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玄関に入ると冷たい空気から一転、暖かい室内にほっと息を吐いた。
「サイラス様、着替えたら温かいお茶でも飲みましょうか」
「ああ、そうだな」
二人で客室へ向かっていると、またしても廊下でバッタリと父に出会ってしまったのだ。
「二人ともお帰り。
森は寒かったろう?湯浴みをして温まるといいよ。
あ!それと、サイラス君は夕食を食べていくよね?
それにしても、私の服がピッタリじゃないか!
うん、よく似合っているよ」
「はい。お借りできて大変助かりました」
「うんうん。
じゃあまた夕食でね」
そう言って、嵐の様に去って行く父を目で追っていると「・・・やっぱり、似ているな」と呟く声に頬を膨らませたのであった。
そして客室の前で彼と別れた私は、自室へと戻り扉を開けると既にメイドがいたのだ。
「キティお嬢様、旦那様から湯浴みをする様にとの事で参りました。
準備は既に出来ておりますので、早速行きましょうか」
浴槽でゆっくりと温まった私は、着替えて彼がいる客室へと向かう。
「サイラス様、入っても大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
中へ入ると、彼がソファーに座っていた。
「疲れていませんか?」
そう問いかけて、向かい側のソファーに腰掛けると、彼はさっきとは違う父の服を着ていた。
「ゆっくりできたし、疲れていないから平気だ」
私の視線が服に注がれている事に気付いた彼は続けた。
「・・・ああ。
実は、君の父君がやって来て貸してくれたんだ」
「そうだったのですね。
・・・なんか、逆に気を遣わせてしまっていたらごめんなさい」
すると彼は首を振った。
「そんな事はないよ。親切にしてもらえて嬉しく思う」
微笑む彼の顔は、本心から言っているのだと感じた。
それから夕食を食べる為に移動した私達は、席に着き、お馴染みのワンプレートご飯を見つめた。
(今日は、白身魚のムニエルか。彼が好きそうだな)
そう思った私は隣を見ると、ほんの少し彼の口角が上がっているように見てとれた。
「じゃあみんな揃ったし、早速いただこうか」
その言葉で、私はキノコのマリネを口に入れた。
モグモグしながら視線を隣に向けると、やっぱり彼はムニエルから食べている。
すると、貝のクラムチャウダーを引き寄せた母が口を開いた。
「サイラスさん?寒いのに、キティに付き合ってくださったようで、ありがとうございます」
「いいえ。
僕もとても有意義な時間を過ごせました。
それより湯浴みや着替え、それに夕食まで頂いてしまって、お心遣いとても感謝しております」
静かに会話を聞いていた父が彼を見つめた。
「サイラス君?
私達は義理とは言え、いずれ親子になるんだ。
もっと砕けた話し方でいいよ」
「はい。ありがとうございます。
・・・それで一つ、聞きたい事があるのです」
そう言った彼はカトラリーを置いた。
それに目を丸くした父もカトラリーを置く。
「なんだい?」
「結婚の時期を早める事は出来ますか?」
とんでもない事を言い出した彼を見つめると、私のフォークに刺さっていたほうれん草のソテーがぽとりと皿の上に落ちた。
「・・・あの、サイラス様?
その話は先程終わりましたよね?」
「キティ、少し待ってくれるかい?」
それに異議を唱えた父は手を組んだ。
「サイラス君、急ぐ理由って何かな?」
「はい。
僕は、婚姻するのなら彼女しかいないと思っています。
婚約はしましたが、もっと確かなものが欲しい。
こんな事を言うのは恥ずかしいのですが、彼女を誰かに取られないかと不安を感じる事があります。
・・・ですから、入籍だけでも早めて頂く事は出来ませんか?」
父は私達二人を交互に見つめている。
「君達二人で決めた事なら、私は反対しないよ。
それに、私とエリザも学生結婚だったしね。
だから、キティ?
サイラス君と良く話しなさい」
私が彼を見つめると、彼も私を見返した。
すると、その様子を眺めていた母が口を開いたのだ。
「・・・そうね。
私も、あなた達が自分で決めた事なら応援するわ」
結婚の話が終わると、その後は和やかに食事会は進んだ。
そして食べ終わる頃には、父母は気を遣ってか、そそくさと退出して行ったのだ。
カトラリーは下げられ、食後のお茶が準備されているテーブルを見つめる。
(なんて切り出せばいいのだろうか)
食事室にはもちろんだが、私と彼しかいない。
そして彼は何も話す気はないのか、ずっと口を開こうとしないので、おずおずと話しかけてみた。
「サイラス様?
・・・その・・・不安に思う事はないですよ?
私も結婚するなら、貴方しかいないと思っていますから」
「ああ、それは知っている」
(え?・・・知っているって、なぜ?)
そんなにハッキリと言われると、事実なのだが、なぜか釈然としない。
「じゃあ、前に決めた通りでいいですか?」
すると、お茶に手をかけた彼が私を見つめた。
「いいや。
婚約は破棄できるが、婚姻だとそう簡単には離縁出来ない。
それにこの先、何があるか分からないだろう?」
(・・・彼はいったい、何を心配しているのだろうか?)
そんな考える私に向かって、さらに言葉を重ねた。
「じゃあ僕は、三回分の権利を使って入籍日を早めたい。
できれば卒業前が理想だ。
これは金銭や倫理的観点から外れたものではないし、三回分を全部使うのだから、対価は同じだろう?」
「・・・それって同じなのでしょうか?
それに三回分って、サイラス様はあと一回しか権利がありませんよ?」
「前回も言ったが、入籍だけだ。
式を迎えるまでは、今と同じ生活でいい。
それと、次の試験は必ず勝つからな」
「私だって負けられません!虫探しを手伝ってもらう権利が欲しいので」
すると彼は、フッと笑った。
「・・・決まりだな。
じゃあ僕は帰って勉学に励む事にするよ。
今日は世話になった」
スッと立ち上がった彼は、サッサと部屋を出て行ってしまったのだ。
あまりの行動の速さに、目で追う事しか出来なかった私は、出遅れてしまった。
(・・・いけない。お見送りしないと)
そのまま食事室を飛び出した私は、彼の後を追うのだった。




