過去編 2
「さぁ、クラウド君?
遠慮せずに食べてくれ」
「アレクさん、ありがとうございます。
いただきます」
ここはうちの食事室。
こぢんまりとした部屋には、私達家族とクラウドが円卓を囲っていた。
そんな、ささやかな食事会が父の言葉で始まったのだ。
お互いの家を行き来している私達は、1日お泊まりをして帰るというのが当たり前になっていた。
私も遊びに行く時は、クラウドの家に泊まるのだが、うちとは比べ物にならない程のご飯の量に驚いた事は言うまでもない。
パパは『遠慮せずに~』って言うけど、うちのご飯は遠慮するだけの量がない気がする。
そして、さっきクラウドが話してくれた事で、私の中の疑問が解けた。
お泊まりに行くと、決まって食事はいつも二人きりなのだ。
楽しく過ごせるようにと、気を遣われて二人きりだとずっと思っていたのだが、本当は違うのかもしれない。
私は、ハンバーグを切り分けて口に入れた。
デミグラスソースと肉汁が絡み合い、とても美味しいハーモニーを奏でている。
すると、ポテトフライをフォークに刺した母が口を開いた。
「今日は、二人で何をして遊んでいたの?」
私は答えようとして、急いでハンバーグを飲み込んだ。
「今日はね、花も見たし、色々な虫を見たんだよ!
それに、てんとう虫も見たんだよね?」
隣に座るクラウドを見つめた。
「そうだね。
あれは、ナナホシテントウだったね」
するとハンバーグを切り分けていた父が、にこやかに話し始めた。
「クラウド君は虫が好きなのかい?」
「ボクは虫も好きだけど、それよりも花が好きなんです。
だから将来は、アレクさんのような学者さんになるのが夢です」
「そうか。
じゃあキティは虫の研究者で、クラウド君は花の研究者かな?
未来がとても楽しみだね」
ーーーそうだった。
そんな話をしていた事さえ、私の中からは消え失せていたのだ。
すると、景色がパッと変わった。
ーーーいつかのガーデンテラスで、私とクラウドがしゃがみ込んで花や虫を見ていると、大勢の子供達がこちらへとやって来たのだ。
(・・・お茶会にいた子達だ)
すると、私の隣にいる彼には見向きもしない一人の男の子に声を掛けられた。
「君が、メリーウェザー家の子だろう?」
「あ、うん。そうだけど・・・」
私は立ち上がり、話しかけて来た子の顔を見ると、彼の顔が驚愕に染まった。
「・・・君の瞳、どうなってるの?
なんか、すごいな」
そう言って、周りの子も一緒に私の顔を覗き始めた。
それを嫌だなって思った瞬間、クラウドが私の手を引いて駆け出した。
急に引かれたものだから、転びそうになりながらも、なんとか私もついて行く事が出来たのだ。
ーーー庭園の奥深く。
ちらほらと木が立っている場所まで来た私達は、息を整えるために立ち止まった。
「はぁ、クラウド君、ありがとう」
息をついて、そう言った私と目を合わそうとはしない彼に違和感を覚えた私が近寄ると、ギュッと抱きしめられた。
そして、私の耳元で彼のか細い声が聞こえる。
「キティちゃんは、ボクの友達でしょう?
だから他の人とは仲良くしないで。
・・・でないとボクは・・・また一人になる」
その苦しそうな声に、私は力一杯に抱きしめ返した。
「私は、ずっとクラウド君と友達だよ?
だから、一人になんてしない」
すると顔を上げた彼とやっと目が合った私は、いつもと違う雰囲気を感じた。
「・・・でもさ、そんな保証はどこにもないじゃないか。
・・・君もきっと、ボク以外を選ぶんだよ」
彼は私の腕を振り切り、走って行ってしまった。
走り去る背中を見つめながら、彼の表情を思い出す。
・・・あんな、何を考えているのか分からない顔は初めて見た。
きっと、触れられたくない何かがあるのだろうと思った私は、そっとしておこうと思いママのもとへと帰るのであった。
ーーーそして日が経ち、今日はクラウドの家へ遊びに行く日になった。
あの日以来、連絡が途絶えていたが、昨日やっと返信が来たのだ。
手紙の内容は【明日遊びにおいで】と簡素なものだったが、彼が元気になったと思った私は嬉しくなった。
「ママ、クラウド君の家へ行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。
クラウドさんによろしくね」
馬車に乗り彼の家へ向かう途中に、いつの日か父と見た花の香りが鼻をくすぐった。
・・・あの日から、そろそろ一年。
私とクラウドも出会ってから一年を迎えようとしていた。
「お邪魔します。クラウド君はいますか?」
するといつものメイドが、彼の部屋へと案内してくれる。
「クラウド君、遊びに来たよ!」
部屋に入り、久々に見た彼の顔は、微笑みを浮かべていた。
「キティ、来てくれたんだね」
そう言って席を勧めてくれる。
いつの間にか呼び捨てになっている事に気付いたけれど、前と変わらない彼の優しい微笑みに笑顔で頷いた。
テーブルの上には、お菓子やお茶が準備されており、私はクッキーを一つ口に入れた。
「クラウド君の家のクッキーは、いつも美味しいね!
ねぇ、今日は何を探そうか?
見た事のない虫がいるといいな」
そんな私を見つめながら、笑みを深めた彼がお茶に口を付けた。
「そうだね、見つかるといいよね。
それとさ、今日はキティにプレゼントがあるんだ」
彼はテーブルの隅に置かれた箱を手に持った。
「はい。開けてごらん」
(わぁ!なんだろう?)
ドキドキしながら箱を開けると、角張った分厚いメガネが出てきたのだ。
「・・・これ、なぁに?」
首を傾げた私に、彼は表情を変えずに話し始めた。
「これはね、キティの瞳を見えなくする、特別なメガネなんだよ。
これがあれば、君の変な瞳を見られる事はないでしょう?」
「・・・え?
変なって。・・・なんでそんなことを言うの?」
悲しくなった私は俯いた。
「だって、色んな人から見られるんでしょう?
もちろん、ボクは君の瞳が好きだけど、他の人はそうは思ってないよ」
「・・・それは、どういうこと?」
彼は私の瞳をジッと見つめた。
「キティ、君の瞳はとても醜い。
だから、人には見せてはダメなんだ。
じゃないと、みんなが呪われてしまう」
(・・・呪われる?・・・え?私に?)
「全然言ってる事が分からない!なに言ってるの?」
すると、彼は箱からメガネを取り出した。
「ボクはね、友達だから言っているんだよ。
それにボクも君に呪われてしまったからね。
だからこれ以上、犠牲者を出す訳にはいかないんだ。
・・・ねぇ、キティ?
このメガネを掛けてよ。
そうすれば、君の顔をジロジロ見る人はいなくなるし、他の人も醜い君を見なくて済むだろう?」
聞くに堪えない言葉に席を立った私は、彼に告げた。
「今日のクラウド君は変だよ!
私、もう帰る!」
背を向けて歩き出そうとした私の手を取ったクラウドが見上げた。
「ダメだよ?
ちゃんと分かるまで、いっぱい話そうね」
それからの私は、彼に延々と醜い自分の有様を諭された。
それに対して私だって反論した。
「パパとママは、私の事を可愛いねって、瞳だって綺麗ねって言ってくれるもん!」
「それは親だからだろう?
それに、醜い君を産み出してしまった後ろめたさがあるんじゃないのかな?
君は、自分の容姿を鏡で見て変だとは思わないの?」
ーーーそうだ。
その言葉で心が折れてしまった事を思い出した。
自分でも好きではない瞳を人に見せる事自体が間違いなのだと、そう思ってしまったのだ。
彼は嘘でも偽りでもない、真実を言っている。
間違っていたのは、私の方なんだと悟った。
ーーーその日から、彼はずっと私に言い聞かせた。
彼と会えば続く否定的な言葉の数々に、私の心は徐々に疲弊していった。
そして疲れ果てた私は、彼からもらったメガネを掛けたのだ。
それに何故かホッとする自分がいた。
ーーー友達なのに、こんな酷い事を言う彼は嫌い。
友達であれば何を言ってもいいというのなら、私は友達なんていらない。
・・・だからずっと一人でいい。
私の好きな、虫の事だけを考えて生きていけばいい。
ーーーメガネを掛ける私を見ていたクラウドは、優しく囁いた。
「うん、よく似合っているよ。
君は一人でいいんだ。
だから国へ帰ったとしても、ちゃんと守ってね。
そうしたら、いつかボクが迎えに行ってあげるから」
メガネを掛けた私が自宅へ帰ると、母が尋ねてきた。
「キティちゃん?そのメガネはどうしたの?」
「・・・クラウド君にもらった」
「・・・でも、貴女の視力は悪くないのよ?」
「うん、けどこの方が落ち着くの」
そんな私に、植物の図鑑を開いていた父が答えた。
「キティの綺麗な瞳が見られないのは残念だな」
(・・・パパ。私の瞳は綺麗じゃないのよ?)
その時、両親は本当の私を見ていないのだと気付いた。
醜い私から目を逸らしたいが為に言っている言葉なら、こんなに悲しい事はない。
ーーーその日から、メガネを掛けて過ごす事が当たり前になってきた頃、国へ帰る事になった。
私達が家を旅立つ日に、クラウドがやって来たのだ。
彼の事を嫌いになっていた私は、会いたくないと心が思う。
けれど片隅には、優しかった頃の彼を忘れられない自分がいた。
(今日で最後だし、もしかしたら優しいクラウド君に戻っているかもしれない)
そんな淡い期待をしながら階段を降りたのだった。
玄関へ行くと、父母と別れの挨拶をしている彼と彼の母が見えた。
私が来た事に気付いた彼は、優しい微笑みを浮かべている。
それだけを見ると、本当に妖精のようだ。
父母達から離れて近寄って来た彼は私の手を取った。
「キティ、国へ帰っても元気でね。
ボクはいつも、君の事を思っているよ」
その優しい言葉に涙が出る。
(やっと、優しいクラウド君に戻ってくれた)
「うん。クラウド君も元気でね。
私、貴方の事を絶対に忘れないから」
握られていた手を握り返して伝えた。
すると、彼は笑みを深くして囁いたのだ。
「もちろん、ボクも忘れないよ。
・・・でもねキティ?
君は醜いのだから、勘違いをしてはいけないよ?
ボクがいない間は、ちゃんと約束を守ってね」
それを聞いた時に、もう昔のクラウドはいないのだと頭では解った。
けれど、心はそう簡単にはいかない。
結局私は、それを受け入れたくなくて記憶からクラウドの存在を消したのだ。
・・・彼からもらった、メガネと呪いの言葉だけを残して。
ーーーあの時、私の腕を振り切り、走り去ったクラウドは、優しい彼の最後の姿となった。
もし追い掛けていれば、今とは違う未来があったのだろうか。
全てを思い出した今でも、どうすれば良かったのかという答えが出ない私は、ただ、あの日を後悔したのだった。




