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私には今日、婚約者ができるそうだ。
顔も名前も知らない。
けど、そんな事は瑣末な事である。
誰であろうと関係ない。
だって私には・・・この子達がいる。
そうして今日も地面に目を落とした。
(・・・わぁ!今日もみんな、元気に働いているわね!それにしても、本当に凄いわ)
統率の取れた動きで、餌へと向かう蟻達を眺めていると・・・
「ねぇ、見て?また、やってるわよ?」
「やだ、本当に変わっているわね。
座り込んじゃって、みっともなーい!
いったい、虫の何が面白いのかしら?」
「そんなの、私達に分かる訳ないじゃない」
「キャハハハっ!そうね」と嘲る声が聞こえてきた。
(・・・まぁ、どうでもいい人達に、どう思われようと関係ない)
私は、メガネのフレームを指で押し上げ、蟻達へ意識を向けた。
・・・それにしても、蟻はすごい。
皆、役割分担が決まっており効率的だ。
そして人の様に馬鹿にしたり、価値観を押し付けたりせず、黙々と自分のなすべき事をしている。
ーーーそれなのに人は感情に囚われ、気分次第で左右される生き物だ。
私は、蟻の巣に運ばれて行く幼虫を目で追っていると、頭の上から声がした。
「メリーウェザー嬢、こんな所でしゃがみ込まれると、邪魔なんだが?」
素っ気ない口調で淡々と話す声には聞き覚えがあった。
(・・・はぁ。
また面倒臭い人に出くわしてしまった)
とりあえず、聞こえないフリをした。
すると機嫌を損ねたのか、メガネの隙間から見えた手をギュッと握るのが分かった。
「おい!聞こえているんだろう?
学年首席なら、何をしてもいいと思っているのか?」
ーーーそうなのだ、私が首席で彼が次席。
よほど悔しいのだろう。
最近、事あるごとに突っかかってくるのだ。
私は、メガネのフレームを指の腹で押し上げてから、アーベンスロット公爵令息を見上げた。
「お言葉ですが、私は通行の妨げをしておりません。よくご覧になってから、声をかけてください」
私が居るのは、道から少し外れた土の上だ。
どこをどう見たら、邪魔になるって言うのだ。
私は心の中で(早く、どこかへ行け)と念じていると、奴は罵声を浴びせてきた。
「じゃあ、ハッキリと言わせてもらう。
しゃがみ込まれると、目障りなんだよ!」
(・・・は?
なんだ?その自分勝手な理由は・・・)
「では、見なければいいでしょう?」
「そうしたいのだが、目が向いてしまうんだ」
「だからなんだと言うのですか?私に落ち度はございませんが?」
その言葉に怒っているのか、先程握り締めた拳が震えている。
「君は、本当に可愛くない!君みたいな人と結婚したいと思う男はいないんじゃないか?」
(・・・そんな事は、言われなくても知っている。
きっと、今日会う婚約者もそう思うだろう)
とその時、思い出した。
(・・・そうだ!顔合わせを忘れていた!)
朝から両親に、早く帰ってくるように言われていたのだ。
私はスクッと立ち上がり、アーベンスロット公爵令息に淑女の礼を取った。
「申し訳ありませんが、私、急いでおりますの。
それでは、ごきげんよう」
こんな時に彼の相手をしている場合ではない。
私はそう言い置き、急いでその場を去った。
そんな私の後ろ姿に向かって何かを言っているが、面倒なので聞き流す事にしたのだ。
そうして馬車に乗り込み家路に着くと、父母と使用人達が、雁首揃えて待ち構えていた。
あまりにも圧倒される光景で怯んだ私に、両親が口を開く。
「キティ、遅いじゃないか。
『今日は早く帰って来てね!』って何度も言ったのに、パパの話は聞いてくれないのかい?」
拗ねたように言う父は、茶色の髪に緑の瞳をしている。
「そうよ、キティちゃん。
ママ達、ずーっと待っていたのよ!
じゃあ早速、準備しましょうか?」
ピンクベージュの髪に、青い瞳をしているのが母である。
私の家、メリーウェザー伯爵家は、貴族としては新参者だ。
爵位を金で買ったと言っても過言ではない。
何故、ここまでお金持ちになれたかというと、父方の曾祖父の趣味が植物研究で、これがたまたま薬草の効能を見つけた事がきっかけだ。
そして今では、国で一番大きな製薬会社を営んでいる。
部屋へ着いた私に、母が口を開いた。
「キティちゃんに似合いそうなドレスをいっぱい用意したのよ!
どれがいいかしら?」
「じゃあ、一番手前のでお願いします」
すると、母は頬を膨らませて抗議してきた。
「もう!折角ママとパパが一生懸命に選んだのよ!」
と、年甲斐もなくプンプン怒っている。
因みに、母の見た目は年齢不詳だ。
こうしていると、少女のように見える。
そして、その様子を見ていた父が口を開いた。
「まぁまぁエリザ、落ち着いて。
キティも、ママが一生懸命に考えたんだから、もう少しちゃんと選んであげてもいいんじゃないのかな?」
(・・・ふぅ、相変わらず面倒臭い)
「じゃあ、その青いドレスが良いです」
すると母の口角が上がった。
「これなら、キティちゃんのラベンダーベージュの髪色によく似合うわね!」
母は喜んでいるが、だったら最初からそれを勧めて欲しかった。
(完全に時間の無駄である)
そして隣を見ると、嬉しそうに母を見つめている父がいた。
いつまで経っても、恋人気分でいる父母にげんなりしながらも、準備は進む。
だが、こんな頭がお花畑な父母ではあるが、実は仕事が出来るのだ。
研究者の父に、経済学、社交術を網羅している母。
私の中の【人生七不思議】の一つに入る出来事である。
すると、準備も佳境に入るという時に母が問いかけた。
「キティちゃん?折角だから、メガネを外しましょうか?」
その言葉に身体が強張る。
「いや、外したくないの」
「でも、視力が悪い訳ではないのよ?
キティちゃんは、メガネを外した方が可愛いと思うわ」
「お母様、メガネがないと落ち着かないのよ。
だから、これでいいの」
私の頑なな様子に諦めたのか、母が口を開いた。
「・・・そうね、分かったわ。
キティちゃんが、そこまで言うのなら仕方ないわね」
と、渋々頷いてくれたのだ。
ドレスに袖を通し、軽く化粧をされる。
髪型は、いつものひっつめお団子ではなく、ゆる巻きで下された。
ドレスも髪型もオシャレなのに、角張っている分厚いメガネが全てを台無しにしている。
(・・・けれど、これでいいのだ)
私は、満足な仕上がりに口の端をニッと上げた。
だがそれを見た母が、またしてもしつこく提案してきたのだ。
「ねぇ、キティちゃん?
やっぱり、メガネはない方がいいんじゃない?」
「いいえお母様、これが良いのです。
素敵なドレスをありがとうございます」
「ふふっ。
けど、そうね!
何を身に付けていても、キティちゃんは可愛いわ!
だって、私達の自慢の娘だもの」
母の意識がメガネから逸れた事に安心していると、父がやって来た。
「キティ!とても似合っているじゃないか!
さすが、エリザだ。
お相手もきっと喜ぶよ。
・・・おっと、時間が押していたんだな。
そろそろ出られるかい?」
「ええ、もちろんよ。
キティちゃん、行きましょうか?」
そうして私達は、馬車へと乗り込んだのだった。
ゴトゴトと馬車で揺られていると、父が話し始めた。
「去年、美容薬の会社を立ち上げただろう?
お相手のご両親は、その共同出資者なんだ。
パパとママは意気投合してね。とっても良い方達なんだよ!
――っと、話が逸れたな、それで本題はここからだ。
ご子息の婚約者を探しているようだったから、キティはどうかと勧めてみたんだ。
そうしたら『是非に』とお返事をもらえてね!
あのご両親のご子息なら、きっとキティも仲良くできるよ」
(・・・え?待って?
今の言い方だと――まさか!?)
違和感を覚えた私は、父に確認をした。
「・・・お父様?
もしかして、私の婚約者になる方とは、お会いした事がないのですか?」
「そういえば、そうだね。
でも今日会えるし、問題ないだろう?」
のほほんと答える父に、悪気が無いのは知っている。
けれど、もう少し何とかしてほしい。
・・・けどまぁ、私も人の事をとやかく言える立場ではないので、口をつぐんだ。
しばらくして、顔合わせの場所へと到着した。
豪奢なエントランスに横付けされた馬車から降りると、建物の隣には噴水があり、綺麗な花々が咲き誇る庭園となっていた。
花に興味はないが、虫を見たい私は、フラフラと吸い寄せられるように足が前へ出た瞬間、母に手を掴まれた。
「あなた、大変よ!
もう、待ち合わせの時間になっちゃったわ!
ほら!キティちゃんも急いで!」
そう慌てる母に、父も続く。
「本当だね、少し急ごうか」
(あー!虫が見たいのに!!)
私の心情を知らない両親に、手を引かれて連れて行かれたのであった。
そうして私達は、早足で予約をしていた個室へと入ったのである。
だが、部屋の中には誰もいなかった。
「向こうも遅れているみたいだね」
父の呟きと共に、私達は席へと腰掛ける。
(こんな事なら、少しぐらい庭園を見て回れたのに!)
と気持ちが荒んでいた私は、思わず口からポロっと出てしまった。
「大事な日に遅刻って、その方達、本当に大丈夫なんですか?」
すると、母が眉を寄せた。
「キティちゃん、私達だって遅刻しているのよ。
そういう言い方はいけないわ」
「まぁまぁ、エリザ。
キティだって、いきなり婚約者が出来たって聞いたんだから、不安になるのも分かるよ。
けど、会えば絶対気に入ってもらえると思う」
父のその自信は、いったい、どこからくるのだろうか。
それに私は、庭園に行けなかった事実に不満があるだけで、婚約者に不安はない。
だが、そんな事を知る由もない両親に当たるのもお門違いだ。
私は気分を変えようと席を立った。
「私、お手洗いに行って来てもいいですか?」
『ああ、行っておいで』と送り出してくれた父に頷き、私は静かに部屋を出た。
そしてお手洗いに着き、最終確認に入る。
まずは、相手が誰であろうと、虫の研究や観察をさせてくれる人でなければならない。
ーーーこれが第一条件だ。
そして次、お互いに干渉しない事。
これも大事だ。
あーだこーだと口を出されたら、たまったもんじゃない。
もし無理なら、相手から断ってもらおう。
私はメガネを押し上げ、戦闘態勢に入った。
そして部屋へと戻る途中、渡り廊下に花壇があったので覗いてみる。
すると、働き蟻が餌を求めてグルグルと回っていた。
外で餌を探す蟻は、働き蟻の中でも比較的歳を取った蟻だという。
・・・やっぱり、蟻は素敵だ。
女王蟻は種族繁栄の為に産卵をし、働き蟻は巣の維持や育児、餌取りを、そして兵蟻は外敵から巣を守る。
皆、与えられた一つの役割を果たす為にいる。
なのに人は、色々な役割を果たさなくてはならない。
(・・・本当に面倒だ)
でも、こんな事を考えて理由付けしている事自体が、人の性なのだ。
私も人であり、人たる所以でもあるのだろう。
(・・・さぁ、このぐらいにして戻るか)
重い腰を上げて歩き出す。
暖かい風が吹き抜ける渡り廊下を曲がると、父と母が待つ個室へと、誰かが入って行くのが見えた。
きっと、お相手が到着したのだろう。
私は少し時間を置いてから、個室の扉をノックしたのであった。
新作始めました。
よろしくお願いします。




