してやろう!それに、お前が望むなら俺は『ラグナロク』を秘密裏に脱退し、お前に協力しよう!その代わり、『海神聖典』完成の暁にはその恩恵を受ける追加条件を加える!応じてくれるか!」
その問にそう答える彼。前々から彼は他の組員に酷い扱いを受けていて、「ラグナロク」を脱退しようとまで思っていたのである。下っ端が1人いなくなったところで気付かれることすら怪しかろうと。
アレックスはしばらく考えてこの取引を全て受諾することにした。
アレックスは一度、T-レックスを振り払って戻る。すぐに銃でヘンリーの拘束を解く。
「取引成立だな。」
ヘンリーは言うと、ディクショナリーストレージから多機能型電磁砲-中型式を取り出してアレックスに手渡す。ディクショナリーストレージはその所有者のみ開くことができないがための過程である。
「流石にこれなら死ぬよな...!電磁誘導光線っ!」
ギュゥゥゥッッッン!
ダイヤルを合わせるとアレックスはそう言って、光線を発射。光線は迫り来るT-レックスの首を飛ばし、ヤツは即死した。アレックスは多機能型電磁砲を返すとともに、
「これは契約の証だ。」
とヘンリーの持つ「海神聖典」の一片を貰う。さらには、テレフォンボードを破壊して自ら連絡の手段を絶った。
「ヘンリーだ、よろしくな。」
手を出すヘンリー。アレックスはその手を握り、
「あぁ、よろしく。俺はアレックス、もう分かっているとは思うが、転移を有している。」
と言った。
転移と脱退者。彼らの「海神聖典」探求の旅はこうして始まることとなる。




