29
目覚めると、視界に飛び込んできたのはサイラスの顔だった。
「キティ、起きたのか?」
身体を起こして周りを見ると、馬車の中である。
どうやら私は、彼に膝枕をされていたらしい。
「えっと、サイラス様?
私、どのくらい寝ていたのでしょうか?」
「ほんの10分程だ。
疲れているのなら、僕に寄り掛かるといい」
そう言って、私の頭を自分の肩へと寄せる。
雨と車輪の音が響く車内で、私は彼に尋ねた。
「あの、さっきの話ですが、本当なのでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。あれが僕の本心だが、それを聞いた君はどう思った?」
「はい。
・・・とても、嬉しかったです」
すると彼は、私の耳元で吐息を漏らした。
「そうか。
・・・それを聞いて安心した」
(なんだか、胸がポカポカする)
彼が私を受け入れてくれた事が嬉しい。
(・・・あれ?
だとすると、両想いってこと?)
キスもしてしまったし、そういうことよね?
何だかドキドキしてきた私は、話題を変えた。
「あの、何処に向かっているのですか?」
「僕の家だ。君の家じゃアイツがいて聞けないからな。
もうすぐ着くよ」
彼の言う通り、窓には屋敷が映っていた。
エントランスへ着いた私達は、彼の案内で客室へと入った。
ソファーへ腰掛けると、彼が何かをメイドに伝えてから私の隣へと座る。
「アーモンドフロランタンを焼くように頼んだから、もう少し待っていてくれ」
「大変なので大丈夫ですよ?」
「いいや。
だって、君は好きだろう?」
その笑顔に心臓が跳ねた。
メガネを掛けていない分、ダイレクトに伝わる彼の表情にドギマギする。
(・・・そうだ。メガネを置いてきちゃったんだ)
私が目元を触っていると、彼はその手を取った。
「メガネがないのは気になるか?」
「はい。もう私の身体の一部となっているので、ないと落ち着かないのです」
「そうか。
・・・けど、ない方が君の顔が見られて嬉しいのだが」
「・・・あの、なんかいつもと違くないですか?」
私の瞳をジッと見つめる彼に問い掛けた。
「・・・まぁな。
今日で色々と分かった事があるからかもしれない」
意味深な言葉が気になった私は、彼から手を引っこ抜いた。
「なんですかそれは?」
「それはおいおい話す。
それより、話さなきゃならない事があるだろう?」
そう言って、彼は前の席に移動したのだ。
(・・・移動するなら、何で隣に座ったの?)
疑問が残る私に、彼が真剣な表情で話し始めた。
「早速だが、君の幼馴染。
奴が前に呪われていると言ったのだが、キティは身に覚えがあるのか?」
「確かに、私も昔に言われた事があります。
けれど、何に対してなのかはサッパリ分かりません。
それと実は、さっきまであの人に関する記憶がなかったのです」
「と言うと、思い出したのか?」
「はい」
私は、思い出した記憶を辿るように彼に話した。
全てを話し終えた時の彼の顔は、レゼラブル嬢と対峙した時の雰囲気を醸し出している。
「・・・サイラス様?どうしました?」
「やはりさっき、叩きのめしておけばよかった」
そう言ってギュッと拳を握った。
「いやいや、暴力はダメです!
それに、彼にも何か理由があるのですよ。
・・・だって、昔は優しかったのだから」
「・・・君はそんな事で、奴を許せるのか?」
「いいえ、許せません。
ですが、暴力では何も解決出来ないと思うのです。
それに、人は対話する生き物でしょう?
だから私は、何故そうなってしまったのかを知りたいのです」
すると扉がノックされ、メイドがアーモンドフロランタンと共に入って来た。
ナッツの香ばしい香りに鼻がくすぐられている私を他所に、手際良く用意してくれたメイドがあっという間に退出して行く。
私はお茶を一口飲んだあとに、アーモンドフロランタンを口に入れた。
焼きたてで、少し温かいお菓子に舌鼓を打っていると、彼は切り出しにくそうに何度も口を開いては躊躇っている。
それを不思議に思った私は目を向けた。
「・・・君は、僕がさっき言った言葉をちゃんと信じてくれたのか?」
「さっきとは、どれでしょうか?」
「だから、君は美しいんだって事だよ。
・・・醜いなんて、全くの逆だ」
「はい。サイラス様が証明してくれましたので、真実と受け取りました」
私はもう一つ、フロランタンを口へと放り込んだ。
(何度食べても美味しいな)
すると、そんな私を見ていた彼の肩の力が抜けたのが分かった。
「・・・はぁ。
これからどうしようかと悩んでいた僕が馬鹿みたいじゃないか」
「それは、何をですか?」
「・・・いいや、何でもない。
それより今の君は、何かに悩んだり憂いたりする事はないんだな?」
「そうですね。
・・・クラウド君の事は気になりますが、悩む程ではないです。
あっ!ですが一つだけ伝えなくてはならない事があります」
すると彼はゴクリと喉を鳴らすと、居住まいを正した。
「・・・それは、なんだ?」
私も彼に合わせて居住まいを正し、両手を膝の上に重ねてから誠意が伝わるように、ゆっくりと口を開いた。
「はい。
実は私、全力で試験に取り組めていないのです。
約束を反故にしてしまいました。
申し訳ありません」
すると頭を下げた私の前から『はぁ』っとため息が聞こえた。
「何かと思えば、それか。
確かに約束したが、今回は事情があったので仕方ないと思っている。
だからまた、次に繰り越しをしよう」
「はい、助かります。
では私は早速、家に帰ってクラウド君に話を聞いて来ますね」
最後にしようと、アーモンドフロランタンへ手を伸ばして口に入れようとしたら、その手を掴まれた。
景気付けに気合いを入れようとしていたのに。
「ちょっと待て。
さっきも思ったが、切り替えが早くないか?」
「そうでしょうか?普通だと思いますよ。
それより、手を離して下さい」
フロランタンを食べられない私は、自分の手を振って、彼から引き離そうとしたのだが。
(・・・あれ?離れない)
顔を上げると、眉を寄せた彼と目が合った。
「話し合いだが、僕も一緒に聞く。
・・・それと、奴がいる所へ君を帰したくない」
「・・・それだと、私の帰る場所がありませんが?」
「だから!・・・はぁ、鈍いな君は。
ここにいればいいって言ってんだよ」
「え?でも、流石に三週間も家を空けられません」
「取り敢えずは、話し合いの日まででいい。
・・・それより、ここへ滞在する事に抵抗はないのか?」
彼はやっと手を離してくれたので、私はフロランタンを口へ入れてから考える。
「・・・抵抗ですか。
確かに、ご迷惑をお掛けする事には申し訳なく思います」
すると彼は、こめかみに指を押し当ててグリグリと回した。
「・・・まぁ、いい。
じゃあ早速、手紙を書こう」
頷いた私は、両親宛に泊まる事を書き、クラウドには話し合いたい日と全てを思い出した事を書いた。
二つの封筒をメイドに渡したところで、彼の声が聞こえた。
「キティ、今日使ってもらう部屋へ案内しよう」
差し出した手を取った私は、客室を後にしたのだった。
ーーー基本エスコートは、晩餐会や社交会の日以外はしない彼が、何もない日に手を差し出した事に違和感を覚えた。
「今日はどうしてエスコートなんですか?
・・・まさか、社交会があるとか言いませんよね?」
「違う。
・・・ただ、婚約者としてエスコートは当たり前だろう?
今までは疎かにしてきたからな。
これからはちゃんとしようと思う」
決意を固めた彼の横顔を見つめながら、もう一つ気になる事を聞いてみた。
「そういえば、私が泊まる理由ってなんですか?」
「奴が一緒だと何があるか分からないだろう?」
「・・・確かに、精神的被害を被ります。
ですが、もう彼の言葉は私には通じません。
・・・だって、サイラス様が証明してくれましたから」
そう言って微笑む私を彼はジッと見つめていた。
「・・・そうか。
だが、少なからず奴は君に執着している。
そんな男がいる場所に、のこのこと君を行かせる程、僕は愚かではないからな」
すると、しばらくして今日泊まる部屋に着いた。
部屋へ入ると可愛らしい家具が並べられており、どれも素敵なのだが、その中でも一際目を引くのが、お姫様が使うような白く大きなドレッサーだった。
そして窓辺には、ラベンダーのカーテンが揺れている。
「これは、すごいお部屋ですね」
「母が君の為に用意した部屋なんだ。
うちは僕一人だろう?女の子の洋服や家具を揃えるのに、だいぶ張り切っていたんだよ」
「そうなんですね」
私は部屋を見回して、大きなドレッサーに手を掛けた。
すると、鏡の中に扉が見えたのだ。
「サイラス様?あの扉は何ですか?」
「ああ、あれは夫婦の寝室へと繋がっているんだ」
(・・・それって、まだ婚姻すらしていないのに、これはまずくないのかな?)
「えーっと、非常に言いにくいのですが、私達にはまだ早いと思うんです」
すると、彼は目を丸くした。
「・・・は?
・・・・・・い、いや、違う!
そうじゃない!僕はただ、聞かれたから答えただけで、そういう事をしようと言っているのではなく、って、何を言っているんだ僕は。
取り敢えず、あのドアはまだ開かないから大丈夫だ」
すごい慌てように、本当に何もないのだと確信が持てた。
「分かりました。ですから落ち着いて下さい」
「ああ、もう!本当に君には振り回されてばっかりだ」
「・・・それは私の方なんですけど」
「そんな事あるか!君の方が酷いだろう?」
「それは聞き捨てなりませんね?」
私が彼をキッと睨んだところで、部屋の扉が開く音がした。
「キティさん、いらっしゃい!
部屋はどうかしら?
気に入ってもらえると嬉しいのだけれど」
「はい。お邪魔しております。
とても可愛らしくて、素敵なお部屋をありがとうございます」
「良かったわ!
・・・あら?今日はメガネがないのね。
それにしても、本当に美しい顔をしているわ。
今まで隠していたのがもったいないくらいだけど、逆に良かったのかもね」
「・・・それは、どういう意味ですか?」
「キティさんの美貌だったら、すぐに誰かと婚約していたはずよ。
そうなると、サイラスと婚約する事はなかったんじゃないかしら」
まさかの返答に驚いた私は、よく考えてみた。
「・・・私は、サイラス様と婚約出来て良かったと思います」
(だってもう、彼以外は考えられない)
すると彼の母は手を口に当てた。
「まぁまぁ!貴方達、とても上手くいっているのね。
サイラス!良くやったわ!」
「・・・母上、茶化さないで下さい」
「いやね、私はいつでも真剣よ。
じゃあ二人共、少ししたら晩餐だから準備が出来たら降りて来なさいね」
退出していく背中を見つめていると、彼が口を開いた。
「・・・さっきは悪かった」
「いいえ。私もムキになってしまいました」
「じゃあそろそろ行こうか」
そう言って、差し出した彼の手を取った私は、可愛らしい部屋を後にしたのだった。




