過去編 1
(ここは、夢だろうか?)
見渡す限りの草原の中で、私は青空へと浮かぶ沢山の風船を持っていた。
風船には、今まで経験した色々な出来事が映っている。
それを下から眺めていた私は、一つだけ何も映っていない風船を見つけた。
それは光り輝き、眩しいほどである。
(・・・なんだろう?)
気になりそれを手繰り寄せた。
すると、辺り一面が光に包まれたのだ。
ーーーそう。これは、遠い遠い記憶。
私がまだ6、7歳の頃、父の研究の為に隣国へと渡っていた時の話だ。
毎日毎日、研究をする為に外出する父にくっついて行った私は、自然の素晴らしさを教えてもらった。
父はとても物知りで、色々な事を話してくれる。
その時間が私にとっては、本当に楽しい時間だったのだ。
そんな父に憧れていた私は、今日も一緒に森へと入った。
「ねぇ、パパ?
なんか、いい香りがするね」
「本当だね!少し探してみようか」
すると、父が辺りを見回してからある花に近寄って行った。
「キティ、あったよ!この花の匂いだね。
ーーーどうして、こんなにいい香りがするかというと、花粉を運んでもらう為に虫を呼んでいるんだ。
他にも、鳥に運んでもらう種類もあるんだよ。
・・・とても、おもしろいだろう?
こうして、色々な生物に支えられて子孫を残していく。
そう考えると、人も一緒だね。
一人で生きられる人間なんて、いないのだから」
そう言って、私の頭を撫でた父。
その顔は、とても慈しむ様に見つめていたのだと、今なら分かる。
そして父にとっては、何気ない言葉だったのかもしれない。
けれど私には、とても特別なものだったのだ。
「じゃあ私は、虫の研究者になる!
そうすれば、パパが好きな植物を助けられるでしょう?」
「ありがとう、キティ。
けどね、研究とは自分の中に信念がないとやり遂げられないんだ。
キティは、虫の研究をして何を知りたいんだい?」
「・・・うーんと。
そうだ!
パパのお爺ちゃんが見つけた薬草のように、そんな虫がいるのかを知りたい!
・・・それならどうかな?」
「うん、いいね。
ちゃんと目的があれば、どんなに躓いたって乗り越えられる。
研究成果とは、数多の失敗を繰り返す中で発見されるものだって事をキティも覚えておくんだよ」
「うん!私、頑張るね」
ーーーそうだった。
これが私の研究者への第一歩だったのだ。
そして、これからすぐに出会ってしまう。
私達が滞在していた領地の領主の息子。
クラウド・ディバイン伯爵令息。
ーーーその日の空は雲一つなく、絶好のお出掛け日和だった。
私は母に連れられて、領主夫人のお茶会に参加する為に馬車に乗っていた。
「キティちゃん今日はね、お茶会に誘われたのよ。
きっと、いっぱいお友達が出来ると思うわ」
この時の私は、友達になんて興味がなかった。
それよりも、父について森に行く方が楽しいと思っていたのだ。
「・・・私、友達いらない」
すると、母が私の手を握った。
「キティちゃん?
何事も試してみないと、世界は広がらないのよ?
・・・けれどね、話してみて、それでも嫌だって言うのなら、ママも無理にとは言わないわ。
だから、今日は一緒に試してみない?」
「・・・それは、ママも一緒?」
「もちろん一緒よ!
嫌ならずっとママと居ましょう」
「うん。ママが一緒なら、私頑張れそう」
そう言った私を母は抱きしめたのだった。
それから程なくして、大きな門をくぐると見えてきたのは、色とりどりの花に囲まれたお屋敷だった。
花のいい香りが風に乗って私の鼻腔をくすぐる。
「着いたの?」
「ええ、そうよ。じゃあ行きましょうか」
メイドに案内をされて会場まで行く道すがら、庭が見える廊下を歩いていると、さぁっと心地良い春風が吹き抜けた。
私は目を閉じて、花の香りを目一杯に吸い込む。
(・・・本当にいい匂いがする)
心を落ち着けて開いた視界の先には、花びらがヒラヒラと舞い、緑と赤のコントラストが美しい光景が広がっていた。
けれど、花とは違う何かを見つけた私は、よく目を凝らす。
すると、一人の男の子が佇んでいるのが見えた。
その子の髪の毛は太陽の様に真っ赤で、ここに咲いている艶やかな花のようである。
見える横顔に映るのは、少し寂しそうな瞳が印象的な男の子だった。
目を奪われて立ち止まる私に母が声を掛けた。
「どうしたの?何かあった?」
「うん、あそこに男の子がいるの」
すると一瞬目を離した隙に、その子は居なくなっていた。
「どこかしら?ママには見えないわ」
その時の私は、彼を花の妖精だと思ったのだ。
ーーー会場へ着くと、大勢の人で賑わっていた。
全面窓が開放されている部屋は、庭と部屋の境界線がなく、部屋の中でも心地良い風や、花の香りを感じられる。
辺りを見回すと、大人達と子供達で分かれて楽しそうに話していた。
「キティちゃん、お友達の所へ行ってみる?」
それに首を振った私を、母は大人達が集まる場所へと連れて行った。
けれど、何を話しているのか分からない私は、すぐに飽きてしまったのだ。
ボーッとジュースを飲みながら外に目を向ける。
すると、青い空に黄色い蝶がヒラヒラと舞っていた。
(あのチョウチョも花のいい香りに寄ってきたのかな?)
気になった私は、何も告げずにそのまま外へと出たのだ。
そんな私は、蝶を追いかけてあっちへフラフラこっちへフラフラとしているうちに、いつの間にか知らない場所にいた。
母のいる所へ帰りたくても、どっちへ行っていいのか分からない。
(・・・どうしよう。迷子になっちゃった)
すると、追いかけていた蝶が赤い花に留まった。
それに気を取られた私は、ジッと観察をしていると丸まっていた口が長く伸びたのだ。
(わぁ、すごい!チョウチョの口ってこうなってるんだ)
その頃には、母の所へ戻るという事が頭の中から抜け去っていたのだった。
すると、目の前を物凄い速さで何かが通り過ぎた。
(あ!ハチだ!)
蝶から蜂に興味が移った私が追いかけようと立ち上がると、背後から声がした。
「ハチは危ないから止めたほうがいいよ」
その優しい口調に振り返ると、そこには先ほど見た花の妖精がいた。
「あなたは・・・妖精さん?」
「ボクが?
・・・うん。けど、それもいいかもしれないね」
そう言って微笑んだあと、蝶がまだ留まっている赤い花を見つめた。
(やっぱり、さっきと同じ寂しそうな顔)
「何かあったの?」
すると、彼は私に目を向けた。
その瞳には先程の寂しさはなく、穏やかな笑みを浮かべている。
「どうしてそう思うの?」
「・・・え?
それは、すごく寂しそうに見えたから、何かあったのかなって思って。
・・・違った?」
じっと見つめられる事に恥ずかしさを覚え始めた頃に、彼が口を開いた。
「君の瞳、珍しい色をしているね?
初めて見たよ」
私はその言葉に口をつぐむ。
父や母は『とても綺麗な瞳だよ』と言ってくれるが、初めて会う人にはいつも驚かれる事が嫌だった私は下唇を噛んだ。
(彼もきっと、私の瞳を変に思ってるんだ)
「・・・あ、うん。
私だけ、こんな色なの。けど、病気じゃないんだよ?」
すると彼は私の瞳を覗き込んだ。
「うん。ボクは君の瞳がとても好きだよ」
(・・・え?)
人からは『珍しいですね』とか『すごいですね』と言われるのが大半であり、好きだと言われた事がない私は驚いたのだ。
そして目の前に立つ、美しい妖精の男の子を見つめた。
(・・・とても嬉しい)
「私はキティ・メリーウェザーって言うの。
お友達になってくれる?」
すると彼は私の手を握った。
「うん。ボクはクラウドだよ。よろしくね」
ーーーこれが彼との出会いだった。
その後は、花や虫を見ていたら、あっという間に日が傾いていたのだ。
「クラウド君、私ママの所へ帰らないと」
「うん、そうだね。じゃあボクについて来て」
彼に手を引かれた私は花畑を抜け、角を曲がると母のいる部屋が見えた。
急にいなくなった私を心配してか、テラスへと出ている母は、周りを見回している。
「ママ!」
私が駆けて行くと母は抱きしめてくれた。
「キティちゃん!
心配するから、勝手に行ったりしたらダメでしょう?」
「うん、ごめんなさい。
けどね、妖精さんがいたの」
そうして振り返ると、彼はまだそこに居てくれた。
母にも会わせる事が出来て大満足だった私の後ろから声がしたのだ。
「クラウド。貴方、今までどこに行っていたの?
もう、会が終わってしまったじゃない」
その冷たい言い方に驚いた私が振り返ると、領主夫人がいた。
そんな夫人が私達に向かって話し始めたのだ。
「お見苦しいところをお見せしてしまって、ごめんなさいね。
息子のクラウドです。
愚息ではありますが、是非よろしくお願い致します」
彼に言う時とは違い、優しく微笑む夫人に違和感を覚えた私は、彼の手を握ったのだ。
「私、クラウド君とお友達になったの。
それに彼は、迷子になった私を此処へ連れて来てくれたのよ」
すると母が膝をつき、クラウドを見つめた。
「クラウドさん。キティを連れて来てくれてありがとう」
そう言って、私が握っている彼の手とは逆の手を取った。
「うん。役に立てたのならよかったよ」
そう優しく微笑む彼は妖精ではなく、この家の子で、人間で、そして私の初めてのお友達となったのだ。
「今度はいつ会える?」
私の質問に、彼は夫人を見上げた。
「もちろん、いつでも大丈夫ですわ。
メリーウェザー家のご令嬢とお友達になったのなら、早く言わないとダメよ?」
それに頷いた彼は、私を見つめて呟いた。
「ありがとう」と。
それからの私達は、時間が合えば一緒にいる事が増えた。
彼の家へ行ったり、私の家に来てもらったり。
けど結局、どこに居たって自然に触れて遊ぶ事になるのだ。
今日も私の家の近くの森にやって来た。
「ねぇ、見て!てんとう虫がいるよ」
私が草むらにしゃがみ込むと、彼も決まって私の隣に来てくれる。
「本当だ。可愛いね。
知ってる?てんとう虫は、幸運を呼ぶんだって」
「すごい!色々と知ってるんだね!
じゃあ、私とクラウド君に幸運を運んで来てもらわないと」
てんとう虫を見つめながらお願い事をしていたら、クラウドが口を開いた。
「キティちゃんの願い事ってなに?」
「私はね、薬になる虫を見つける事なんだ!
そう言うクラウド君はなに?」
「ボクは・・・母さんが、ボクを見てくれる事かな」
そう言った彼の横顔は、いつの日にか見た寂しそうな色を瞳に乗せていた。
それを見ていられなくなった私は咄嗟に手を取り、ぎゅっと握ると、彼は微笑んでから静かに話し始めたのだった。
ーーー前の母さんは優しかったんだ。
けど弟が生まれてから、あまりボクに構ってくれなくなった。
いつの間にか、弟が一番で僕が二番になっていた事に気付いたのは、いつだったかな?
・・・思い出したくても、昔すぎて覚えていない。
そんな弟もそろそろ5歳になる。
もう赤ちゃんじゃないし、いつボクを気に掛けてくれる様になるのかなって、ずっと待ってるんだ。
だからね、これは内緒だよ?
キティちゃんと会ったあの日、ボクはワザと会場を出て、庭園に居たんだ。
母さんが探しに来てくれるかもしれないと思って。
けどね、それも失敗に終わっちゃった。
本当は、そろそろ諦めないといけない時期なんだと思う。
でも、そんな時にキティちゃんと出会えた。
きっと神様が、寂しい僕に君を導いてくれたんだよ。
そう思うと、前より辛くはないんだ。
ーーー新緑の若葉の様な瞳を細めて笑う彼に、私は約束をした。
「私達は友達だから、ずっと一緒にいられるよ。
だから寂しくなったら、言ってね?
その時は、クラウド君に会いに行くから」
「ありがとう、キティちゃん」
すると、遠くから声がした。
「キティ?クラウド君?
そろそろ日も暮れるから戻っておいで!」
私は繋いだままの手を引き立ち上がった。
「・・・パパが呼んでる。
クラウド君、帰ろう!今日の夕飯は何かな?」
「うん、そうだね、帰ろうか」
二人で微笑み合い、夕陽に向かって歩き出したのだった。
ーーーそして今思い出しても、この時の彼は優しかった。
なのになんで、変わってしまったのか・・・。
本当の答えは、もう少し先にあるのかもしれない。




