7-1 バッファル大戦
ジェノドスの会は島の南西に、テオスの会はヘッドル地区に本部を置いた。その後、ジョノドスの会では神託は議会における最も尊重されるべき提案に過ぎないという神人共同議会を、テオスの会では議会の全ての最終決定を神託に委ねるという神権委任議会を行い、この違いが対立の原因となった。
この2つの会は安寧神授の会の後継であったために武器が流用されて使用でき、口論による対立はやがて武力による戦争へと移行した。これを受けて、バッサーは7賢者を介して彼らから全ての取り上げ、強制力のある休戦令が出されたことでこのディフレッツの戦いは終わった。
しかし、バッサーが死ぬとジェノドスの会ではバッサーの甥であるマホーンを、テオスの会ではバッサーの子であるロットを八これに反する代バッファル島長としようとしたために意見の相違により再び戦争が勃発し、指導者のいない7賢者のみでは対処しきれず、戦いは徐々に激化した。
初めにヘッドル地区でジェノドス派とテオス派の接触によるヘッドルの戦い、次にサドリール地区で同様の原因のサドリールの戦い、その次にジェノドス派の潜伏していた陽の森へテオス派が浸入してサニーフォレストの戦い、その次に陰の森での両派遭遇 によるシェードフォレストの戦い、その次にジェノドス派がテオスの会本部を襲撃するエノシィテオス事件と間もなくテオス派がジェノドスの会本部を襲撃するエノシィジェノドス事件が発生した。この激しい連戦によりバッファル島人口の約半数が失われた。
この状況を知ったシャインズ王国の石工であったシャーロットは剣術を習っていたこともあってバッファルへ上陸した。シャーロットはジェノドスの会、テオスの会それぞれの本部へと出向き、「兵とは戦において敵を討つためのみにあり、敵以外も討つものは無用の兵である」と非戦闘民への配慮を説いた。これに反感する者もいたが、これに心打たれる者が多くいた。
ジェノドスの会とテオスの会は議会の結果、陽の森と陰の森の間にある集落のない草原地帯で宣戦布告を行うことで一致し、シャーロットを指導者に外部への一切の干渉を取り締まる戦線警察も建てられた。
この宣戦布告によるジェノドスの会とテオスの会の戦争は数日間に渡ったが非戦闘民への被害は一切なかった。このハードゥの戦いにはジェノドス側が勝利し、八代目バッファル島長はマホーンとなった。
このディフレッツの戦いから数年に渡る一連の戦争をバッファル大戦と呼ぶ。




