36
翌朝になると見渡す限りの青空が広がっていた。
昨日の雪が幻だったのではないかと思えるほど、雲一つない空は、何事もなかったかのような顔で澄み切っている。
メイドがカーテンを開けてくれた窓から、ボーッと空を見上げていた私は、未だにベッドの中から出られずにいた。
「キティお嬢様?そろそろお支度をしませんと学園へ遅刻してしまいますよ?」
その声で、のそのそとベッドから這い出たのだった。
準備を終えたあと食事室へ向かっていると、父と母が二人で出て来たところに出くわした。
「おはよう、キティちゃん」
「おはようございます。急いでどうしたんですか?」
「急に打ち合わせが早まったのよ。
だから、先に出るわね!
アレク、行きましょうか」
母の言葉で父に目をやると、何かにもたついていた。
「待ってよエリザ。
ネクタイが上手くいかないんだ」
「もう、仕方ないわね。
ほら、こっちに来て」
そう言ってネクタイを結ぶ母は満更でもなさそうである。
「はい。出来たわ!」
「ありがとう、エリザ」
「じゃあキティちゃんも、学園へ行ってらっしゃい」
そう言って、二人は嵐の様に去って行った。
(私も、早く食事を済ませて学園へ行かないと)
この時期は、寒さで脳の覚醒も遅くなる私は、ボーッとしながら食事室の扉を開けた。
「おはよう!キティ」
その聞き覚えのある声に、一瞬で覚醒する。
「な!?なんで貴方がいるんですか!?
国へ帰ったのでは!?」
テーブルには、コーヒーを飲みながら植物の本を開いているクラウドがいた。
「まぁまぁ、座りなよ。
キティ、久しぶりだね。
それとボクは、国へ帰るなんて一言も言ってないよ?」
(・・・あれ?そうだったかな?)
思い出したくても思い出せない。
「少し待ってください。
頭を整理します」
私は、用意されている朝食を食べ始めた。
・・・そう言えば思い返すと、クラウドの『出て行く』という言葉で、勝手に国へ帰るものだと思い込んでしまったのだ。
(という事は、今はどこにいるのだろう・・・?)
とろとろのチーズオムレツを飲み込んだ私は、彼を見つめた。
「クラウド君?
今はどちらにいるのですか?」
「君の屋敷の隣にあるアパルトマンだよ。
お隣さんだね」
隣と言っても、うちは森もあるので敷地が広い。
それでも、門を出てから歩いて10分程の距離だ。
(まさか、そんなに近くにいたとは・・・)
甘酸っぱいりんごパンを口に入れた私は、ある事に気付いた。
「あの、うちへの滞在期間は一ヶ月だったはず。
どうして国へ帰らないのですか?」
『ああ、それね』と言いながらコーヒーを一口飲んでいる。
「元々、メリーウェザー家のお屋敷でお世話になった後は、一人暮らしをしようと思っていたんだよ。
一ヶ月そこらじゃ、色々な花を研究できないだろう?
だから、それが少し早まっただけだね。
そして喜ばしい事に、新しい家の片付けも終わったから、またちょくちょく遊びにくるよ」
なんだか面倒臭くなった私は、一気に牛乳を飲み干した。
「・・・そうですか。私に面倒を掛けなければいいです。じゃあ学園へ行くので」
「ああ、行ってらっしゃい。頑張ってね」
キラキラとしたクラウドの笑顔に見送られて部屋を出た私は、馬車へ乗り込んだ。
窓から流れる景色を眺めていると、不意に思い至った。
(そうよ、あの時の違和感は・・・)
彼が旅立つ日、これで最後という感じがしなかったのは、クラウドの中で最後ではなかったからだ。
(・・・はぁ。思い込みって怖いな)
学園へ到着した私は、馬車を降りて歩き出すと、彼の後ろ姿が見えた。
「おはようございます、サイラス様」
「おはよう、キティ」
少し前の私達じゃ考えられない程に親しく呼び合う名前。そして、和やかな空気が漂っている。
そんな彼の優しい笑みを見ながら、ふと思った。
(・・・まさか、彼との関係を大切に思える日が来るなんてね)
すると彼は手を差し出した。
それを自然に取る私の顔には笑みが溢れる。
今思うと、彼との婚約を選んだ事は間違いではなかった。
そう言い切れる自分は、きっと幸せなのだろう。
目をやると進む先には、人々が何かを取り囲むように集まっていた。
「・・・何でしょうか?」
「さぁな。行ってみるか?」
隙間から覗くと、次の試験日の予定表が貼り出されていた。一通り確認した私は、彼を見上げる。
「試験の時は敵同士、絶対に負けません」
敵対心を露わにした私を彼は見下ろした。
「もちろん、望むところだ。
今度こそ、徹底的に叩きのめしてやろう。
覚悟しておけ」
相変わらずの言葉に、フンっと鼻を鳴らす。
「サイラス様こそ、覚悟して下さい。
逆に叩きのめして差し上げますよ?」
以前と変わる事なく、言い合いをしている私達だが、右手は彼の左手にしっかりと握られている。
それはきっと、今まで積み重ねてきた信頼の証なのだろう。
そしてこれから先、お互いが互いに振り回されていると感じながらも、前へと進んで行くのだ。
私達の進む道が、ずっとずっと光溢れる事を切に願って。
ーーーそう。だってこれが、私と彼の難儀な婚約事情なのだからーーー
ーーーENDーーー
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