↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/38

34

そしてあれから更に月日が経った。

教室の窓から空を見上げると、雪がちらちらと舞っている。


(・・・はぁ。毎日寒いな)


そう思っていると【カーン カーン】と鐘が鳴った。


(さぁ、今日は帰ろう)


立ち上がる私に声を掛けたのはベリックだった。


「あれ?今日は研究室へは行かないの?」


「はい。

今日は別の場所へ行こうと思っています」


「そうなんだ!

じゃあ頑張ってね!また明日!」


そう言って、元気に去って行くベリックに手を振った私は歩き出した。


この時期の虫は、土の中や落ち葉の下など、寒さを凌ぐ為に隠れている事が多いのだが、学園だとこまめに清掃されてしまうので、その場所がないのだ。


だから、家の裏にある森へ行こうと思っている。


颯爽と歩く私は、馬車へ乗る手前で聞き覚えのある声に呼び止められた。


「キティ、そんなに急いでどこに行くんだ?」


振り向くと同じく帰ろうとしているサイラスの姿があった。


「家へ帰るのですよ」


「研究はどうしたんだ?」


「今日は森へ行くのです」


そう答えた私に彼は眉を寄せた。


「・・・一人でか?」


「はい。近くの森ですから」


すると考えながら顎に手を乗せている。

それを眺めながらしばらく待っていると、やっと口を開いた。


「じゃあ僕も行く」


「・・・虫探しですよ?」


「分かっている。話したい事もあるし、今日は付き合う」


もちろん、その言葉に心が踊ったのは言うまでもない。


(やったわ!

前回のテストでは、回数の補充が出来なかったから頼めなかったけど、まさか自ら志願してくれるなんて)


彼は自分の馬車の御者に何かを話し、私の手を掴んでからウチの馬車へと乗り込んだ。


「・・・で、何の虫を探すんだ?」


「はい。この時期の虫達は、寒さ故に石や葉、枯れ木に隠れて過ごすものがいます。

なので、どんな虫がどの様にして過ごしているのかを観察したいのです」


「ああ、以前話していたな。

それだと、今日は捕まえないのか?」


私はそれに頷いた。


「それより、以前話しましたか?」


「・・・まぁな。

じゃあ僕は石とかを退かせばいいんだな?」


「はい。大変助かります」


そして屋敷に到着してから防寒着に着替えて荷物を持った私は、彼の待つ客室へと向かう。

暖かい部屋の中で優雅にお茶を飲んでいた彼にそれを差し出した。


「外は寒いので、これに着替えて下さい」


「・・・これは?」


「父の服です。特に森は寒いし汚れてしまうので、必要不可欠なのですよ」


すると、彼は眉を顰めながらも受け取った。


「父君の服を僕が着ても良いのだろうか?」


「大丈夫です。許可は得ていますから」


それに頷いた彼は、『着替えてくる』と言って隣の部屋へ向かった。


窓辺に近寄り、森がある方向を眺める。

雪は既に止んでおり、木にうっすらと積もる雪が、雲の裂け目から降り注ぐ光に照らされ輝いて見えた。


「キティ、待たせたな」


その声に振り返ると、サイラスはちゃんと父の服を纏っていた。

見た感じ、サイズも大丈夫そうである。


「いいえ、大丈夫です。

では、早速行きましょうか」


屋敷を出ると、冷たい風が吹き抜けた。

思わず身体に力が入る。


だから私は、森へ入る前に彼へ手袋を渡す事にしたのだ。


「作業用になりますが、ないよりはマシだと思うので、寒さ凌ぎにつけて下さい」


「ああ、ありがとう。

それで、どれくらいで着くんだ?」


早速手袋をはめているのを見ると、やっぱり寒かったのだろう。


「屋敷の裏手に小高い山があるのです。

歩いて5分程でしょうか」


しばらく歩くと、目の前に鬱蒼とした森が姿を現した。

それに驚いた様子の彼が見上げている。


「いきなり雰囲気が変わったな」


「はい。研究の為に、草木が近い場所に屋敷を建てたそうなんです。

表からは死角となるので、気付きにくいですよね」


足を進めた私に対して、彼は今だに立ち止まり森を見上げていた。

しかも、なかなか足を前に出そうとしない。


「何かありましたか?」


「いいや、なんか圧倒されるな」


「自然の力ってすごいですよね。

森の中にいると、その力をより一層感じられるのですよ」


「そういうものか?」


私は頷いて彼に手を差し出した。


「さぁ、行きましょう」


それに手を重ねた彼と一緒に、森の中へと入ったのだ。


一歩足を踏み出すと、しんとした空気が流れている。

私達の足音が響く中、進んで行くと木の葉や石が転がる場所に出た。丸くポッカリと開いた木々の隙間からは、曇天が見える。


「サイラス様、この辺りで探したいと思います」


「分かった。まずは何をすればいい?」


私は引いていた彼の手を繋いだまま、少し陽が差す場所でしゃがんだ。


「そっと葉や石を退けてみて下さい。虫がいたら私に教えてくれますか?」


頷いた彼を横目に、私も近くで探してみた。

すると葉の下に、てんとう虫を見つけたのだ。


身を寄せ合って寒さを耐えている彼らを一通り観察した私は、葉を元通りに戻す。

その後も彼の協力のもと、色々な幼虫や成虫を見つける事ができた。


きっと彼らは、暖かくなる頃に、また元気な姿を見せてくれるのであろう。


(さぁ、帰ったら日記を纏めないと)


立ち上がった私は、今も石をひっくり返している彼に告げた。


「サイラス様、手伝ってくださりありがとうございます」


「・・・ああ、もう大丈夫か?」


「はい。お陰様で日記に沢山の事が書けそうです」


「それは良かった」


そう言いながら彼が手袋を外していると、空からチラチラと降ってきた雪が私の手に落ちて溶けた。


「雪が降り始めてしまいましたね。

早く戻りましょうか」


すると私の頬に、彼の温かい手がそっと触れたのだ。

それに驚いた私は目を向けた。


「・・・冷たいな。

なぁキティ?

婚約前に話した僕の条件は覚えているか?」


「・・・はい。もちろんです」


ずっと、見て見ぬふりをしてきたその言葉に心臓が跳ねた。

彼は以前、私を好きだと言ってくれたが、結んだ条件は契約と一緒。

であれば、守らなくてはならない。


改めて自分の中で条件を確認した私は、気まずくなって彼から目を逸らした。


(・・・私は、彼の条件を守れるのだろうか)


すると頬に置かれていた彼の手が、何の前触れもなく私の首の後ろへと回った。


直接触れる手にくすぐったさを覚えた私は、彼に視線を戻すのと同時に口を開いた時。

グッと引き寄せられたかと思うと、彼の唇が重なったのだ。


(・・・え?)


何が起きたのか分からず、目を見開いたままの私を彼が見下ろしている。

至近距離で見つめ合う事に恥ずかしさを覚えた私は瞳を閉じた。


・・・胸が熱い。

それに、どれくらいの時間が経ったのだろうか。


周りはしんと静まり返り、冷たい空気が張り詰めている。

けれどそれとは対照的に、私の心臓は熱く高鳴り、頬を染めた。


すると彼が、いきなり私の唇を食んだのだ。


(な!?え?・・・なに!?)


恥ずかしいのに嬉しい。止めてほしいのに止めてほしくない。


結局どうしていいのか分からない私は、されるがままに翻弄され、彼の胸の上に置いていた手で服をギュッと握る事しか出来なかった。


そして暫くして離れて行く彼にもたれ掛かった私は一息吐く。


(・・・は、恥ずかし過ぎて、顔を上げられない)


すると、私を抱きしめた彼が耳元で囁いたのだ。


「これで借りは返せたな」


その聞き捨てならない言葉に驚いた私は、顔をバッと上げた。


「な!?なんて事をするんですか!!

神聖な儀式を汚したらバチが当たりますよ!」


「バチなんて当たる訳ない。

だって僕は君が好きだし、君も僕が好きだろう?

・・・だからキティ。

僕が言った条件は、既に満たさなくなったんだ。

都合がいいかもしれないが、反故にして欲しい。

もちろん、僕の権利を一つ行使する。

・・・どうだろうか?」


そう言ってギュッと抱きしめてきた彼の胸からは、心なしか心音を速く感じる。


(・・・もしかして、緊張しているのだろうか?)


そう思うと、彼の胸に置いてあった手が背中へと回った。


「はい。反故にしてくださると、私も嬉しいです」


すると、私を抱きしめる腕に力が入る。


(・・・ちょっと。地味に痛いんだけど)


「サイラス様、少し痛いんで離して下さい!」


「・・・悪い」


力を緩めた彼は、私の頭に顔を乗せた。

そしてため息を吐くと囁いたのだ。


「・・・はぁ、可愛過ぎてヤバい」


彼から出た言葉とは思えない単語に目を瞠る。


「な!?なんて事を言うのですか!止めてください!」


「本当の事だ。

それよりキティ?

・・・早く結婚しないか?」


彼は頭から顔を離すと私を見下ろした。


「え?結婚は卒業してから一年後ですよね?」


「じゃあ僕の最後の権利を使う」


「いやいや、待って下さい。

あまりにも対価の差があり過ぎます。

それに両親にも伝えてありますから、今更時期をずらすのはどうかと思いますよ?」


すると彼は私の腰に回していた手を解いた。


「・・・分かった。

取り敢えず、この話はまたにするよ。

じゃあキティ、戻ろうか」


そう言って手を差し出した。

あっさりと引き下がる彼に思う事はあったが、納得してくれたのだろうと結論付けた私は、その手を取ったのだ。


帰り道、彼が私と繋いでいない方の手で、枝を指差した。


「この枝に付いている丸い物はなんだろう?」


「・・・これはカマキリの卵ですね。

カマキリは卵で冬を越すんですよ。

暖かい春になると孵化するのです」


「そうなのか。種類によって、だいぶ違うんだな」


「はい。だから、面白いのです」


私達は手を取り合い雪が舞う空の下、気付いたものや見つけたものを互いに教え合いながら、帰り道を時間が許す限り、ゆっくりと歩いたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。