32
屋敷へと着いた私は、早速手続きを開始すべく、彼に便箋を差し出した。
「クラウド君、夫人に手紙を書いて下さい」
「え?もう書くの?」
「はい。
グダグダしている暇はありません」
「帰って来たばっかりだし、明日でいいんじゃない?」
「ダメです。
これ以上、サイラス様に心配をお掛けする事は出来ませんので」
すると彼は、私をジトリとした目で見つめた。
「ふーん。
君は、彼を好きなんだ?」
「・・・婚約者ですから」
「そう?
・・・まぁ、いいや」
そう言うと彼は私から便箋を受け取り、少し考えてから手紙を書き始めた。
「・・・書けたよ」
「じゃあ私は手紙を出して来ますので、部屋でゆっくりしていて下さい」
「いいや。ボクは少し出掛けてくるよ。
夕飯には間に合うから、一緒に食べようね」
立ち上がった彼は、あっという間に談話室から出て行ったのだった。
(・・・出掛けるのなら、手紙を出してくれればいいのに)
私は右手に持つ手紙に目をやると、クラウドと入れ違いに父が入って来たのだ。
「・・・あれ?キティ!
サイラス君の家から帰って来たんだね。
どうだった?花嫁修行は?」
その言葉に固まる。
(・・・どういう事?)
私の様子がおかしい事に気付いた父は、まじまじと見つめた。
「うん?違ったかな?
ママが『キティは、サイラスさんの家でラブラブ花嫁修行に行ったわ!』と嬉しそうに教えてくれたんだけどな」
私があの時に書いた手紙には、暫く泊まる事と制服、メガネ、それに虫を持って来て欲しいとしか記してない。
どこにも花嫁修行なんて書いてないんだけど?
首を傾げていると、着飾った母が入って来た。
「キティちゃん!帰って来たのね!
それより、サイラスさんとの仲を深めたようで何よりだわ。
これで、いつでも結婚できるわね」
「・・・お母様?誰からの情報ですか?
それと、今日は何かあるのですか?」
メイドにお茶を用意する事を頼んだ母は、椅子に腰掛けた。
「今日は仕事で会食があるのよ。
でもパパはいるから、三人で夕食を食べてね。
それと情報?だったかしら。
もちろん、あちらのご両親からに決まっているじゃない!
大事な娘を預けるのだもの。あちらも、逐一報告をしてくれたのよ」
・・・そう言われると、何だか見られている感じがした。
「そうですか。
ですが、まだ結婚はしません。
卒業の一年後となりますので、よろしくお願いします」
運ばれて来たお茶に口を付けた母が、情報誌を開いた。
「それは残念ね。
・・・でも早まる分には、いつでも大歓迎だから、そうなったら相談しなさい」
私は頷くだけに留めて、手紙を出す為に部屋を後にしたのだった。
ーーーそして時は少し遡り、サイラスは二人が退出した部屋でやさぐれながらソファーで横になっていた。
(危ないと言ったのに、なぜ奴と行ってしまうんだ)
そして先程の彼女の言葉を思い返す。
『私の事も信用して下さい』
・・・もちろん、信用している。
だが、前にいる男が信用出来ないんだ。
(・・・はぁ。本当に分かっていない)
今まで、ノーマークで来たからだろう。
警戒心が無さすぎる。
時計に目をやると、彼女達が去ってからまだ数十分しか経っていない。
なのに既に心配になった僕は、思わず立ち上がり、部屋の中を右往左往してしまう。
(明日学園で会った時に確認すれば大丈夫か?
・・・いや、それで手遅れになっては元も子もない。
今から彼女の屋敷へ行くか?
だが、どんな理由で会いに行けばいい?)
そんな事が頭の中を巡り続けている間に、時間は刻一刻と過ぎるのだった。
すると、部屋のノック音がして顔を覗かせたメイドが告げた。
「サイラス様。奥様が談話室にてお呼びでございます」
「ああ、分かった」
客室を後にして談話室に入った僕は、母に声を掛けた。
「母上、お呼びと伺いました」
「サイラス、来たのね。
あら?キティさんはどうしたの?」
「さっき帰りました。後日挨拶に来るそうです」
すると母は頬に手を当てて『ふぅっ』と息を吐いた。
「そうなのね、何だか寂しいわ。
それと、キティさんに聞こうと思ったのよ。
昨日頂いたのだけれど、どうやって食べるのかしら?」
そう言って視線を落とした母の前には、硬そうな赤い実が乗った皿が置いてあった。
これがさっき話していたザクロか。
「僕も知りません。
・・・なんか、硬そうですね」
「そうなのよ。初めて見る物だから戸惑っちゃってね。
取り敢えず、切ってみましょうか?」
僕は皿の上でゴロンと転がる沢山のザクロを眺めていると閃いた。
(そうだ!これだ!)
「母上、まだ切らないで下さい。
彼女に聞いてきます」
「ええ?今から行くの?」
「はい。では行って参ります」
背を向けて歩き出した僕に、母は目を丸くしていた。
「サイラス!キティさんによろしくね」
僕はその言葉に、右手を上げたのだった。
そして馬車に乗り込み、彼女の屋敷を目指す。
(・・・よし。会いに行ける口実が出来たな)
気分が良くなった僕は、馬車の中で鼻歌を口ずさむのであった。
* * * * *
いつも目印にしている赤い屋根の家が見えると、彼女の屋敷はすぐそこだ。
門をくぐり屋敷に着いた僕は、キティがいる場所に案内をしてもらう。
そして扉を開くと、彼女が一人でテーブル席に着いていた。
「サイラス様?どうしたのですか?」
いつもと変わらない彼女の様子に、何もなかったのだと悟った僕は一息吐いた。
「・・・ああ、いや。
その、ザクロの食べ方が分からなくてな。
聞きに来たんだ」
「すみません、ちゃんと食べ方を伝えていけば良かったですね。
今紙に書きますから、お掛けになってお待ち下さい」
僕はキティが座る隣の椅子に腰掛けた。
メガネのフレーム越しに見える彼女の横顔は、目が伏せられ、長いまつ毛が庇を作っている。
(・・・僕の前では、メガネを取ってくれないかな)
そう思っていると扉が開き、気に食わない奴が入って来たのだ。
「あれー?何でまたいるの?
今日はもう、君の事はお腹いっぱいだよ」
「僕はアンタに会いに来たんじゃない!」
「わぁ、怖ーい。
キティ、隣に怖い人が座ってるよ。
早く逃げて」
「煩い!少し静かに出来ないのか?」
「それは君もでしょう?
かなり煩いの知ってる?」
(コイツ・・・)
睨み合っていると、彼女の父が入って来た。
「あれ?サイラス君じゃないか!
どうしたんだい?遊びに来たのかな?
良かったら、夕食を共にしようよ」
「こんな時間にお邪魔してしまい、申し訳ありません。
はい。是非ご一緒させて下さい」
すると奴が口を開いた。
「アレクさん、知っていますか?
キティの婚約者は、言葉遣いが粗暴でかなり煩いんですよ」
(な、何を言い出すんだコイツは!)
「それは、サイラス君とクラウド君が気の置けない友達だからじゃないのかな?
この前、エリザから聞いたよ。
三人で仲良くお茶会をしていたって」
(・・・え?)
見ると、奴も目を丸くしている。
全くの見当違いで何も返せないでいる僕に、キティが話しかけた。
「出来ました!
サイラス様、お待たせして申し訳ありません。
これで、しっかりとザクロが食べられますよ」
彼女が差し出してきた紙には、絵が描かれており、綺麗に色まで塗られていた。
これを見たら、絶対に分かるとばかりに、丁寧に描かれた紙を折り畳み、胸ポケットへと仕舞う。
「キティ、ありがとう」
すると、彼女の父がみんなに声を掛けた。
「じゃあ早速、晩餐にしようか!
今日はエリザがいないから、サイラス君に来てもらったよ」
(どういう訳か、エリザさんの代わりで僕が来た、という内容になっているが、まぁいいか)
そして晩餐が始まり、ワンプレート皿には、ほうれん草のキッシュと、ブロッコリーと茹で卵のサラダ。
それに、チキンソテーが乗っていた。
「さぁ、遠慮せずに食べてくれ」
僕はチキンソテーを切り分けて口へ入れた。
(・・・あ、柔らかくて美味しい)
すると、また奴が話しかけてきたのだ。
「君はなんで来たの?
本当にエリザさんの代わり?」
「まぁ、そうかな?」
「だったら、あの時にそう言えばいいじゃないか」
「・・・色々あるんだよ。
取り敢えずいいから、黙って食べろ」
そんな僕らの様子を見ていたのだろう。
チキンソテーをフォークに刺した時に彼女の父と目が合った。
「やっぱり、君達は仲良しなんだね!
でも、出来ればキティも仲間に入れてあげてくれないかな?」
すると、コンソメスープを飲んでいた彼女のスプーンから、ズズっと音がした。
「お父様。そういうのじゃないので、変な事を言わないで下さい」
「でもキティ?
幼馴染のクラウド君も婚約者のサイラス君も、どっちもキティの大好きな人達だろう?
だから、ちゃんと好きだって伝えないとダメだよ」
その言葉に今度は、咳き込む音が聞こえてきた。
僕はすかさず背中をさすってやる。
(それにしても、薄々感じてはいたが、すごい父親だな)
異性が同席する場所で、年頃の娘に向かって好意を伝えろと言うのは、なかなかにないと思う。
すると、徐々に落ち着きを取り戻したキティがお茶をグビッと飲んだ。
「お父様!
今日はお母様がいないので、いい加減にして下さい!」
(・・・なるほど、母親が制御装置か。
うん?・・・だとすると、代わりにいる僕がその役目を担う事になるのか?)
それもそれで、ハードルが高いな。
すると、見かねた奴が話題を変えた。
「そうだ、アレクさん。
実はボク、ここを出て行く事にしたんです」
「え?そうなのかい?
また急で驚いたよ。
いつ引っ越す予定だい?」
「今日母に手紙を出したので、返信があり次第になりますね。
本当にありがとうございました。
ここに来られて楽しかったです」
「こちらこそありがとう。
クラウド君と植物の話を出来た事は、私にとっても貴重な日々だったよ。
寂しくなるが、またいつでも遊びに来なさい」
まさか今日の今日で、出て行くと宣言するとは思っていなかった僕は、少しばかり奴の事を見直したのだった。
そして、ほうれん草のキッシュを口に入れる。
(・・・うん。コクがあって美味いな)
彼女の家の料理はとても美味しいのだ。
味を噛み締めながら、ブロッコリーをフォークに刺した。
(・・・あれ?そう言えば、何か忘れてないか?)
そう思ったのも束の間、キティに話しかけられた瞬間に頭から抜けてしまったのだった。
ーーーそしてその頃。
サイラスが楽しい晩餐を過ごしている時の家では。
仕事から帰って来たサイラスの父は、テーブルに置かれている皿に目を落とした。
「この赤くて硬そうな物は何なんだい?」
「昨日キティさんにもらったのよ。
けど、食べ方が分からなくてね。
サイラスが聞きに行っているの」
「・・・これが食べ物なのか?
世の中には、知らない物が沢山あるんだなぁ」
「ええ、そうね。
それより、サイラスは何をやっているのかしら?
行ったっきり、全然帰って来ないのよ。
だから貴方、先に晩餐にしましょうか」
「そうだな。
久しぶりに夫婦水入らずでの食事も悪くない」
そして結局、ザクロがその日中に食べられる事はなかった。
後日、サイラスが持ち帰った紙を見ながら食べてみると、宝石の様に綺麗な赤い粒に、プチプチとした何とも言えない不思議な食感。
それに加えて、爽やかな甘酸っぱい味に魅了された三人は、ザクロの虜になってしまうのだった。




