6-4 ベテルの嵐と黒龍封印
協会の再結成後も、以前に同じく兵がシーサーペント島へと派遣され、義勇兵の力も借りてバハムートを足止めしていた。その一方で、シーサーペント島南端にあるリヴァイアフォレストでは封印の儀の準備が進められていた。
その間に諸島へ再び嵐が訪れたことで、河川の水が増加し、堤防の建設もまだ途中であったために多くの地点で洪水が発生した。しかし、ローザーの支持で民間人はシャインズ島へと移されていたので被害は最低限で済ますことができ、またオーズの大洪水のように規模の大きなものでもなかった。
そのためこの嵐はバハムート封印の悪影響を及ぼすことはなく、兵たちは儀が行われるリヴァイアフォレストまでバハムートを誘導することができた。しかし、バハムートが儀の行われる地上を降りてこなくなり、しばらく封印を行えない状態となってしまった。
しかし、それから数日が経つと、空を飛ぶバハムートに雷が落ちたことで当初の地点とは異なったが封印の儀が行えるようになり、結界石などを移送してしの場で封印を行った。この時、落ちた雷は神の雷だと信仰され、雷を起こしたこの二度目の嵐はベテルの嵐と言う。
その後、バハムート出現により形成された東端の谷は嘆きの渓谷と名付けられ、慰霊もかねって谷底に図書館が作られた。この図書館を谷底の図書館と呼び、書物は上下に設置された転送装置で運搬が行われた。
また、協会が解散されて派遣された兵がアストラル諸島へ戻ると。バッファル島では神の雷信仰の動きが強まり、安寧神授の会後継としてがコルトがシュノドスの会を、ガンダルがテオスの会を結成した。この会は同時に各島々へと広がって行き、それぞれのメンバーはシェノドス派、テオス派と派閥名で呼ばれるようになった。




