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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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どんなに面倒でも、嫌な事があっても、毎日朝はやってくる。


普通であれば、新しい1日に心踊る人が大半だろう。


ーーーだけど、今日の私は違う。


全くといって仲も良くない、下手したら、まともに話した事さえない人のお宅へとお邪魔するのだ。


しかも服の採寸という、かなり個人的な内容で。


いつもの様に準備をしてもらった私が馬車へ乗り込もうとした時に、父がやって来た。


「キティ、気を付けて行っておいで。

サイラス君にもよろしくね。

それと、婚約証書は今日出しておくから安心するといい」


キラキラした笑顔を見ると、何故か腹立たしさを感じてしまう。


「ーーー分かりました。では、行って参ります」


そう言い残して、メガネのフレームを指で押し上げたと同時に乗り込んだのだ。




ーーー学園へ着いた私は、教室へ向かった。

すると、クラスの入り口に彼がいたのだ。


「おはようございます。

アーベンスロット公爵令息様」


振り返って私を見た彼は、ゲンナリしている。


(・・・本当に失礼な男だ)


そして気を取り直した様で、淡々と話し始めた。


「おはよう、メリーウェザー嬢。

聞いていると思うが、ドレスの採寸があるらしい。

放課後迎えに来るから、勝手に居なくならない様に」


最後の言葉に、色々と溜まっていた私は、カチンときてしまった。


「お言葉ですが、そんなに念を押さなくても大丈夫です。

子供ではないのですから」


「いいや、気が付けば虫ばかり追いかけている君だ。

興味の対象が目の前に現れれば、フラフラと何処かへ行くのは当然必至の事だと思うが?」


(・・・確かに。

今、目の前にナナフシが現れたら、何を置いても追いかけるだろう)


良いところを突いてきた彼に完敗した私は、訂正した。


「そうですね。貴方様が正しいと思います。

では、また放課後に」


そうして私は、彼の横を通り抜けたのだ。

そんな彼が目を丸くして、私を見ている事にも気付かずに。




席に着いた私は、今日の事を考えた。


ドレスは何でも良い。

けれど、ある程度のパターンを考えておかなければ、相当な時間を要する気がする。


前回、顔合わせの時に作ってくれたドレスは、父と母が何日も掛けて準備したのだ。


私のサイズを知り尽くしている母だからこそ、微調整をする手間が無かったのだが、他家であればそうはいかない。

都度呼び出される事になるのは、火を見るより明らかだ。


(それ即(すなわ)ち、研究時間が減る)


「おはよう、キティ嬢!

・・・おや?考え事かな?」


その言葉に横を向くと、ベリックがいた。


「はい。少し難しい事がありまして」


「へぇ?それは珍しいね。

あ!そうだ!今日の放課後、また虫取りに付き合ってくれない?」


(・・・なんて魅力的なお誘い)


けど、今日はどうしたって無理だ。


私は、ドレスなんてどうでも良い事に時間を割かなきゃいけない自分の境遇を呪った。


「ーーーとてもとても行きたいのは山々なんですが、今日の放課後は予定があるんです」


「そっか!じゃあ僕一人で行ってくるよ。

因みにさ、毛虫は何処にいるの?」


私はベリックに、毛虫が好む植物と場所を教えたのだった。


それからは授業を終え、短いけど楽しいお昼休みを研究室で過ごし、あっという間に放課後となった。


私が教室で待っていると、彼がやって来たのだ。


「待たせたな。じゃあ、早速行こう」


そう言って、馬車停まで歩き出したのだが、周りからザワザワと聞こえる。


「ねぇ!ちょっとちょっと!あれ見てよ!!

なんで、二人で歩いてんのよ!」


「そんな事言われても、私は知らないわよ。

て言うか、虫女がストーキング中なんでしょ?」


「えー!?じゃあ私もストーキングする!」


「止めなって!アンタも、ああなりたくはないでしょう?」


「・・・確かに、そうね。

よく心が折れないものだわ」


(・・・本当に。

こんなどうでも良い事で振り回されている私の心は、もう既に折れそうだ)


すると、すぐ横から声がしたのだ。


「サイラス様ー!

今日はもう帰っちゃうんですか?

暇なら、私とお喋りしましょうよ!」


ーーー出た!


急に出て来た幽霊にビックリして足を止めた私に構わず、彼はどんどん進んで行く。


(いけない。置いていかれる)


私は、彼の後ろにピッタリとくっついている幽霊を見ない様にして、少し離れて続いたのであった。


馬車停が見えると、ずっと話しかけていた幽霊は、別れの挨拶をして消えて行った。


・・・もしかしたら、学園からは出られないのかもしれない。


彼が先に馬車に乗り込み、私をエスコートしてくれた。


向かいの席に座ると、馬車が動き出す。


彼は窓に目を向けていて、一言も話す気配はない。

通常であればそれで良しなのだが、今日は違った。


「アーベンスロット公爵令息様。

・・・身体がだるかったり、気分が良くない事はありませんか?」


すると、彼の白金の髪より少し青みがかった瞳をこちらへ向けた。


「別に何もないが・・・。

だが強いて言えば、今のこの時間に思う事はある」


「それはお互い様です。

私だって、来たくて来たんじゃありません」


すると、その言葉が気に入らないのだろう。

すごく怖い顔をしている。


(それにしても、自分が初めに言い出したくせに、本当に勝手だ)


「僕は別に、この時間が嫌だとは言っていない。

ただ、勉強時間が減るのが嫌なんだ」


「私も、研究時間を犠牲にしてまで来ているのです。

それこそ、お互い様でしょう?」


すると彼は、私をギロリと見つめた。


「まさかとは思うが、賭けは忘れてないよな?」


「ええ。昨日は久しぶりに勉強をしました」


「・・・それは、嫌味か?」


眉を寄せた彼に告げる。


「いいえ。

実は昨日見たんです。図書室で勉強をしていましたよね?

頑張っている姿に、とても感心しました。

だから私も頑張ったのです」


「・・・君が、僕を見て?」


「はい。

私、頑張っている人が好きなんです」


「・・・声を掛けてくれても良かったのに」


「頑張っている方の邪魔は出来ませんから」


すると、フッと頬を緩めた彼は『そうか』と呟いた。

その笑顔は、先日見せてくれた優しい笑みに似ていた。


すると馬車は曲がり門をくぐる。

御者の後ろ姿の先に映ったのは、大きな由緒ある屋敷だった。


「とても素敵なお屋敷ですね」


「そうか?

ただの古い建物だと思うがな」


「いえいえ、アーベンスロット公爵家のお屋敷は、歴史ある建造物だと聞いております。

きっと、修繕もこまめに行(おこな)っているはず。

歴史的価値としたら、相当なモノだと思いますよ。

これは、後世に残さなくてはならない物の一つですね」


熱く語った私を見つめる瞳が驚いていた。


「・・・君は、虫以外にも興味があるのか?」


「これは常識の範囲ですので、知っていて当たり前の事です。

ですが、初めて拝見できる事は少しだけ楽しみですね」


ここに来る事に嫌気が差していた私は、打開策を見つけたのだ。

どうせ行くしかないのなら、楽しみを見出さないと希望がない。

だから私は、屋敷の見学を視野に入れてやって来たのだ。


だって外観は、遠くから頑張って見れたとしても、屋内はそうはいかない。

それはもちろん、家主の許可が必要だからだ。


一人、気分良く近付いてくる屋敷を眺めていると、彼が静かに口を開いた。


「やはり君は、才女なのだな。

今まで、この屋敷の真の価値を知る人はいなかったよ」


なんで、そんな寂しそうな顔をしているのだろうか。


「・・・真の価値。

本当にそうでしょうか?

確かに、アーベンスロット公爵家は、地位や名誉、財産など、目に見えるものがいっぱいありますが、その真髄はアーベンスロット公爵令息、貴方様の中にあるのではないですか?」


「ーーー君は、いったいーーー」


その時、馬車が停車した。


「サイラス様、到着致しました」


窓から顔を出した御者が告げ、彼は馬車を降りた。


「・・・メリーウェザー嬢。お手をどうぞ」


私は、ずれ落ちてきたメガネを押し上げてから、その手に自分の手を重ねたのであった。


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