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(どこの祈祷師が有名かな?)
と、頭の中で模索していると、彼が口を開いた。
「それと、君はダンスはできるか?」
いきなり話が変わった事に眉を顰めてしまう。
「・・・はい、嗜む程度ですが。それが何か?」
「実は、舞踏会の招待状が来たんだ。
婚約者同伴だから、よろしく頼む。
詳しい日時は追って連絡するよ」
それを聞いた時に思い出した。
彼は高位貴族だったのだと。
舞踏会や晩餐会、夜会や社交界など様々な行事に連れ回される事になるのだ。
(・・・これは盲点だった。もしかしたら、早まったのかもしれない)
「・・・この婚約、なかった事にしませんか?」
すると、ギロリと怪物をも殺せそうな魔王の目を私に向けて淡々と話してきた。
「は?寝言は寝てから言ってくれ。
じゃあ伝えたからな」
「ーーーあ、はい」
彼はそのまま背を向け帰って行った。
(・・・はぁ。やっぱりキャンセルできないのかな)
手元の婚約証書を眺めていると悪魔が囁いた。
(まだ記入していないし、このまま放置でいいんじゃない?)
すると背を向けていた彼が急に振り返ったのだ。
「・・・いいか?
その婚約証書にちゃんと記入しろよ?
でないと、一生君の邪魔をし続けるからな」
そう言って、今度は本当に帰って行った。
(・・・えっ?今、脅されたよね?)
今の言葉を要約すると、彼は更に面倒な奴になって私の研究時間を脅かすと言ったのだ。
そんな事、断じてあってはならない。
生きがいが奪われたら、何を楽しみに生きればいいのか・・・。
そう思うと身震いがした。
無意識に握り締めてしまって、グシャグシャになった婚約証書の皺を伸ばした私は、丁寧に鞄へとしまったのである。
すると、その様子を見ていたベリックが口を開いた。
「なんか、顔色が悪いけど平気?
今日の採集はやめようか?」
「いいえ、大丈夫です。
ではベリック様、行きましょうか?」
こんな時だからこそ、虫達に癒してもらわないと!
私は意気込んで、ベリックを案内したのだった。
ーーーその頃のサイラスは・・・
別棟からクラスへと帰る為、渡り廊下を通っていた。
婚約証書に記入するように釘は刺したが、ちゃんと確認しないとまずいな。
それに親に伝えた以上、今更なかった事にはできない。
(今度、記入したのかを確認するか)
そして、角を曲がるとAクラスが見えた。
(よし!勝負の件もあるし、図書室で勉強しよう)
「サイラス様!私を置いて行っちゃうなんて酷いです!ずっと探してたんですよ?」
僕は席にあるカバンに教科書をしまい歩き出した。
(とりあえず、静かなところで集中したい)
そう思うと、自然と足が速くなる。
「サイラス様ー!また図書室ですか!?
私、図書室には入れないんですよ!
ちょっとー、待ってくださーい!」
僕は図書室の扉をくぐり抜けた。
書物の匂いを胸いっぱいに吸い込むと落ち着く。
(次こそは彼女に勝ってやる)
そう意気込んで鞄から教科書とノート、ペンを取り出したのだった。
ーーーその一方、颯爽と研究室から出たキティは、中庭に来ていた。
湿った土を好むミミズは、落ち葉の下や、木陰の土を掘り返すと見つける事ができる。
だが今日は雨が降ったからだろう。ミミズが土の上へと出てきていた。
「ベリック様?ミミズが出てきていますね。
私はここで虫の観察をしているので、採集をしてください」
私はそう言い置き、しゃがみ込んだ。
今日の予定は、再生力のあるナナフシの研究をしたかったのだが、癒されたいと思っている私の目は、どうしても蟻に向いてしまう。
雨も止み、蟻の活動も盛んになっていた。
そして余談だが、アリの巣は雨でも水没しにくい。
元々、水捌けの良い土に巣を作る彼らは、事前に雨を察知して、入り口を塞いだり、盛り土をしたりしているのだ。
私が働き蟻を目で追っていると、ベリックの採集が終わったようで、声を掛けられた。
「キティ嬢、ありがとう。
採集は終わったよ!これで餌は大丈夫かな」
私はスカートの裾を押さえて立ち上がった。
「毛虫も採集しますか?」
「いや、これだけあれば大丈夫だよ。
付き合ってくれてありがとう」
「いいえ、では私はもう少し観察してから帰りますので」
ベリックを見送った私は、ナナフシがいそうな雑木林を探した。
すると、幽霊の彼女が横を通り過ぎて行ったのだ。
思わずヒュッと息を呑む。
「サイラス様は、私が入れない図書室に行っちゃうし、どーすればいいのよ!
・・・終わるまで待ってようかな?
うーん、けど、うざがられたら嫌だし、どーしよう?」
(・・・これは、大きな独り言なのだろうか)
幽霊だから他の人には聞こえないと知っていて話しているのかもしれない。
だから私も聞こえないフリ、見えないフリをする為に、蟻の巣を眺めたのであった。
しばらくブツクサと何かを呟いていた彼女は、気が付いたらいなくなっていた。
(蟻に集中し過ぎて時間を忘れてしまった・・・)
空を見上げると茜色の空に、黒い雲が波打っている。
(もしかしたら、また一雨あるかもしれない)
私は立ち上がり、ズレたメガネを掛け直した。
研究室に荷物を置いてあるので取りに行かなければならない。
渡り廊下を歩いているとポツポツと雨が降り始めた。
それは次第に強くなり、ザァザァと音を鳴らしている。
研究室の扉を開けると、ベリックは帰ったあとだった。
私も片付けてから戸締りをして部屋を出る。
鍵を返却する為に、図書室の横にある鍵保管庫へと向かった。
ピカッと光り、雷が鳴り始めた廊下を急ぐ。
図書室に入った私は、本棚の隙間を縫う様に進み、奥の小部屋を目指した。
そこが鍵保管庫となっているのだ。
小さなボックスを開けて鍵を返した私は、一息ついた。
(これで良し)
そのまま図書室を出ようとしたら、窓際に見知った白金色の髪が目に入ったのだ。
雷と雨が映る一面ガラス張りのカウンター席で、彼が勉強をしていた。
外の様子など気にする事なく没頭している姿は、まさに、鬼気迫るものを感じる。
(・・・そうだった。テストで勝負をしていたんだっけ)
彼が熱心に勉強をする姿に触発された私は、彼に声をかける事はせずに、一旦教室へ行った。
机の中にある教科書を持ち帰る為だ。
(・・・これで全部かな?)
久しぶりにパンパンでズッシリと重い鞄を持って、馬車停に向かったのだった。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
使用人が馬車までエスコートしてくれる。
そして、ゴトゴトと走り出した馬車の窓から流れる景色を眺めた。
(彼は、本当に勉強が好きなんだな・・・)
一生懸命に取り組む姿勢には好感が持てる。
今まで、やっかみで執念深く絡んで来たのだと思っていたが、そうではないのかもしれない。
ーーーそう考えているキティは、本当の意味でサイラスを認識したのだった。
そうして、馬車で揺られる事数十分。
やる気に満ちていた私は、早速教科書を広げた。
研究もそうだが、一度スイッチが入ると周りの音が聞こえなくなるのだ。
【カキカキ カキカキ】
すると、ノートがどこかへ行ってしまった。
驚いた私は視線を上げると、母の顔が目の前にあったのだ。
「キティちゃん!何回呼んだと思っているの?
集中するのも良いけれど、ご飯を食べて支度してからにしなさい!」
卓上の時計を見ると、9時を回っていた。
「ごめんなさい、お母様。すぐに行きます」
私は、机の上を片付け始めた。
すると、婚約証書が出てきたのである。
(これにサインしないといけないわね。でないと、地獄を見る羽目になる)
私は署名をして、書類を持って部屋を出た。
食事をする部屋は、家族三人で食べるのにはちょうど良い広さなのだが、貴族としたら狭くて質素だと思われてしまう内装だ。
家は成金だから裕福ではあるが、調度品にお金をかける事はしない。
もちろん、応接室を除いてだ。
いざという時はバーンと使うが(顔合わせのドレスがそうだ)しかし、それ以外はかなり倹約的なのである。
・・・よく言うと堅実だ。
そして出てくる料理も、残して当たり前のフルコースではない。
一人一人が食べ切れる量しか出さないのだ。
けど、私はそれを気に入っている。
食べ物は命だ。それを粗末にする事なんて出来ない。
そうして今日も、ワンプレートのご飯を食べていると、父が口を開いた。
「婚約証書は書いてもらったかい?」
私はナプキンで口を拭った。
「はい。後で渡そうと思って持ってきました。
今渡しても大丈夫ですか?」
「そうだね、もらおうか。
近日中に提出してくるよ」
私はそのまま父に書類を渡した。
すると、母が話し始めた。
「そうそうキティちゃん?
アーベンスロット様から舞踏会のお知らせを頂いたのよ。
キティちゃんは、サイラスさんとパートナーとして参加する事になったから、よろしくね!」
「はい。今日言われたので知っています。
けど今の言い方だと、お母様達も出席するのですか?」
それには父が答えてくれた。
「ああ、私達は仕事で参加するんだよ。だから、キティはサイラス君と向かいなさい。
それと、ドレスはあちらが用意すると言っていたから、明日、アーベンスロット家へ採寸に行っておいで」
・・・また急に、何を言い出したかと思うと、お宅訪問しろと?しかも、一人で。
「お父様?あまりに急ではありませんか?
彼からは、採寸の件は聞いておりませんが」
「今頃あちらもサイラス君に話しているんじゃないかな?
だから明日は、サイラス君の馬車に乗って行ってくるんだよ」
父が笑顔を深めた瞬間、これは決定事項なのだと察した。
「・・・分かりました」
「うん。楽しんでおいで」
全く気が乗らない訪問にため息が出そうだ。
(ドレスなんて何でも良いから、私の研究時間を奪わないでほしい)
私は嫌いなグリーンピースをフォークに刺すと、黙って口に放り込んだのであった。




