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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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3

扉を開けて入ると、目の前に面倒臭い奴がいた。


(・・・あれ?私、部屋間違えた?)


そう思ったのも束の間、母が口を開いた。


「キティちゃん!遅いじゃない!」

と私を手招きしてから再度話し始めた。


「お待たせしてしまい、ごめんなさい。

こちらが娘のキティです」


笑顔の母に紹介された私は、淑女の礼を取った。


「お初にお目にかかります。

私(わたくし)、キティ・メリーウェザーと申します。

どうぞ、よろしくお願い致します」


すると、向こうの父親が頬を緩ませながら口を開く。


「ご挨拶、ありがとうございます。

とても、素晴らしいお嬢様ですね。

では遅ればせながら、こちらが息子のサイラスです。

サイラス?皆様にご挨拶を」


その言葉で面倒臭い奴が立ち上がり、紳士の礼を取って挨拶をし始めた。


「ご紹介に与りました。

私はサイラス・アーベンスロットと申します。

どうぞ、お見知りおきを」


と名乗り、白々しくも綺麗な笑みを浮かべている。

(・・・本当に、この人が相手なのか・・・)


誰でもいいとは思っていたが、これはない。


こんな面倒な奴が婚約者になったら、あれこれと難癖をつけてくるに決まっている。


(・・・これは、早々にお断りだな)


私が考えている間も、話は続いていたようで、父が口を開いた。


「では、我々は席を外しましょうか?

あとは、本人同士でゆっくりと語らいの時間を楽しんでもらいましょう」


そう言い置き、両親達はそそくさと退出して行ったのだ。


部屋には、不穏な空気とまではいかないが、沈黙が流れている。


そして、最初に口火を切ったのは彼だった。


「・・・まさか、君だとは知らなかった。

君は知っていたのか?」


「いいえ、知りません。

知っていたら断っていました」


すると彼は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら返してきた。


「僕だって、君だと知っていたら断っていたさ」


この感じだと、同じ意見のはず。

さっさと解放されたい私は、話を進めた。


「では、婚約に至らなかったという事で終わりでいいですか?」


すると彼は、何かを考えているようで、テーブルに置かれているティーカップを見つめている。

そんな彼を眺めながらしばらく待っていると、訳の分からない事を言い始めた。


「・・・そうしたいのは山々なんだが、一つ、君に聞きたい事がある。

君は、恋愛や愛に興味はあるか?」


考えた末に出てきた言葉が恋と愛とは思いもしなかった私は拍子抜けした。


「・・・はい?

よく分かりませんが、興味の対象外です。

私の関心は虫の観察ですから」


それを聞いた彼は眉間に皺をよせながら、また何かを熟考している。


(・・・・・・な、長い!)


沈黙が続く中、待つ事に痺れを切らした私は立ち上がった。


「では、もう終わりにしましょう。時間の無駄です」


そう言って、その場をあとにしようとしたら手を掴まれた。


(・・・なに?)


彼を見ると、追い詰められたような顔をしている。


「少し待て!

大変不本意ではあるが、聞いてくれるか?」


「お話は聞きますから、手を離して下さい」


すると、掴んでいる事すら認識していなかったのか、驚いた表情をしながら、パッと離してくれた。


意外と強い力で握られたので、手を擦りながら席へと着く。


そんな私の様子を見ていた彼が口を開いた。


「・・・申し訳ない、無意識だった」


「大丈夫です。では、お話をどうぞ」


すると『ああ』と頷き、目の前に置かれているお茶を一口飲んでから口を開いた。


「まず僕は、馬鹿が嫌いだ。

そして、婚約しても恋愛をする気はない。

結婚後も同様で愛する気もない。

だが、この事を相手に伝えると破談になるんだ。

・・・そこで考えたんだが、君は、愛や恋に興味がないと言った。

それと、これが一番重要な事だが、君は馬鹿じゃない。

こうして条件だけみると、僕の理想通りなんだよ」


そう言って、私を物憂げに見つめている。


(・・・なるほど。

条件だけを考えるという手もありだ)


私も自分の要望を話すために姿勢を正した。


「では、私の条件も言います。

先程も言いましたが、私は虫に興味があります。

ですが、ただ興味があるのではなく、生態や薬効のある昆虫の研究をしています。

ですのでこれから先も、ずっと続けていきたいと思っています。

それに伴い、口出しされるのは我慢なりません。

これを守ってくれる方でないと、婚約は難しいと思っています」


そう言い切り、彼を見つめる。

すると、くたびれた表情で彼が口を開いた。


「僕は、これ以上婚約者探しをする事に疲れたんだ。

苦肉の策だが、お互い条件だけで婚約してみないか?

もちろん、君の条件を呑む事を約束する」


(・・・もしかしたらこれは、悪くない話かもしれない)


今断ったとしても、いずれは婚約者を当てがわれるのだ。

私だって、愛やら恋に興味はない。

面倒臭い奴と思っていたが、口出ししないのであれば話は別だ。

それにこれから先、付き合っていくのなら一番条件に近い人がいい。


「・・・分かりました。

では、これからよろしくお願いします」


私は右手を差し出した。

そして私達は、固く握手を交わしたのだった。


すると彼が、今まで見せた事のない笑顔で呟いたのだ。

私は思わず凝視してしまった。


「君が蟻の研究をしていたなんて知らなかった。

だから、道端でしゃがみ込んでいたんだな」


「いいえ、蟻の観察は趣味ですけど・・・?」


そう言うと、握手をしていた手に力が入り震えている。


(・・・地味に痛いんだけど?)


私が手を見つめていると、彼が口を開いた。


「本当に君は忌々しい!

君がそんなんだから、僕は負けを認められないんだよ!

次こそは絶対に勝つからな!」


先程見せてくれた笑顔は、幻だったのかと勘違いするくらい、一瞬でいつもの彼に戻っていた。


(・・・それにしても、何の話だろう?

勝負するほどに私達の仲は良かったっけ?)


そう思っていると扉が開き、両親達が帰ってきた。


「あら?すごく仲良くなったのね!

・・・私達は、お邪魔だったかしら?」


と母が揶揄うように言った。


確かに握手をしてはいるが、仲良くなった覚えはない。


彼は私から目を逸らし、両親達を見据えて口を開いた。


「僕達、婚約しようと思います」


すると大喜びの両親達の勢いが、私達の手に負えるはずもなく、そのまま食事会となった。


その後、酔っ払っている父達と、帰り際になっても話題が尽きない母達を眺めていると、彼が私に耳打ちしてきたのだ。


「さっきの話だけど、次の試験は僕が勝つから」


なんか、また面倒な事を言い出している。


「勝手にどうぞ?

私は、順位に興味はないんで」


すると、とんでもない事を言い出したのだ。


「じゃあ、勝った方の言う事を聞くってのはどうだ?

張り合いが出るだろ?」


「はい?言う事って、限度があるんですが?

せめて、上限を決めてください」


すると彼はニンマリと笑いながら話し始めた。


「では、勝った方の言う事を3つ聞く事。

金銭等や倫理的観点から外れたものは要求できない。

これでどうだ?」


私は、ずり落ちてきたメガネを押し上げた。


「・・・まぁ、いいでしょう。

では、私も本気でいきますよ」


「もちろんだ。楽しみにしている」


そうして、私達は解散したのであった。


ーーー翌朝、湿った空気が纏わりつく不快な感覚に目を覚ました私は、ベッドから立ち上がった。


そしてカーテンを開けてみると、ザァザァと雨が地面を打ちつけている。


(雨の日は外に出たくないのよね)


憂鬱な気持ちで窓から外の様子を眺めているとメイドが入って来た。


「キティお嬢様、おはようございます。

早速、ご準備を致しますね」


丁度良い温かさの湯が入った洗面器で顔を洗うと、気分がスッキリした。

そして白い制服に袖を通し、髪の毛にはオイルを付け、キュッと纏めてお団子にしてくれる。


ドレッサーの中の私は、いつもの私になっていた。


その後は朝食を摂り学園へ行こうとしたら、父が紙を出してきたのだ。


そこには、うちの父と彼の父のサインがしてある。

もちろん見れば分かるのだが、念の為に聞いてみた。


「お父様?これはなんですか?」


「婚約証書だよ。

昨日、キティとサイラス君に書いてもらうのを忘れてしまってね。

今日学園で記入してきて欲しいんだ」


キラキラとした笑顔で、非常識な事を言い切る父に、私は今度こそ物申した。


「学園で婚約証書を記入している人を見た事がありませんが」


「じゃあ、キティたちが先例(せんれい)になるんだね。

おめでとう、キティ」


・・・・・・。


研究以外はポンコツな父を母は好きらしいが、私には理解できない。


そして今の返答も、全く理解できなかった。


ニコニコと婚約証書を押し付けてくる父から、仕方なく受け取り、馬車へと乗り込んだのであった。


雨が馬車を打ちつける音が響く。


普段の父はあんな感じなのに、研究成果がすごいのは知っている。

私なんて、まだまだ足元にも及ばない。


もちろん、研究者として尊敬しているのだが、父としてはもう少し常識を兼ね備えて欲しかった。


(しかもこれ、食事前に書いてるよね?)


であるとすると、この婚約は、顔合わせ前からほぼ本決まりだったのだろう。


(なのに、なんで大事な事を忘れるかな)


いつも通り過ごしても、彼に会える確率は限りなく少ない。


(・・・着いたら、彼のクラスへ行くか)


私は窓の外を眺めながら、面倒な書類を鞄へと放り込んだのであった。


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