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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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8

あれから数日が経ち、今日は試験日となった。

空は快晴、体調も気合いも十分な私は、朝食を頬張る。


すると、情報誌を見ていた父が何の前触れもなく、パサっと閉じて満面の笑みを浮かべていた。

それに思わず身構えたのは言うまでもない。


「キティ!ちゃんと婚約は受理されたよ!おめでとう!」


「やったわね、キティちゃん!

さぁ、早速結婚式の準備をしなくっちゃ!

やっぱり会場は、王都で一番有名な伝統がある場所を押さえましょうね」


母の言葉で、食べていたベーコンにむせた。


ゴホゴホと咳き込む私に、心配そうな表情を向けているが、そうじゃない。


原因を持ち出した元凶に背中をさすられると、余計に詰まりそうだ。


「ーーゴホっ。ーーーあの、結婚式って、まだ婚約したばかりですが!?」


背をさする手を止めた母が席に着いた。


「だって、私とアレクも学生の時に結婚したのよ?

燃え上がる愛の炎は誰にも止められないでしょう?」


「だからって、私達をそれに巻き込まないで下さい。

私達には、私達のペースってものがあるのです」


「・・・そう?

けれど、良い式場は予約しないと埋まってしまうわ。

そんなに言うのなら、サイラスさんといつ結婚するのかを決めて教えて頂戴」


「・・・今日から試験なんで、落ち着いてから確認します」


すると、スクランブルエッグをつついていた父が口を開いた。


「試験を気に掛けるなんて、珍しいね?」


「はい。負けられない戦いがあるのです」


私は、牛乳を一気に飲み干してコップをコトリと置いた。


(叩きのめすとまで言われたのだ。黙ってやられるつもりは毛頭無い。

・・・こちらが叩きのめしてやる)


ふふふふっと笑う私に、父母はギョッとしていたが、それが私の目に映る事はなかった。


(待ってなさい!返り討ちにしてくれるわ!)


その意気込みと共に馬車に乗り込んだ私の脳内でゴングが鳴った。


試験は既に始まっているも同然、私は参考書を取り出して忘れそうな部分を頭に叩き込む。


「お嬢様、学園に到着致しました」


参考書を片手に馬車から降りた私は、視線を本へと戻した。


もちろん、歩きながらは危ないと知っているが、今が正念場だ。


みんなが私を避けると仮定して、歩き続ける。

それに前を見なくても、毎日通い慣れた道の為、自然に足が目的地へと向かっていた。


(ーーーこの数字が覚えにくいのよね。

なんか良い語呂合わせはないかな?)


唸りながら考えていると、バサっとした音と共に、いきなり顔と参考書の距離がゼロになった。


(・・・顔が、痛い)


どうやら、壁にぶつかったらしい。


顔から本を離そうと押しやると、壁が動いた。


(あれ?・・・動く壁なんてあったかな?)


けれど、そんな事を気にしている時間はない。

私はそのまま参考書を読みながらスタスタと歩き出したのだ。


「おい!ちょっと待て」


聞き覚えのある声だったが、名前を呼ばれた訳ではない。

だからきっと、私ではないだろうと思い、そのまま振り返る事もせずに階段へ足を掛けた時、誰かに腕を掴まれた。


「待てと言っただろう?」


すると、参考書からはみ出して見えたのは彼の顔だった。


「おはようございます。アーベンスロット公爵令息様。

今日は、お互い全力を尽くせる様に頑張りましょう。それでは」


「違うだろ!たった今、ぶつかって来た事に対しては何もないのか!?」


(・・・なんだ、壁じゃなかったのか)


「申し訳ありません。

しかしお言葉を返す様ですが、見たところ貴方様も参考書をお持ちのよう。

私だけが悪い訳ではないと思います。

現に、貴方様以外の人は、皆避けてくれましたから」


「確かにそうだが、そうじゃない!

ぶつかったのが僕だったからよかった様なもの。

壁や階段で足を踏み外したら大惨事になるとは思わないのか?」


言っている事は分かる。

けど、そんなヘマをする気はない。


私は参考書を閉じて彼を見上げた。


「大丈夫です。

そういうアーベンスロット公爵令息様も気を付けてくださいね。それでは、急ぎますので」


私が参考書を開きなおして歩き出すと、彼も隣をついて来る。


しかも、先程から掴んだままの腕を離そうとしない。


私は彼にギロリと目を向けた。


「いや、危ないからな。

階段だけは掴んどいてやる」


その言い方じゃ、私が掴んで欲しいとでも言ったかの様に聞こえる。

するとまた、外野がザワザワとうるさくなった。


「今の聞いた!?

虫女がアーベンスロット様にエスコートしろって命令したわ!」


「なんて厚かましい女なのかしら。

アンタにお似合いなのは虫なんだから、虫にエスコートして貰えばいいのよ!」


「え?・・・でもそれはそれで無理じゃない?

虫が潰れちゃうわよ」


「キャハっ!確かにそうね!

じゃあ虫女には、誰もなしって事で良いんじゃない?」


・・・盛り上がっているところ悪いが、彼が勝手にしているのだ。私が頼んだ訳ではない。


(けど、今の声は彼にも聞こえたはず。

であれば、恥ずかしくなって腕を離すんじゃない?)


私は初めて、でかい声で話す彼女達に感謝をした。


・・・けれど、これで急に離したとしたら、アーベンスロット公爵令息は、人から言われた事に敏感に反応してしまう、小物感漂う人なのだと他者から思われるかもしれない。それを想定すると逆に腕を離しにくいだろう。


これは、彼の沽券にかかわる問題だと確信した私は、離しやすい様に参考書を持つ手に力を入れて引っ張った。


ーーーだが、なかなか離れない。

何度かトライしていると、逆に掴まれる力が強くなった。


「階段を登ったら離してやるって言ったろ?

嫌だったら、本を閉じろ」


その言い方に釈然としない私は、面倒臭くなり本に目を落としたのだった。


そして、すぐに集中出来るのが自分の長所である。

彼の事はすぐさま忘れ去ったのであった。


私は自分の席に着くと参考書を机に置き、教科書をカバンから取り出した。


「やぁ、キティ嬢。おはよう!

それにしても、お友達と一緒に来るなんて微笑ましいね」


「おはようございます、ベリック様。

いいえ?私は一人ですが」


すると、彼はクラスの扉を指差した。

目をやると、アーベンスロット公爵令息の後ろ姿が一瞬見えたのだ。


(・・・なんで、彼がうちのクラスに?)


首を傾げる私に、ベリックが教えてくれた。


「お友達と腕組んで入って来たでしょ?

仲がいいって素晴らしいね」


確かに、階段で腕を掴まれたが、彼は登ったら離すと言っていたはずだ。


(・・・わざわざ送ってくれたってこと?)


叩きのめそうとしている相手に塩を送るとは・・・。

面倒臭い人だけど、やはり人格者なのだと感じたのであった。


(さぁ、アーベンスロット公爵令息様。

ーーー今こそ、尋常に勝負よ!)


こうして、幕は開かれたのである。


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