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学園の馬車停へと着いた私は、使用人のエスコートで馬車を降りた。
ここは屋内の為、傘が不要なのは助かる。
「お嬢様、行ってらっしゃいませ」
その声を背に鞄を握りしめて歩き出した。
毎朝、寄り道をせずに自分のクラスへ行くのだが、今日は彼のクラスへと向かう。
面倒な書類を早く片付けなくてはならないからだ。
階段を登り、普段は通り過ぎるだけのAクラスの前に着いた私は中を覗いてみた。
だが、彼はまだ来ていないようである。
(面倒だけど、また昼休みに出直そう)
そう思い、自分のクラスへと歩き出したのだった。
そしてDクラスへ入り、自分の席に着く。
すると隣から声を掛けられた。
「キティ嬢、おはよう」
「おはようございます、ベリック様」
彼は私の研究仲間のベリック・ガーランド様だ。
彼は虫ではなく、鳥の研究をしている。
虫と鳥は、被食者と捕食者という密接な関係にある為、私達の研究にも通ずるものがあるのだ。
「今日は、いつもより遅かったんだね」
ベリックの優しそうな黄色い瞳が弧を描いた。
「ええ。
Aクラスに寄って来たので、遅れてしまいました」
「へぇ、Aクラスに知り合いがいるの?」
「知り合いというか・・・まぁ、そんな感じです」
するとベリックは『友達が多いのは良い事だね!』と笑顔で言った。
その言葉を聞いた瞬間、気付いたのだ。
(・・・私、友達いないかも)
だってベリックは、友達というより志が同じ仲間という認識だ。
(今まで考えた事がなかったけれど、友達って何をするんだろう?)
と、思考の渦の入り口に立った時に思い留まった。
今まで友達がいなくて不便をした事はない。
という事は、これから先も必要ないという事だ。
(・・・いけない、無駄に考える時間を取られるところだった)
それから暫くして、先生がやって来ると早速授業が始まったのである。
そして雨も上がり、若葉の水滴がポタリと落ちるのを見届けた瞬間、お昼休みの鐘が鳴った。
私は面倒臭いと思いながらも、婚約証書を片手に立ち上がる。
「あれ?今日は研究室へ行かないの?」
「用事があるので終わり次第、向かいます」
「そっか。
じゃあ、俺は先に行くね」
そう言って、ベリックはお弁当を片手に行ってしまった。
(いいなぁ・・・私も早く、研究したい)
私は婚約証書を握りしめて、よし!と気合を入れ直した。
さっさと終わらせる為に、Aクラスへと向かったのである。
早速クラスを覗いてみると彼がいた。
お昼休憩だというのに、黙々と勉強をしている。
そしてその横には、彼に話しかける女生徒がいた。
楽しそうに話しかけているのだが、彼が彼女に反応を示す事はない。
なんだか、異様な光景である。
すると他の生徒が私に気付いたのか、チラチラと見ながら囁いた。
「なんで、あの虫女がここに来てんの?」
「知らないわよ。
誰か知り合いでもいるんじゃない?」
「え!?あの虫女に知り合いなんているわけないって!
きっと、このクラスに迷い込んだ虫でも追って来たんじゃない?」
「キャハハっ!やっだ!何それ!?
ヤバすぎて笑えないって!」
聞こえないとでも思っているのか、デカい声で騒いでいる。
(・・・それに虫女って、ネーミングセンスと知性の欠片もない人達だ)
私がジッと彼を見つめていると、また騒ぎ出した。
「・・・ねぇ、アーベンスロット様を見てない?」
「そんな事ないわよ!だって、虫女が見つめて良い相手じゃないでしょ!」
「・・・だって・・・ま、まさか!?
虫からアーベンスロット様のストーカーになったんじゃない!?」
「だとしても、アーベンスロット様が、あんなダサい奴を相手にする訳ないわ」
(・・・なんで私が、彼のストーカーにならなきゃいけないんだ)
利害の一致がなければ、あんな面倒臭い人はお断りである。
すると、彼女達の大きな声に気付いた彼と目が合った。
それに加えて、彼に話しかけていた彼女もこちらを振り向いた。
彼が椅子を引いて立ち上がり、こちらへとやって来る。
・・・当然、彼女も一緒だ。
「メリーウェザー嬢、何か用か?」
彼は背を向けているから気付いていないが、クラス中の人達がこちらに注目していた。
「父から、この書類を記入するように頼まれました。
お願いできますか?」
そう言って、婚約証書を差し出す。
「・・・こんな所で書く物なのか?」
やっぱり私と同じ事を思ったようだ。
感性の一致は、この先の事を考えると重要である。
私の中で、彼への評価を少し上方修正したのだった。
「父が先例を作って来いとの事でした。
では、記入出来たら渡して下さい。
放課後は研究室におりますので。それでは」
(よし!用件は終わった!
これから、サクッとお弁当を食べて、楽しい楽しい、研究のお時間である)
私はクルッと反転して戻ろうとしたら、また彼に手を掴まれた。
(・・・この人、手を掴む癖でもあるのだろうか。
しかも昨日も感じたが、地味に痛い・・・)
「・・・なんですか?」
「いや・・・僕だけで書くのか?」
「あとで私も書きますが?」
すると、彼の隣にいる彼女が話し始めた。
「サイラス様!その人の手を握るのなら、私の手を握って下さい!」
恥じらいも外聞もなく、すごい事を言い出した彼女に、目が釘付けになる。
しかし、彼女のサファイア色の瞳には、彼しか映っていなかった。
けど、彼女の声は彼に聞こえていないのか、私の手を離すと『分かった。後ほど、研究室へ行く』と言い、自分の席へとスタスタ戻って行ってしまった。
気持ちを爆発させている彼女を置いて・・・。
だがすごい事に、彼女はめげずに彼を追いかけている。
(・・・・・。あ!
そうだ!研究!)
そして私がこの場から立ち去ろうとすると、周りからザワザワと聞こえてきた。
多分、私と彼の事を話しているのだろう。
(はぁ。・・・本当にくだらない)
私は、意識を研究の事へと切り替えて、その場を離れたのであった。
ーーー研究室は渡り廊下を渡った別棟にある。
距離がある為、急ぎ足で向かった。
そして研究室の扉を開けると、風に乗って薬品と書物の匂いがした。
私はそれを胸いっぱいに吸い込む。
(・・・はぁ。落ち着く)
その様子に気付いたベリックが声を掛けてきた。
「キティ嬢、遅かったね。
お昼休憩は、あと30分しかないよ」
私は壁掛け時計に目をやった。
「少し長引いてしまいまして。
・・・ベリック様は楽しそうですね」
「うん!やっぱり、鳥はいいよね。
空を自由に飛べるんだよ!
次生まれ変わるのなら、鳥になりたいな!」
そう言う彼は、鳥の資料を見ていた。
私はそれを横目に、急いでお弁当を食べながら、昆虫図鑑を開いた。
蟻の生態や習性は個人的に好きなので、研究というよりは趣味だ。
そして私の夢は、薬効がある虫を発見する事なのだ。
曽祖父が成した事を私もしたいのである。
それに、昆虫類は世界でもっとも多いとされている。
もちろん、植物類よりもだ。
もしかしたら、未知の薬効と出会えるかもしれない。
そう考えるだけで、ワクワクして堪らないのだ。
私の意識が図鑑に吸い込まれていると、何処からともなく【カーン カーン】と昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。
集中し過ぎていた為に、お弁当が半分しか食べ終わっていない。
「キティ嬢、早く行かないと授業に遅れてしまうよ」
横を見ると、いつの間にか準備を終わらせていたベリックがいた。
「すぐに行くので、先に戻っていて下さい」
私はそう言い置き、お弁当を掻き込んだ。
淑女として、あるまじき行為だが、誰もいないので良しとする。
そして弁当箱をしまい、図鑑を閉じて教室へと戻った。
私が急いで歩いていると、反対側の渡り廊下を彼と先程の彼女が歩いていた。
彼は本を見つめながら歩き、彼女は彼に熱い視線を送りながら一方的に話しかけている。
・・・やはり、彼女の話に応える様子はない。
何度見ても、異様な光景だった。
すると一瞬、ありもしないと思っていた事が脳裏を過ったのだ。
(・・・ま!?まさか?・・・幽霊?とか?)
全くもって信じていなかったのだが、それ以外に考えられない。
もしかしなくても、彼女は私にしか見えていないのだ。
でなければ、おかしすぎる。
そういう私は、幽霊が嫌いというか怖い。
科学的根拠のない不可解なものほど、怖いものはないと思っている。
肝が冷えた私は、そそくさとその場を去ったのであった。
そしてギリギリ授業に間に合い、午後の課程をこなすと【カーン カーン】と心地よい鐘の音が聞こえた。
最後の授業の終わりを告げる鐘。
外は雨の名残も少なくなり、陽が差していた。
ーーーそして、ここからが私の本領発揮の時である。
(さぁ!楽しい楽しい、虫観察のお時間だ)
私はスキップしたい気持ちを抑えながら、お約束通り、研究室にやって来た。
目当ての虫の採集場所を地図で探していると、ベリックが話しかけて来たのだ。
「昆虫採集に行くの?
俺も野鳥観察に行こうと思ってるんだけど、一緒に行かない?ついでに、鳥にやる餌も取りたいんだよね」
「ええ、大丈夫です。餌とはミミズですか?」
「うん。それと、毛虫とかかな」
「毛虫は毒を持つ物もいますが、平気なんですか?」
「まぁ鳥の種類にもよるんだけど、毒に耐性のある鳥がいるんだよ!うちにいるのは、その種類なんだ。
ーーーね?鳥って、すごいでしょ!」
そう言って、笑顔で頷いた。
(・・・確かにすごい。
けど、その耐性って遺伝子的な物なのか、段々と耐性を付けていく物なのか。どちらなんだろう?)
と考えていると扉が開き、ベリックが対応していた。
「メリーウェザー嬢はいますか?」
「キティ嬢、お客さんだよ?」
その言葉に考える事をやめた私は、ベリックを見る。
すると、その先には彼がいた。
「ベリック様、ありがとうございます」
そうして私は入り口へ向かい、周りを見渡す。
・・・幽霊の彼女はいないようだ。
「お待たせしました」
「ああ、記入してきた。
・・・それと、研究室には君達しかいないのか?」
そう言って婚約証書を渡してきた。
私はそれを受け取りながら答える。
「今日はそうですね。それが何か?」
「・・・いや。
一応言っておくが、変な噂が立つのは困る。
十分に気をつけて欲しい」
そう言って、鼻で笑ったのだ。
自分は幽霊の彼女を引っ提げて歩いている癖に、何を言っているのか・・・。
やっぱり、結婚する時には、お祓いをしてもらおうと心に決めたのだった。




