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あれから数日が経ち、今日は試験日となった。
空は快晴、体調も気合いも十分な私は、朝食を頬張る。
すると、情報誌を見ていた父が何の前触れもなく、パサっと閉じて満面の笑みを浮かべていた。
それに思わず身構えたのは言うまでもない。
「キティ!ちゃんと婚約は受理されたよ!おめでとう!」
「やったわね、キティちゃん!
さぁ、早速結婚式の準備をしなくっちゃ!
やっぱり会場は、王都で一番有名な伝統がある場所を押さえましょうね」
母の言葉で、食べていたベーコンにむせた。
ゴホゴホと咳き込む私に、心配そうな表情を向けているが、そうじゃない。
原因を持ち出した元凶に背中をさすられると、余計に詰まりそうだ。
「ーーゴホっ。ーーーあの、結婚式って、まだ婚約したばかりですが!?」
背をさする手を止めた母が席に着いた。
「だって、私とアレクも学生の時に結婚したのよ?
燃え上がる愛の炎は誰にも止められないでしょう?」
「だからって、私達をそれに巻き込まないで下さい。
私達には、私達のペースってものがあるのです」
「・・・そう?
けれど、良い式場は予約しないと埋まってしまうわ。
そんなに言うのなら、サイラスさんといつ結婚するのかを決めて教えて頂戴」
「・・・今日から試験なんで、落ち着いてから確認します」
すると、スクランブルエッグをつついていた父が口を開いた。
「試験を気に掛けるなんて、珍しいね?」
「はい。負けられない戦いがあるのです」
私は、牛乳を一気に飲み干してコップをコトリと置いた。
(叩きのめすとまで言われたのだ。黙ってやられるつもりは毛頭無い。
・・・こちらが叩きのめしてやる)
ふふふふっと笑う私に、父母はギョッとしていたが、それが私の目に映る事はなかった。
(待ってなさい!返り討ちにしてくれるわ!)
その意気込みと共に馬車に乗り込んだ私の脳内でゴングが鳴った。
試験は既に始まっているも同然、私は参考書を取り出して忘れそうな部分を頭に叩き込む。
「お嬢様、学園に到着致しました」
参考書を片手に馬車から降りた私は、視線を本へと戻した。
もちろん、歩きながらは危ないと知っているが、今が正念場だ。
みんなが私を避けると仮定して、歩き続ける。
それに前を見なくても、毎日通い慣れた道の為、自然に足が目的地へと向かっていた。
(ーーーこの数字が覚えにくいのよね。
なんか良い語呂合わせはないかな?)
唸りながら考えていると、バサっとした音と共に、いきなり顔と参考書の距離がゼロになった。
(・・・顔が、痛い)
どうやら、壁にぶつかったらしい。
顔から本を離そうと押しやると、壁が動いた。
(あれ?・・・動く壁なんてあったかな?)
けれど、そんな事を気にしている時間はない。
私はそのまま参考書を読みながらスタスタと歩き出したのだ。
「おい!ちょっと待て」
聞き覚えのある声だったが、名前を呼ばれた訳ではない。
だからきっと、私ではないだろうと思い、そのまま振り返る事もせずに階段へ足を掛けた時、誰かに腕を掴まれた。
「待てと言っただろう?」
すると、参考書からはみ出して見えたのは彼の顔だった。
「おはようございます。アーベンスロット公爵令息様。
今日は、お互い全力を尽くせる様に頑張りましょう。それでは」
「違うだろ!たった今、ぶつかって来た事に対しては何もないのか!?」
(・・・なんだ、壁じゃなかったのか)
「申し訳ありません。
しかしお言葉を返す様ですが、見たところ貴方様も参考書をお持ちのよう。
私だけが悪い訳ではないと思います。
現に、貴方様以外の人は、皆避けてくれましたから」
「確かにそうだが、そうじゃない!
ぶつかったのが僕だったからよかった様なもの。
壁や階段で足を踏み外したら大惨事になるとは思わないのか?」
言っている事は分かる。
けど、そんなヘマをする気はない。
私は参考書を閉じて彼を見上げた。
「大丈夫です。
そういうアーベンスロット公爵令息様も気を付けてくださいね。それでは、急ぎますので」
私が参考書を開きなおして歩き出すと、彼も隣をついて来る。
しかも、先程から掴んだままの腕を離そうとしない。
私は彼にギロリと目を向けた。
「いや、危ないからな。
階段だけは掴んどいてやる」
その言い方じゃ、私が掴んで欲しいとでも言ったかの様に聞こえる。
するとまた、外野がザワザワとうるさくなった。
「今の聞いた!?
虫女がアーベンスロット様にエスコートしろって命令したわ!」
「なんて厚かましい女なのかしら。
アンタにお似合いなのは虫なんだから、虫にエスコートして貰えばいいのよ!」
「え?・・・でもそれはそれで無理じゃない?
虫が潰れちゃうわよ」
「キャハっ!確かにそうね!
じゃあ虫女には、誰もなしって事で良いんじゃない?」
・・・盛り上がっているところ悪いが、彼が勝手にしているのだ。私が頼んだ訳ではない。
(けど、今の声は彼にも聞こえたはず。
であれば、恥ずかしくなって腕を離すんじゃない?)
私は初めて、でかい声で話す彼女達に感謝をした。
・・・けれど、これで急に離したとしたら、アーベンスロット公爵令息は、人から言われた事に敏感に反応してしまう、小物感漂う人なのだと他者から思われるかもしれない。それを想定すると逆に腕を離しにくいだろう。
これは、彼の沽券にかかわる問題だと確信した私は、離しやすい様に参考書を持つ手に力を入れて引っ張った。
ーーーだが、なかなか離れない。
何度かトライしていると、逆に掴まれる力が強くなった。
「階段を登ったら離してやるって言ったろ?
嫌だったら、本を閉じろ」
その言い方に釈然としない私は、面倒臭くなり本に目を落としたのだった。
そして、すぐに集中出来るのが自分の長所である。
彼の事はすぐさま忘れ去ったのであった。
私は自分の席に着くと参考書を机に置き、教科書をカバンから取り出した。
「やぁ、キティ嬢。おはよう!
それにしても、お友達と一緒に来るなんて微笑ましいね」
「おはようございます、ベリック様。
いいえ?私は一人ですが」
すると、彼はクラスの扉を指差した。
目をやると、アーベンスロット公爵令息の後ろ姿が一瞬見えたのだ。
(・・・なんで、彼がうちのクラスに?)
首を傾げる私に、ベリックが教えてくれた。
「お友達と腕組んで入って来たでしょ?
仲がいいって素晴らしいね」
確かに、階段で腕を掴まれたが、彼は登ったら離すと言っていたはずだ。
(・・・わざわざ送ってくれたってこと?)
叩きのめそうとしている相手に塩を送るとは・・・。
面倒臭い人だけど、やはり人格者なのだと感じたのであった。
(さぁ、アーベンスロット公爵令息様。
ーーー今こそ、尋常に勝負よ!)
こうして、幕は開かれたのである。




