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試験は三日間に渡り続いた。
こんなに集中した事も、なりふり構わなかった事も、虫以外では初めてである。
【カーン カーン】と最後の鐘が鳴り、私はペンを机の上に置いた。
そして一生懸命に戦い抜いた私は、自分を労ったのだ。
(よくやったわ。これで負けても、悔いは無い)
それと同時に、試験期間中は我慢していた虫の研究や観察が出来ると思うと心が高鳴った。
(早速、今日は研究室に行かなくちゃ!)
私は、午前中で終わった試験を後にして、お弁当を片手に研究室へと向かった。
(さぁ、今日こそナナフシを見つけるわよ!)
意気込みは十分である。
そして研究室へ着くと、珍しい事に先輩がいた。
「キティちゃん、お久しぶりね。
試験はよく出来た?」
「はい。今回は、いつもより頑張りましたので、悔いはありません」
「ふふっ、そう。
キティちゃんは、いつも全力投球だものね」
そう言って、朗らかに笑う彼女はナタリア先輩。
フワフワの柔らかそうな巻き毛に、少し垂れた目が印象的な美女だ。
だが見た目とは違い、かなりアグレッシブな研究をしている。
専門は両生類なのだが、以前何の躊躇いもなく池に飛び込み、泥だらけになっていたのには、驚きを隠せなかった。
「両生類って、すごく特別なのよ。
エラ呼吸をしていた幼少期から変態して、肺呼吸になるって凄いと思わない?
そうなると、もう別の生き物よね?
ふふっ。とってもロマンがあるでしょう?」
ウットリと語るナタリア先輩は、まるで恋に浮かされているようだった。
私の虫好きも大概だが、彼女は私の上を行くかもしれない。
「先輩は、今日は出るんですか?」
「もちろんよ!今がカエルのピークですもの。
観察に行くわ。そういうキティちゃんは?」
私はお弁当を広げた。
「私も食べたら出ようと思います。
まだ時期が少し早いので、会えるか分かりませんが、頑張って探してみます」
「そうなのね?
ちなみに、何の虫を探しているの?」
私はハンバーグを飲み込んだ。
「ーーーナナフシです。
本当は、夕方の方が見つけやすいのですが、致し方ないですね」
「じゃあキティちゃんも頑張ってね!
私は早速行ってくるわ」
先輩の格好は、ゴム手袋に長靴と、農作業をする様な格好になっていた。
「はい。いってらっしゃいませ」
(さぁ、早く食べて、私も行かないと)
最後のブロッコリーを口に入れてから、準備をした私は、早速、出発したのだった。
校舎を出ると、ナナフシが好む低木がある場所へと向かう。
私がこれから挑むのは、かくれんぼが得意な擬態マスターだ。
枝に扮する事に懸けては、右に出る虫はいないだろう。
私は、枝を注意深く観察するが、昼間は動かないナナフシである。
(・・・これは、自分との戦いになりそうね)
メガネ越しだと、ただでさえ見つけづらいナナフシに勝てる気がしない。
だから私は辺りを見回した。
(ーーー誰も、いないようね)
そっとメガネを外してポケットへとしまう。
(ナナフシちゃん。良い子だから、出てきてね)
だが、枝や葉の裏を一つ一つ確認していくが、全然見つからない。
私の目が酷使され始めてきたので、目頭を押さえて一度ゆっくりと瞼を閉じた。
「メリーウェザー嬢、そんな所でしゃがみ込んで、また蟻の観察か?」
背後から聞こえた声に驚いた私は、急いでポケットのメガネに手を伸ばした。
だが焦りすぎて、ツルッと落としてしまったのだ。
「何か落としたぞ。
ーーーこれは、メガネか?」
「あ、はい。すみません、手に乗せてくれますか?」
私は振り返らずに手だけを彼に向けた。
「・・・このメガネ、度が入ってない?
ーーーそれに、内側からはそれなりに見えるんだな」
私のメガネを検分しているようで、なかなか返してくれない。
「返して下さい!それがないと困るんです」
「ーーーあ、悪い」
彼は私の手にメガネを置いてくれた。
メガネを掛け直していると、再度声が聞こえる。
「・・・なんで、度が入っていないメガネを掛けているんだ?」
私は立ち上がって振り返った。
(・・・珍しい。今日は幽霊はいない様だ)
「ーーー習慣です。それに、容姿を人に見せたくないのです」
その言葉に、憐れみの表情を乗せている。
「まぁ、あれだ。君は、容姿が悪くても才女だからな。
だから気にする事はないよ」
(・・・その上から目線に凄く腹が立つのだが?)
「慰めて頂き、ありがとうございます。
それにしてもアーベンスロット公爵令息様は、容姿端麗ですものね。
だから、不細工の気持ちなど分かるはずがありませんので、慰めは却って人を嫌な気持ちにさせるという事を自覚した方がよろしいですよ?」
「な!?僕はそんなつもりで言ったんじゃない!」
「そうですね。ですが、一般論です」
すると、彼は俯いた。
「・・・そういうものか。
申し訳ない、不快な思いをさせた」
「いいえ、大丈夫です。
それより、試験日初日に私をクラスまで送って頂きありがとうございました。
お礼が遅くなり、申し訳ありません」
「いや、それこそ大丈夫だ。
君は、試験はどうだった?」
その言葉に、私の思いのたけを伝えた。
「そうか。僕も全力を出せたから、悔いはない。
結果は来週だからな。
それと、試験と被り聞き忘れていたが、婚約証書はどうなった?」
「はい。
無事に受理されたと二日前に父が言っていました」
私は向きを変え、ナナフシがいないかと目で追い始めた。
「・・・それって、君が僕にぶつかった日だよな?
何故その時に言わなかった?」
「それどころではなかったので、忘れていました。
それよりも、今ナナフシを探しているので、その話は後日でも良いですか?」
(やっぱり、なかなか見当たらないなぁ)
私は次の木に移動しようとカニ歩きをしたら何かにぶつかった。
「君は、周りを見なさすぎるんじゃないのか?
何度僕にぶつかれば気が済むんだ」
「いや、だって、横に居るとは思いもしませんよ。
さっきまで後ろにいたじゃないですか?」
「ーーーで、ナナフシとはどんな虫なんだ?」
そして彼は、私の隣で木に目を向けている。
その光景に既視感を覚えた。
(・・・まただ。
もしかして私は、誰かと虫取りをした事があるのだろうか。
・・・友達のいない私が?)
彼をジッと見つめて考えていると、それとは別の事に気付いたのだ。
もしかしたら彼は、探すのを手伝ってくれるのかもしれない。
そう期待した私は、懇切丁寧に分かりやすく説明をした。
「・・・そうか。
じゃあ、頑張って探すといい」
彼はそう言い置いて去って行った。
その瞬間、拳をギュッと握る。
(・・・アイツ、私の時間を奪う為に来たんじゃないの?)
無駄に説明をさせられてイライラした私は、その後もナナフシが見つかる事はなく、目だけ酷使された。
そして、今日は厄日だと結論付けて探索を終了したのであった。
研究室への帰り道に池を通ると、先輩が泥だらけになりながらもカエルと戯れている。
(あれが蝶なら女神様のように見えるんだけどな。
・・・勿体無い)
私はトボトボと歩きながら、時期を変えるか、時間帯を変えるか、どうするかと考えながら帰ったのだった。




