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そして翌朝、半開きのカーテンから漏れている光で目覚めた私は、大きな窓から外を眺めた。
昨日とは違い雲一つない空は澄んで晴れ渡っている。
(・・・あれ?ここ、何処だっけ?)
起き抜けの私が辺りを見回していると、部屋の扉が開く音がした。
「おはようございます。
これから毎日、キティ様のお支度が出来るなんて、光栄の極みであります」
入って来たメリーナに目を向けると、昨日の事を思い出した。
(・・・そうだった。昨日はあのまま彼の家に泊まったんだっけ)
ーーー昨日晩餐を終えた私達は、一部屋挟んで隣同士の部屋の前でおやすみの挨拶をしたのだ。
「じゃあキティ、明日も学園だから、朝準備が終わったら君の部屋へ迎えに行くよ」
「はい。よろしくお願いします。
それと、今日はありがとうございました」
すると彼は微笑み『おやすみ』と言って部屋へ入って行ったのだ。
ーーー私がベッドの上でボンヤリしていると、メリーナが再度口を開いた。
「ではキティ様。早速ご準備に取り掛からせてもらいますね」
「はい。よろしくお願いします」
いつもの姿になるようにメリーナに伝えると『キティ様は、もっと華やかな方が似合うと思いますよ』と言われたのだが、今更学園にオシャレをしていく必要性を感じない私は断ったのだ。
「お待たせ致しました。
こちらで大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。メリーナさん。
とても素晴らしいです」
いつもと寸分違わぬ姿に、思わずニンマリしてしまう。
そして最後にメガネを掛けたところで、ノック音がした。
「キティ、おはよう。
準備ができたか?」
部屋へ入って来た彼が辺りを見回すと目を丸くしている。
「な!?何で虫籠がこんなに!?
それに、そのメガネはどうした!?」
「おはようございます、サイラス様。
昨日家から取り寄せたのです。
メガネもちゃんと戻してもらいました」
「・・・そうか。
もう君のやる事なす事に驚かないと決めたのだが、なかなかに上手くいかないな」
「サイラス様?
大丈夫ですよ。ちゃんと、自分でお世話しますから」
「そういう問題じゃない!
それより、早く朝食を食べて学園に行くぞ」
彼に手を取られた私は、そのまま急いで朝食を取り、彼の両親に送り出されて慌ただしく馬車へと乗った。
(あ!そうだ。忘れてた)
私は、ポケットに入っていた手紙を取り出した。
「サイラス様。実は昨日、クラウド君から返信が来たんです。
話し合いは、次の休みの日になりました」
「何でさっき言わなかったんだ?」
そう言いながらも、手紙を受け取って開いている。
「言おうと思ったんですが、虫に気を取られていたみたいなんで、言いそびれました」
「・・・そうだったな」
文字を目で追っている様子を眺めながら待っていると、読み終わった彼と目が合った。
「次の休みは明後日だな。
何処で話し合うんだ?」
「その事でご相談がありまして、サイラス様の屋敷でお願い出来ないでしょうか?」
「それは別に構わないが、何かあるのか?」
「うちでも良かったのですが、できれば両親には聞かれたくないのです」
もし知られたら、傷付けてしまうかもしれないと思ったのだ。
両親の言葉を信じきれなかった、私の愚かさを嘆くに違いない。
それに、クラウドがそんな事をしていたと知られるのも何だか怖い。
俯く私の手に彼の手が重なるのが見えた。
「君が何を考えているのかは定かではないが、大丈夫だ。
何かあれば、僕が力になる。
だから、俯くんじゃない」
前に座る彼の力強い瞳を見つめた私は頷いたのだった。
ーーー学園へ着いた私達は、彼のエスコートで馬車を降りた。
すると、目の前にはマーヤが歩いていたのだ。
「な!?なんで虫女がアーベンスロット様の馬車で来てるの!!?
しかも、エスコートまでされて!」
その大きな声に通りすがりの人達が立ち止まる。
(・・・なんか、面倒な事になったな)
すると彼女は私にではなく、サイラスに声を掛けた。
「アーベンスロット様!
嘘ですよね?
・・・だって貴方様には、とても美しい女性がいらっしゃるではないですか!」
するとマーヤさんは私を見てニヤリと笑い勝ち誇った顔をした。
「・・・何のことだ?」
「私、見たんです。
先月の晩餐会でアーベンスロット様が、とても美しい女性と庭で楽しそうに過ごされていたのを。
そして最後に、抱擁をしていたのも目に焼き付けております!
・・・その方が本命なのですよね?
私、あの美しい方なら納得が出来ます」
「・・・そうか。君も彼女を美しいと思ったんだな?」
「はい。
流石アーベンスロット様です。
私は悔しいと思うより、感服致しました」
それを聞いたサイラスが私に振り向いた。
「だそうだ、キティ。
じゃあ行こうか」
「あ!待って下さいアーベンスロット様~!
まだ、返答を頂いておりませーん」
サイラスに手を伸ばし、舞台女優顔負けの立ち回りを見せた彼女を背に、私達はクラスへ向かう階段へと足を掛けた。
「君の事を美しいと思ったんだってさ」
「・・・なんか不思議な気持ちになりますね。
けどそれより、見られていた事に恥ずかしさを覚えます」
自分が断片的にしか覚えていない事を見られていたなんて・・・。変な事をしていないのかが気になる。
これはまさしく、穴があったら入りたいだわ。
「・・・まさか、君が恥ずかしがるとは思わなかった。
貴重なものを見せてくれたロワダール嬢に感謝しないといけないな」
すると、私をエスコートしている手が小刻みに震えている。
「・・・サイラス様?
もしかして、笑っていますか?」
「ああ、いや。
君の知らない一面を見られて嬉しいよ」
「話を変えないで下さい」
茶化す彼は咳払いをしてから話し始めた。
「まさか君が、虫以外で頬を染めるなんてな。
感動を通り越して、笑いが込み上げてしまった」
なんだかよく分からない理屈に釈然としないが、横を歩く彼の機嫌が良さそうなので、そのまま聞き流す事にしたのだった。
それから彼と別れてクラスへ入ると、ベリックが目に入った。
「おはようございます、ベリック様」
「やぁ、キティ嬢。おはよう!
今日は何だか元気そうだね。
・・・もう仲直りはしたのかな?」
「仲直りというか、私の思い違いで、サイラス様にご迷惑をお掛けしてしまいました。
ですが、もう解決したので大丈夫です」
「そっか。なら良かったよ」
そうやって、心配をしてくれる彼に聞いてみた。
「あの、ベリック様?
・・・私達は友達ですか?」
すると彼はキョトンとした顔で告げた。
「え?今更どうしたの?
俺たちはずっと友達じゃないか。
・・・まさか、俺の勘違いだった?」
「いえ、そんな事ありません。
是非、これからも友達としてよろしくお願いします」
「もちろんだよ!
サイラス君とも友達になれたし、友達っていいよね」
「・・・はい。そうですね」
ずっと、友達なんていらないと思っていた私を友達だと思ってくれている人がいた。
何だか嬉しくなった私は、その日の授業がいつもよりも楽しく感じたのだった。
ーーーそして放課後。
虫取りに行きたい私は、身体がうずうずするのを我慢して席に着いて待っていた。
「待たせたな。じゃあ帰ろうか」
「はい」
サイラスの馬車で帰る以上、我儘を言えない事ぐらいの良識は私の中にもある。
馬車に乗り込み、学園の庭が過ぎるのを目で追っていると、彼が口を開いた。
「・・・虫取りがしたいのか?」
「・・・はい」
「部屋にあんなに虫がいるのに、まだ虫が欲しいとは。
・・・今度は何をするんだ?」
私は指をピッと立てた。
「イナゴを探そうと思います」
「イナゴって、バッタだよな?」
「はい。バッタの中にイナゴという種類がいるのです。
実は私、本で見たんです。
そのイナゴを食べる国があるって」
「え!?虫を食べるのか?」
彼は目を丸くしている。
それに気をよくした私は、雄弁に続けた。
「はい。
しかも、カルシウムやミネラルが豊富で身体にいいそうなんです。
だからサイラス様?
一緒に見つけて、一緒に食べましょう!」
「・・・え?やだ」
虚しくも、両手を広げた私を素っ気なく断るサイラス。
「・・・えっと、身体に良いんですよ?
もしかしたら、若返るかもしれません」
「僕は既に若いし、健康だ。
それに、君も食べるな」
「はい?何故そんな事を言われないとならないのですか?」
「カルシウムやミネラルなら、他の物でも取れるだろう?
それに、君は僕の婚約者だ。
勝手に変な物を食べるのは禁止する」
「それは、異議ありですよ!」
私が戦闘態勢に入ると、彼の屋敷に着いた。
話の途中だが、馬車を降りる事にした私は、彼の手を取りステップに足を掛けた。
すると、彼が小さな声で呟いたのだ。
「・・・蟻にしないか?」
「なんですか?」
「だから、蟻を見るなら付き合うと言ったんだ!」
まさか彼から虫デートに誘ってくれるなんて思いもしなかった私はときめいた。
それに久しく蟻を見ていない。
「サイラス様、本当にいいのですか?」
「ああ。気晴らしも必要だろう?」
そう言って、ニッと笑った彼の手を繋いだ私は、意気揚々と庭へと連れて行ってもらうのだった。




