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それからあっという間に休日となり、彼の屋敷へクラウドがやって来る時間となった。
サイラスに申し訳ないと思いながらも、客室を用意してもらった私は、ソファーに並んで座る。
「キティ大丈夫か?」
「はい。平気です」
目の前にあるクラウドが座るであろう席を見つめた。
(・・・うん、大丈夫)
すると、扉のノック音が響いたのだ。
「失礼致します。ディバイン様がいらっしゃいました」
「ああ、入ってもらってくれ」
メイドと共に現れたクラウドは、いつもと変わらない優しい笑みを湛えていた。
「キティ、久しぶりだね。
アレクさんもエリザさんも、早く帰ってこないのかと心配していたよ」
「お久しぶりです、クラウド君。
・・・それと母達は、サイラス様の家にいる事を心配していません。
嘘はやめて下さい」
「・・・ふーん。そう?
けど、本当に思い出してくれたんだね!
嬉しいなぁ。じゃあ、約束も全部知っているよね?」
「ええ、そうですね。
取り敢えず、前のソファーに腰掛けて下さい」
そう伝えると彼は前に座り、用意されていたお茶を飲んだ。
「それで、聞きたい事ってなにかな?」
「どうして、私にあんな事をしたのですか?」
「あんな事って、君にメガネを掛けさせて一人ぼっちがいいと思い込ませたこと?」
すると、その言葉に反応したのはサイラスだった。
「なぁアンタ、彼女を傷つけてまで、何をしたかったんだ?」
そんな彼に目を向けたクラウドが更に笑みを深くした。
「それは、呪われる人を増やさない為にだよ。
けど、君は既に呪われてしまったから仕方ないよね」
「前も思ったが、呪いって何を言ってるんだ?」
「・・・そうだね。
じゃあ少し、昔話でもするとしようかな。
・・・ボクはね、キティと出会う前は本当に寂しかったんだーーー」
弟が産まれてからずっと、ボクは一人ぼっちだった。
父に似た弟に掛かり切りの母は、余程父の事を愛していたのだろう。
そして自分に似た容姿のボクには、全く見向きもしなくなった。
父は、後継としてのボクしか見ていなかったから、愛情を掛けてくれる事はない。
そんな、誰からも関心を向けられない事が、どれ程に寂しい事なのか、君達には分かるかな?
(・・・もうボクは、必要ないのかもしれない)
自分の中で、そう答えを出そうとした時に一縷の望みに賭けてみる事にした。
だから母の開くお茶会で、行方を晦ます事にしたんだ。
それにその頃のボクは、親から関心を向けられていない子として、子供達からは除け者にされていたからね。
だから、お茶会の日もいつも一人。
きっとみんなは、ボクがいない事にも気付かないだろう。
けど、それでも母だけは違うと思いたかったんだ。
だから探しに来てくれる事を期待して庭へと出た。
一歩踏み出すと、彩り豊かな花が咲く庭園は、まさしく生き物達の聖地だった。
蝶が舞い、鳥が鳴き、生きている事を感じさせてくれる。
その中でもボクは、花が好きだ。
何も言わずに動かず、ジッと虫や鳥を待つ姿がなんともいじらしい。
・・・その姿が、ボクと重なって見えたんだ。
(花なら、ボクの気持ちを理解してくれるかもしれない)
そう思っていると、向こうから音がした。
覗いてみると、女の子が赤い花をジッと見ている。
(・・・いや、違う。あれは蝶を見ているんだ)
すると、その子の前を蜜蜂が通り過ぎた。
興味の対象が変わったのか、蜂を追いかけようとしている。
それに声を掛けた事で、ボクの未来は変わった。
彼女と過ごす時間は、何物にも変え難いボクの大切な宝物となった。
・・・けれど、それも長くは続かない。
他の子が彼女に興味を示してしまったから。
だからボクは必死で考えた。
どうすれば、彼女を引き止められるのか。
そして、自分のものに出来るのか・・・。
色々と考えるうちに、気付いたんだ。
ボクの中で、母の事よりも彼女の存在が大きくなっていることに。
(・・・彼女以外はいらない)
そう思う程に、ボクは君に呪われてしまったんだと確信した。
だから、ボク以外の人に気付かれまいと君を隠す事にしたんだ。
時を経て、迎えに行ける準備が整うまでは、誰にも知られてはならない・・・。
ーーー「上手くいくと思っていたんだよ。けど君は、知らない男と婚約していた。
そして僕との約束を破って、その男も呪ったんだろう?」
クラウドはサイラスを鋭く見つめた。
「私、呪ってなんていません!
そもそも、呪い方を知りません」
すると隣から『ブハッ』噴き出す声が聞こえた。
驚いて振り向くと、サイラスが笑っている。
何に笑っているのか分からない私は、ジッと彼を見つめたのだが、それに気を悪くしたクラウドの不機嫌そうな声が耳を掠めた。
「・・・何が面白い?」
「ははっ。・・・いや、悪いな。
だがその呪いって、彼女の事が男として好きである事を誤魔化す為の言葉だろう?
・・・それが、なんとも不憫に思えてな。
彼女の心を掴みたかったのなら、もっと違うやり方があったんじゃないのか?」
「君には分からないよ。
どうせ、恵まれた環境で生きてきたんだろう?」
「まぁ、確かにな。
けどさっきから聞いていると、アンタのはただのエゴじゃないか。
そんな男を選ぶほど、彼女は馬鹿じゃない」
互いの鋭い視線がかち合う一触即発の雰囲気に居た堪れなくなった私は口を開いた。
「お話は分かりました。
それで結局、クラウド君はどうしたいのですか?」
「キティを連れて帰りたい。
ずっとボクといるって約束したじゃないか」
けれど、私を差し置いて反応したのはサイラスだった。
「そんなの、無理に決まってんだろ!
キティは僕の婚約者だ」
私はサイラスに首を振ってから、クラウドに向き直る。
「クラウド君。
確かに、一人にしないと約束しました。
けれども私は、貴方にされた仕打ちを忘れる事も許す事も出来ません。
もうお互いに、昔の様には戻れないのですよ」
「キティ?ボクには君しかいないんだよ?
君がいなくなったら、また一人だ」
そう言って俯くクラウドに対して姿勢を正した。
「・・・本当にそうでしょうか?」
「・・・え?」
顔を上げた彼と目が合う。
その瞳には、少しの希望を覗かせていた。
「先日、クラウド君のお母様から果物が届きましたよね?
それはうちに対してではなく、貴方に食べてもらいたくて贈られた物ではないですか?」
「は?何言ってるの?
そんな事あるわけないよ。
それはただの体裁だろう?」
それに首を振る。
「実は昨日、母から果物が届いたんです。
開けてみると、貴方が好きで昔よく食べていた隣国のフルーツ【ザクロ】でした。
そして手紙には、伯爵夫人から沢山もらったと書いてあったのです」
「まぁ確かに、昔はよく食べていたね。
けど、今はそんなに好きじゃないよ。
それのどこが僕の為?」
「きっとお母様は、貴方の今好きな物を知らないのではないですか?
だから昔好きだった物を贈ってきた。
・・・でないと、おかしいのです」
私は顎に手を当てた。
「おかしいって何が?」
「隣国のフルーツは多々あります。
一番有名なのがメロン。次いで無花果でしょうか。
ザクロはマイナーで、なかなか贈り物には向かない食べ物です。
それなのに、なぜ伯爵夫人がザクロを選んだのか。
・・・それはひとえに、貴方へ贈った物と考えるのが一番しっくりときます」
「今更あの人が?
・・・全く見向きをしなかったくせに、そんな事あるはずがない」
彼が首を振りながら、自問自答しているのを見た私は提案をした。
「それを是非、伯爵夫人へ聞いてみて下さい。
もしかしたら、新しい一面を知る事が出来るのではないでしょうか。
それに私の見解だと、夫人は後悔の末、今の貴方を知りたいと思っているんじゃないかと思います」
「なんで、そう思う?」
「それは、ザクロの実の花言葉【愚かしさと結合】
夫人は、貴方に対してしてしまった愚かな過ちを悔い改め、家族の結び付きを取り戻せたらと考えているのかもしれません。
その言葉はきっと、私よりもクラウド君の方が詳しいのではないですか?」
(・・・まぁ、あくまでも私の見解に過ぎないのだが)
それを聞いた彼は、更に考え込んでしまった。
すると隣から『君はやっぱりすごいな』と感心する声が聞こえる。
「別にすごくありません。
全てが私の主観であり、憶測に過ぎません。
本当の事は、本人にしか分からないのです」
「それでも、人に希望や勇気を与える事ができる君を、僕はとても素晴らしいと思うよ」
なんだか、過大評価されている事に居た堪れない。
私は、未だに考え込んでいるクラウドに問いかけた。
「クラウド君。
一度、お母様とお話しされてみてはどうですか?」
顔を上げた彼は私を見つめた。
その表情には、いつもの妖精の様な笑みを浮かべていなかった。
「・・・だが、今更何を話せばいいのか・・・」
「それは、何でもいいと思います。
好きな食べ物でもいいですし、天気の話でも何でも大丈夫ですよ。
何かしらのキッカケが掴めれば、大成功だと思います」
すると、彼は頷くと私に頭を下げたのだ。
「キティ、今まで本当に申し訳なかった。
ボクがしてきた事は、到底許される事ではない。
だから、君の家からはすぐに出て行くよ。
・・・それと、ボクが君を好きなのは本当だ。
出来れば、忘れないでいて欲しい」
なんて返せば良いのか悩んでいると隣から声がした。
「今更未練がましい爪痕を残していくんじゃない。
アンタは、幼馴染枠に収まっていればいいんだよ」
「・・・ねぇキティ?
君の婚約者は、言葉遣いがなってないな。
こんな粗暴な奴はやめた方がいいんじゃない?」
「なんだと!?」
そう言って睨み合う二人は、どうやら相性が合わないみたいだ。
「サイラス様もクラウド君もやめて下さい!
取り敢えず私は、クラウド君と家へ戻ります」
「おい!こんな未練がましい奴と一緒に行くってどういう了見だ!?」
「だって、滞在期間は話し合いの日までですよね?
なので私は一回戻ります。
それに、クラウド君は謝ってくれましたから大丈夫ですよ」
「違うだろう?本当に、全く理解していないな!
コイツが謝ったのは今までの事であって、下心は健在なんだよ!それを分かって言っているのか?」
ムッとした私は、クラウドを見つめた。
「クラウド君、そうなんですか?」
「まさか、ボクが何かする訳ないじゃないか!
それより、そんな事を言い出す彼の方が、脳内ヤバいんじゃないの?」
「・・・は?違う!断じてそうじゃない。
それよりお前!人聞きの悪い事を言うなよ!」
「わぁ、怖い。
キティ早く帰ろうよ」
(ああ、やっぱり。犬猿の仲だな)
でも不思議と、不快感はない。
それに、何だか懐かしさが込み上げてくる。
(そういえば、昔の私と彼もこんな感じだったのよね)
出会った頃のサイラスを思い浮かべた私は、思わず微笑んだのであった。
すると、慌てた彼が私の手を握った。
「キティ、違うぞ!
コイツの言葉に惑わされないでくれ」
「・・・ええ、もちろんです。
私は、貴方を信用していますから。
ですから、私の事も信用して下さい」
そう言って微笑む私に、彼も微笑んだ。
「じゃあクラウド君、帰りますよ」
スクっと立ち上がった私は、口を開けて唖然としている彼に告げた。
「サイラス様、荷物は後程使用人に回収させます。
本当にお世話になりました。
ご両親にも後日、お詫びを兼ねて伺いますとお伝え下さい」
私が歩き出すと、クラウドも付いてくる。
「やっぱりキティは、幼馴染のボクが大切なんだね」
彼を煽る様な言い方にイラッとした私は口を開いた。
「勘違いしないで下さい。
私は、貴方を許した覚えはありません。
さぁ、さっさと行きますよ」
ションボリしたクラウドを連れて部屋の扉をくぐる瞬間、サイラスの顔がチラッと見えた。
何か言いたげにこちらをジッと見つめる瞳に思う事はあったが、クラウドを早く国へ帰す手続きをしなくてはならない。
私は、お辞儀をしてから部屋を後にしたのだった。




