②『天空の遺跡』―――レベッカ
全8話に及ぶ「分霊の書」シリーズの第2弾。書は『天空の遺跡』、著はレベッカ。
南米ペルーのマチュ・ピチュ、その謎に迫る所謂オカルト書。「バッファルの書」に記された異世界や邪神についてを考察し、率直な文面で書かれていることが特徴である。これはマチュ・ピチュの断片的知識と未熟な語彙から来るものであり、説得力には欠けた部分も多い。
しかし、オカルトを神話に絡めて、"欲望"という人間心理に結び付ける構図は圧巻であり、ここは高く評価されている。 今回はその項から抜粋。マチュ・ピチュを人類の犯した過ちとして語っている。
マチュ・ピチュとはバベルの塔の具現化である。だからこそ、マチュ・ピチュは数々の高山立ち並ぶアンデス山脈に建てられた。
さて、次に問題になるのはどうやってこの遺跡を建てたか、また何を目的にバベルの塔の具現化を計ったのかの2つである。
まずは、どうやってこの遺跡を建てたのか。
約500年前に建てられたこの遺跡だが、産業革命により急速に文明が発展した欧州と先住民が治める帝国が点在する南米とでは技術の面で訳が違う。しかも、彼らはただスペインの軍力に圧倒されるだけで、多くの技術を取り入れることはできなかった。
それなのに、このマチュ・ピチュを建てることができたのは明らかに神のような超常現象的に関わっていることだろう。バッファル神話を記した『バッファルの書』には異世界の存在が示唆されている。
この世界に神が存在している以上、そちらの世界にも神は存在しているはずである。そして、その神こそが同書にて宇宙の外へ追放された邪悪だと考える。神になり得るほどの邪悪であれば人々を操り神と人間を同等のものとし、その主体として神に達した人間から崇拝される、つまりは神よりも上の存在へとなるのも可能というわけである。
次にバベルの塔の具現化を計った目的である。
邪悪に操られたと言ったが、語弊のないように言い換えると邪悪に唆されて結果的に操られるようになったという意味である。この唆しに応じてしまったということは、少なくとも人々にも具現化をしたいとの気持ちがあったはずである。
では、なぜ人々にそのうような気持ちがあったかと言えば、やはり彼ら自身も神に達したいと感じていたのではなかろうか。人間とは知恵の実を食べた不完全な神であり、完全な神となるためにはエデンに行き、生命の実も得る必要があった。だが、バベルのように散々になることに畏怖して、中々できなかった。
そう、その恐怖を人々から忘却させて、貪欲だけを残させたのがその邪悪なのである。
こうして、人々は欲のままに山根へマチュ・ピチュを築き、その魂胆に気付いた神々へあの時と同じ怒りを植え付けた。そのせいで、結局は再び言語が分断されるというバベルの塔と全く同じ結果を残すのであった。
知恵の実を食べたことにより人間が手に入れてしまった"欲"というものは実に恐ろしいものである。




