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ナナフシを見つけるには時期をずらすよりも、時間帯をずらす方が、短期間で見つけられるはず。
(夕方以降だと学園は無理だから、うちの庭って選択肢しかないよね)
とりあえず明後日は休みだから、明日の夕方に決行しようかな。
そう決めた私に話しかける声が聞こえた。
「キティちゃん?あれからそろそろ一週間が経つけど、結婚する日は決まった?」
夕食のポテトサラダを頬張っていた私は、母からの一言で現実に戻った。
「ーーーまだ話してないです。
因みに、あちらのご両親は何て言っているのですか?」
「それはもう、あなた達の望み通りでいいって仰っていたわ。
もちろん、学生結婚も大歓迎だって話よ!」
あれ以来お会いしていないが、うちの親と渡り合えるアーベンスロット家のご両親は、かなり風変わりなのかもしれない。
「学生結婚はありません。
今度時間がある時に聞いてきます」
その回答に、エビフライをフォークに刺した母が私を見据えた。
「・・・今度なんてダメよ?
キティちゃんは、虫以外の事はすぐに忘れちゃうんだから明日、聞いて来て頂戴!」
コーンスープを飲んでいたらズズっと音が鳴ってしまった。
「明日は用事があるので、早く帰って来たいんです。
だから、来週にします」
「用事って、虫でしょ?
・・・そうだわ!
じゃあ明日、サイラスさんも連れて来たらどう?
みんなで、食事でもしましょうよ。
早速、あちらに手紙を書かなくちゃ!」
ブッと、噴き出た私は急いでナプキンで口を拭った。
「ーーーま、待ってください!
分かりましたから。明日ちゃんと聞いて来ますから、呼ばなくて大丈夫です!」
「そう?
折角楽しい食事会にしようと思ったのに、残念ね。
じゃあキティちゃん。明日、よろしくね」
ご機嫌な母は、エビフライを口に突っ込んだ。
いつも思うが、母のいい様に転がされている気がする。
(・・・それにしても、また研究時間が奪われてしまった)
婚約の話を受けてからというもの、悉く上手くいかない。
自分の好きな様に出来ない事に、なんとも言えない腹立たしさを感じるのだ。
私は最後のトマトを口に放り込んで席を立った。
「分かりました。ご馳走様でした」
* * * * *
次の日、学園に着いた私は、今日の予定を振り返った。
この用件は、授業の合間の休憩時間で話せる内容では無い。
であると、昼休憩か放課後になってしまう。
(今日は早く帰るんだから、断然昼休憩ね)
私は心の中で、楽しい楽しい研究時間に別れを告げた。
自分のクラスへ行く前にAクラスを覗くと、彼が席で本を読んでいた。
珍しい事に参考書では無さそうだ。
そして、最近現れなかった幽霊が彼の隣に引っ付いている。
(出る時と出ない時の違いって、何なのかしら?)
そして以前、でかい独り言で呟いていた事を思い出す。
(ーーー確か、図書室には入れないって言っていたわよね)
その法則が気になってしまった私は、扉の前で考え込んでしまった。
すると、またしてもクラスが騒ついた。
「ーーーまた虫女来てるじゃん。
相手にされるはずも無いのに、本当に懲りないわね」
「でも大丈夫よ。虫女もそろそろあの子同様になるんじゃない?そうなれば、もう顔を見せる事はないでしょ?」
「それもそうね!
あの子は鋼の精神だけど、虫女じゃ耐えるのは無理でしょ。
また、虫を追いかける生活に戻るはずよ」
(ーーーそれにしても、幽霊の法則を考えるだけ無駄かも。
なんたって私、専門外だし)
考え込んでいた私の耳には、クラスの騒つきが聞こえる事はなかった。
「メリーウェザー嬢。何か用か?」
その声に私の意識が浮上した。
「おはようございます、アーベンスロット公爵令息様。本日、お昼休憩にお時間を頂けませんか?」
すると、いつものご令嬢達が騒いだ。
「ちょっと!あの虫女、恥も外聞もなく、アーベンスロット様を誘ったわよ!」
「いーやー!アーベンスロット様!そんな虫女、けちょんけちょんにしちゃって下さい!」
「そうよそうよ!再起不能にしちゃって!」
(・・・そんなでかい声で話す貴女達の方が、恥も外聞もないのでは?)
私が彼女達に目を向けた時、幽霊が話し始めた。
「サイラス様?今日は私とお昼を食べるって話だったでしょう?だから、浮気はダメですよ」
(・・・幽霊なのに食べるんだ・・・)
すると、やはり彼には聞こえていない様で、全く反応を示さない。
「分かった。昼は食堂でいいか?」
「はい。では、食堂で待ち合わせしましょう」
「いや、迎えに行く。僕達は婚約者なんだから」
その瞬間、クラスに激震が走った。
「嘘でしょ!!?誰か、嘘だと言ってーーー!」
バタン!!
「マーヤ!しっかりして!こんな事でぶっ倒れてどうするの!?気を確かに持つのよ!」
「・・・もう無理よ。
私の希望は打ち砕かれてしまった。
ーーー生きる意味がないわ」
「マーーーヤーーー!」
叫ぶ少女は横たわるマーヤの手を取ったのだった。
(・・・なにこれ?演技の練習?)
迫真の演技に思わず拍手を送りそうになってしまう。
そして視線を彼へと戻す途中に、青いガラス玉が目に入った。
吸い込まれそうな深い深い青い瞳には、何の光も宿っていない。
ーーー幽霊が私をジッと見つめていた。
今まで、彼女と目が合った事はない。
彼女はいつも、彼しか見ていないからだ。
(ーーーもしかして、祟られた?)
目が離せない私に彼の声が響いた。
「おい!聞いているか?」
「あ、はい。分かりました。
ですが、公衆の面前で言う事ではないでしょう?」
すると彼は鼻を鳴らした。
「事実だ。
それに、これで俺の周りも静かになるからな。
願ったり叶ったりだ」
ニヤリと笑った彼に、私は物申した。
「これで私が祟られたらどうするんですか?
冗談じゃありませんよ!」
だって、未だに彼女は私を見つめているのだ。
彼をやめて、私に乗り換えられても困る!
幽霊の扱いなんて心得ていないのだから。
「ーーー祟られるって、なんにだ?」
(ーーー貴方の隣にいる幽霊にですよ!)
だが、怖くて言えない私は首を振った。
「取り敢えず、私に迷惑をかける事はやめて下さい。
もし私に乗り移ったら、ちゃんと引き取って下さいよ!では、またお昼休憩に」
「ーーーあ!おい!」
私は、急ぎ足で自分のクラスに駆け込んだ。
席に着き、恐る恐る周りを見回す。
(・・・良かった。幽霊は付いて来ていない)
「おはようキティ嬢。ギリギリ間に合って良かったね。
・・・そんなにキョロキョロして、何かあったの?」
ベリックの言葉で壁掛け時計を見ると、ホームルームが始まる3分前だった。
「おはようございます、ベリック様。
・・・はい。どうにも逃げられない用事がありまして。それで、昼休みの研究時間を削られる事になりました」
「えー!それは大変じゃないか。
でも、うんそっか。
研究時間を惜しんでまで優先できる事があるなんて、俺は尊敬するよ」
そのキラキラした笑顔に、私の顔はヒクついた。
「そんな、大した事じゃないです」
すると【カーン カーン】と鳴り響いた鐘と共に、先生がやって来たのだった。
ーーーそして、あっという間に昼休憩になり『じゃあキティ嬢、頑張ってね』と言うベリックの背中を羨んで見ていた私は、じっとクラスで待った。
すると、彼がやって来たのだ。
・・・もちろん、幽霊も一緒に。
私はあえて、目を合わせない様に彼へと顔を固定する。
「待たせたな。じゃあ行こう」
食堂へと歩き出した私達に、通りすがりの人が目を向ける。
きっと、婚約の事を知っているのだろう。
女生徒からは、突き刺さる様な視線を感じた。
「メリーウェザー嬢は、食堂はよく行くのか?」
「いいえ、初めてです。いつもお弁当ですので」
「サイラス様?私は毎日食堂に行きますよ!」
私に被せる様に話す幽霊に、目を向けてしまいそうになる。
「そうか、ここはビュッフェスタイルだからな。
好きな物を自分で選べるんだ」
「ーーーなるほど。
教えて頂き、ありがとうございます」
「キャ!サイラス様の好きな物ってなんですか?」
そして食堂へ入ると、数多くの料理が並んでいた。
どれも美味しそうで、目移りしてしまう。
トレーを受け取り、小分けにされているお皿を乗せていった。
選び終わった私が、ガーデンテラスにある席へと座ると、彼も遅れて席に着いた。
そして言うまでもないが、幽霊もトレーを持って彼の隣へ腰掛けている。
(・・・いけない。見てはダメだ)
私は、目の前の食事に意識を傾けた。
(カボチャのサラダから食べようかな)
お昼ご飯を楽しむのは久しぶりかもしれない。
すると、彼が口を開いた。
「君、いい加減に席を外してくれないか?」
「キャ!サイラス様が話しかけてくれた♪」
(え?)
そして顔を上げた私の目に飛び込んで来たのは、驚愕の光景だった。
ーーー彼は幽霊を見ている。
「・・・えーーー!?」
「どうした?メリーウェザー嬢」
(ちょっと待って!どういう事!?)
私の頭の中は大混乱である。
「いや、えっと、その方が見えているのですか?」
すると彼は眉を寄せた。
「当たり前だろう?
・・・もしかして、具合でも悪いんじゃないのか?」
(な!?え!?)
もう何処からどう確認して良いのか分からなくなった私は、途方に暮れた。
すると彼は幽霊(じゃなかった人)と話し始め、退席させたのだ。
トレーを持って席を移動する彼女の恨めしい視線が、未だに呆けている私の顔に突き刺さる。
「さぁ、メリーウェザー嬢、やっと静かになったから、用件を聞こうか」
それに私は首を振った。
(・・・申し訳ないけど、もうそれどころじゃないかもしれない)
私は取り敢えず、目の前にある葡萄ジュースに手を伸ばしたのであった。




