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(さぁ、屋敷探検に行くわよ)
でも本当は、屋敷の前にある庭園で虫探しをさせてもらいたいところだが、それを言ったら、また怒り出すに決まっている。
だから私は、火に油を注がない為にも全意識を屋敷に向けた。
庭園の誘惑にも打ち勝ち、何とかエントランスへ着いた私は、その格式高い門を見上げた。
(・・・すごい。なんて繊細で綺麗なんだろう)
銀細工で描かれている模様は、綿密に計算し尽くされている。
(・・・これが黄金比というものなのだろうか)
すると、なかなか門から離れない私に痺れを切らした彼の面倒臭そうな声が響いた。
「そろそろ行けるか?」
(あ!いけない)
これからが真骨頂だというのに、入り口で捕まっている場合ではない。
「はい。失礼致しました」
彼の後ろへ続いて門を通り抜けると、両開きの大きな扉が目の前に立ちはだかった。
これまた、彫刻されている模様の美しさや正確さに目を惹かれるが、同じ過ちを犯さないのが私だ。
これでもかと目を見開き、脳に焼き付ける。
そうなると、このメガネが少し邪魔だが致し方ない。
扉をくぐるとそこには、大きな玄関ホールが広がっていた。
上階まで突き抜ける吹き抜けが印象的な空間に、思わず息を呑む。
そして高い天井から吊るされているシャンデリアは、荘厳で美しく、その歴史の長さを感じさせてくれた。
感嘆に暮れていると、両脇にある階段の右側を登り始めた彼が振り返った。
「時間が押しているから急ごう」
いけない。またしても急かされてしまった。
私は早く歩きながら、メガネのおかげで外からは見えないのをいい事に、視線だけをキョロキョロと動かしたのだ。
すると、視線を忙しなく動かしていた私は、急に立ち止まった彼に気付かずに背中へとぶつかってしまった。
「あっ!ごめんなさい。
前方不注意でした」
「いや、大丈夫だ。
それより、怪我はないか?」
少し鼻が痛いが、大した事はない。
「はい、大丈夫です」
彼が部屋の扉を開けると、使用人がずらっと並んでいる。
思わず口を開けてしまった私には気付かずに、彼は部屋の中へと入って行った。
「待たせて悪いな。では、始めて欲しい」
すると使用人達が私に群がり、あれよあれよと衝立の後ろへと連れて行かれた。
(・・・なんか、蟻の餌になった気分だわ)
そしてこれがまた、蟻の様に役割分担をしていて手際が良い。
統率の取れた団体行動に、なんだか興味を惹かれてしまった。
「サイラス様、採寸完了致しました!」
「ああ、ありがとう。下がっていいぞ」
すると、テキパキとした動きで使用人達が部屋から出て行った。
採寸時間は、正味20分程だろうか。
(な・・・なんて速さなの?)
私が目を白黒させていると、衝立の向こうから声がした。
「準備は大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
私は衝立から出ると、ティーテーブルにはお茶とお菓子が準備されている。
(え?・・・いつの間に?)
驚かされてばかりいる私は、既に席に着いてお茶を飲んでいる彼を見つめると、座る様に促してきた。
私も腰掛けてお茶を一口飲むと、豊かな香りが口いっぱいに広がる。
適正温度で淹れてある紅茶にも感嘆した。
「アーベンスロット公爵令息様。
こちらには、とても有能で素晴らしい使用人達が大勢いるのですね」
「まぁな。君の憶測は覆せただろう?」
「ええ、とても驚きました。
まさか、こんなに早く終わるとは思いませんでしたので」
彼はお茶に口をつけ、ニヤリと笑った。
「そうか、予想を越える事が出来て嬉しいよ。
それと、デザインの希望はあるか?
ないなら、こちらで決めてしまうが」
「はい。デザインも色も希望はありません。
是非、よろしくお願いします」
私は、一口サイズのアーモンドフロランタンを口に入れた。
程よい甘さと、ナッツの香ばしさに手が止まらなくなる。
何個もパクパクと食べていると、彼と目が合った。
そして、何の前触れもなく問い掛けてきたのだ。
「・・・さっき言ってくれた言葉、あれはなんだったんだ?」
「さっきとは、何の件でしょうか?」
「いや。だからさっき、馬車で言っただろう?
その・・・真の価値の話だよ」
彼はテーブルに手を置いて、真剣に見つめてきた。
その顔には、気迫を感じる。
私はさっきの話を思い出しながら口を動かした。
「・・・うちもそうですが、アーベンスロット公爵家があるのは、ご両親、延いては、ご先祖様が代々教え守り抜いてきた習慣や教訓があるからだと思うのです。
そう考えると真の価値とは、物や名誉ではなく、それを後世に繋げていこうとする想い。
それ即ち、人に息づくものだと思ったのですよ。
・・・それにこのお屋敷だって、アーベンスロット公爵家の方達が代々管理してきたからこそ、存続し続けている歴史遺産ではないですか」
私は、アーモンドフロランタンをもう一口放り込んだ。
やっぱり、すごく美味しい。
モグモグと味わっていると、彼の様子が変な事に気付いた。
私を見ては、こめかみを抑えて考えたり、私を見ては、頭を抱えたりと、以下同文。
要するに変なのだ。
「アーベンスロット公爵令息様?
私の回答は間違えていましたか?」
「・・・いいや、すごく良く分かった。
礼を言う、ありがとう」
こんなしおらしい彼は初めてである。
「そうですか。
お役に立てたのなら良かったです」
そうして、また一口お菓子を放り込んだのだ。
予定よりも早く帰宅できる事になった私は、これからの事を考えた。
(急げば、虫観察が出来るんじゃない?)
ルンルン気分で階段を下りていると、彼が振り返った。
「メリーウェザー嬢。
良ければ、うちの庭を見ていくか?」
思ってもみない提案に、私の目が見開いた。
「え?いいんですか?」
「ああ、案内しよう」
ーーーそうして連れて来られたのは、甘くフローラルな香りが漂う百合が花咲く庭園だった。
目をやると種類別に分けられ、きちんと整備されている。
私は葉や蕾、花弁を見た。
(ーーーけれど、やっぱりいない)
庭師がとても丁寧に管理しているのだろう。
百合に寄生する虫が全く見当たらない。
少し残念な思いを抱えながら下を向くと、私の大好きな蟻がいた。
(この子達は余程の事がない限り、何処にでもいるのよね)
ジッと見つめていると、いつの間にかしゃがみ込んでいたのだ。
とその時ハッとした。
(彼もいたんだっけ?)
蟻から目を離して周りを確認すると、私の隣にしゃがみ込む彼の横顔が目に入った。
目線からすると、私同様に蟻を目で追っている。
(あれ?・・・なんだろう。何だか懐かしい感じがする・・・)
私は自分の胸を押さえた。
だが、全く身に覚えはない。
(・・・何でそんな事を思ったの?私)
すると、その様子に気付いた彼が口を開いた。
「・・・蟻をこんなにじっくりと見たのは、子供の時以来だ」
「・・・そうですか。
それはとても勿体無い事をしましたね」
すると蟻から視線を外した彼は私を見た。
「なんでだ?」
私は蟻に視線を向けたまま、蟻の素晴らしさを語った。
「ーーーとまぁ、魅力溢れる生物なのです。
それに知っていますか?
蟻の種類によっては、自分達で食べ物を作る種もいるのですよ?
それは人でいう農業と同じです。
種族は違えど、学び得られるものが多岐にある事を彼等は教えてくれるのです」
「・・・そうか。
君は本当に勤勉で、とても素晴らしい考えの持ち主だったんだな。僕は心から君を尊敬ーーー「けれど実際は、蟻が好きで癒されるから見ているだけなんですけどね」」
私は餌を持った蟻が巣に入るのを見届けた。
(・・・けど、なんだろう。
隣から、もの凄い圧を感じる)
すると、彼がスクッと立ち上がった。
「メリーウェザー嬢。
来週からは試験だ。
必ず、叩きのめしてやるから覚悟するんだな」
・・・え?また面倒臭い魔王が出てきている。
(それにしても、さっきは蟻の事に共感を示していたのに、この変わり様が理解できない)
私は、蟻に別れを告げてから立ち上がった。
「ええ。約束した以上、私も最善を尽くします」
こうして、初めてのお宅訪問は終わりを告げたのだった。




