2 サイラス視点
僕には今日、婚約者ができるそうだ。
顔も名前も知らない。
だって、別に誰でも同じだ。
だから、知る必要もない。
だが、父と母はとても喜んでいた。
「気難しいサイラスの婚約者になってもいいというご令嬢が現れたぞ!」
「サイラス、本当に良かったわね。
今回は、失敗しないようにしないといけないわ」
そう意気込む二人に、僕は他人事のように耳を傾けた。
(・・・また、顔合わせか)
そう考えると憂鬱になる。
ーーー何故かというと、僕は馬鹿が嫌いだ。
自分の尺度や価値観でしか物事を捉えられない人を見ると、虫唾が走る。
だからと言って、才女がいいとは言わない。
だが、ある程度の教養を持ち合わせた人でないと無理なんだ。
もちろん言うまでもないが、今までの婚約者候補は全部ダメだった。
僕の言葉が全て悪いと、傷付いたかのように被害者面をし、あまつさえ、感情を優先して話の論点をすり替えるのだ。
始めの頃は、次こそは理想の人が現れるのではないかと思っていたが、今ではもうどうでも良くなってきている。
(・・・会うだけ無駄だ)
そして今日は、婚約者と会う日だ。
今までは、相手方の両親と会ってから顔合わせに進むのが常だが、今回は何もない。
普通、会った事もない男に娘を紹介するのだろうか・・・。
・・・きっと、相手は変わっている人達なんだろう。
そう思う事で、思考の渦から抜け出す事ができたのだった。
そして授業も終わり馬車へ向かう途中に、ある女生徒が目に入った。
ラベンダーベージュの髪の毛をひっつめて、分厚いメガネをかけている。
そして恥じらいもなく道にしゃがみ込み、何かを楽しそうに見ていた。
彼女はメリーウェザー嬢、同じ学年で首席だ。
・・・そして、僕が次席。
その事実が本当に気に入らない。
しばらく様子を眺めていると、彼女を馬鹿にしているのだろう、通りがかりの女生徒が嘲笑っている。
その光景を横目に見て思う。
・・・君達に、彼女を馬鹿にできるほどの学力があるのだろうか。と。
他人を揶揄する前に、己を振り返るべきだ。
・・・だから僕は、馬鹿が嫌いなんだ。
ーーーだが、確かに僕も認めたくはないが、彼女は才女だ。
でなければ、この僕が負けるはずがない。
未だに道端にしゃがみ込んで、自分の世界に入っている彼女を見ると苛立ちを覚えた。
彼女からしたら、僕もさっきの女生徒と同じく、相手にする価値もないと思われているのかもしれない。
そう思うと、いつも話しかけずにはいられなくなるんだ。
それに今日は、どうでもいい婚約者との顔合わせもある。
それも相まって、いつもより気が立っていた。
「メリーウェザー嬢、こんな所でしゃがみ込まれると、邪魔なんだが?」
彼女の前に立って見下ろすと、メガネの隙間から彼女のまつ毛がチラッと見えた。
だが、いくら待っても一向に返事がない。
思わず声を荒げてしまった。
「おい!聞こえているんだろう?
学年首席なら、何をしてもいいと思っているのか?」
すると小さくだが、ため息を吐いたのだ。
(・・・それに気付かないとでも思っているのか?)
そして、彼女は顔を上げて僕と目を合わせた。
だが、分厚すぎるメガネに阻まれて、彼女の瞳の色も形もよく分からない。
(こんなメガネで、本当に見えているのか?)
そう思った時、彼女の凛とした声が響いた。
「お言葉ですが、私は通行の妨げをしておりません。よくご覧になってから、声をかけてください」
そう言って、フンと鼻を鳴らしたのだ。
僕の中で、怒りのボルテージが上がるのが分かる。
・・・どうしても我慢できない。
「じゃあ、ハッキリと言わせてもらう。
しゃがみ込まれると、目障りなんだよ!」
すると、彼女は事もなげに返してきた。
「では、見なければいいでしょう?」
(ーーーは?・・・見ないだって?)
僕だって、できるものならそうしたい。
だが視界に入るんだから、どうしようもないだろう。
「そうしたいのだが、目が向いてしまうんだ」
「だから、なんだと言うのですか?私に落ち度はございませんが?」
彼女の言う事は正論だった。
だが、どうしても認められないんだ。
こんな所でしゃがみ込んで、虫と遊んでいるような人に負けたなんて、僕のプライドが許せない!
そして僕は、またしても言ってはいけない事を言ってしまった。
すると彼女は下を向き、再びラベンダーベージュのまつ毛が見えた。
(・・・彼女も、僕の言葉に傷付いたのだろうか)
そう思い、謝った方がいいのかと考えていると、そんな僕の思いを歯牙にもかけずに立ち上がり、さっさと帰って行ったのだ。
その様子に唖然とする僕を置いて、スタスタと馬車乗り場へと向かっている。
彼女の中の僕は、その辺の石ころ程度の認識なんだと思ったら、彼女の背中に声を掛けていた。
「次のテストは、絶対に負けないからな!
今度こそ、僕の事を認めさせてやる!」
だが結局、彼女は一度も振り返らなかったのだ。
ーーーこのままここにいても仕方ない。
僕も馬車乗り場を目指した。
そして馬車に乗り込み自宅へと向かう。
馬の蹄の音を聞きながら、先程の事を思い出した。
どうしてか、彼女に対してだけ感情的になってしまう。
きっと僕は、彼女が嫌いなのだろう。
しばらくして自宅に着くと、父と母に『遅い!』と言われながらも準備をさせられ、また馬車へと乗せられた。
そして走り出してから数分後、母が口を開いた。
「もう、間に合わないわ!
最初から遅刻なんて、印象が悪過ぎてなんて言えばいいのかしら」
途方に暮れている母に父が返す。
「謝るしかないだろう。
サイラスも分かったな?」
ここで反論しても火に油を注ぐだけなので、黙って頷いた。
すると、父が相手のことを話し始めたのだ。
「実は今回のお相手のご両親は、仕事で知り合ったんだ。
とても朗らかな人達でな!息子の婚約者を探していると話したら、娘はどうかと言ってくれたんだよ。
こんなにありがたい事はないな!」
喜んでいる父には悪いが、うちが公爵家で金持ちだからじゃないか?
それに、相当風変わりな方達だと思う。
と口から出そうになった。
今までだって、地位や財産目当ての相手ばかりだったんだ。
だから、僕の言う言葉が図星だった為に、ピーピーキャーキャーとうるさかったのだ。
ーーーぼーっと今までの事を考えながら景色を見ていたら、待ち合わせ場所に着いた。
豪奢なエントランスの横には、庭園が広がっている。
僕は美しい花々達を遠目から眺めていると『サイラス!早くしなさい!』と母の情緒のカケラもない声が聞こえてきた。
そして父と母に促され、急ぎ足で部屋へと向かったのだ。
やはりお相手はすでに待っていて、父と母が頭を下げている。
それに続き、僕も頭を下げた。
「大丈夫ですよ。
私達も先程、着いたばかりですの。
娘は少し席を外しておりますが、すぐに戻りますわ」
そう言うお相手の母親は、僕と同年代の娘がいるとは思えないほどに若々しく、類稀なき美女だった。
(・・・もしかしたら、僕の婚約者もすごく美人なんじゃないのか?)
そう思うと、少しは気分が上がった。
そうして両親達の話が盛り上がる中、僕は考える。
・・・だが、たとえ婚約者の顔が良くても、僕には譲れない事があるのだ。
ーーーまず一つ目。
婚約はしても、恋愛をする気はない。
ーーーそして二つ目。
結婚は義務だからするが、愛することはしない。
ーーー最後に三つ目。
相手に自分の気持ちを縛られるのは嫌だ。
これが条件なんだが、今までにこれを伝えた段階で破談となってきたからな。
(さぁ、今回はどうだろうか)
それからしばらくして、扉のノック音が聞こえた。
どんな美女が現れるのかと期待していた俺の心は、一瞬にして悉く真っ二つに叩き割られて塵と化したのだ。
ラベンダーベージュの髪に、見覚えのある角ばった分厚いメガネ・・・。
ーーーそう。
あの忌々しい奴が、目の前に現れたのであった。




