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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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屋敷に着いたキティは、自分の部屋へ帰る為に廊下を歩いていた。

すると不運な事に、前から歩いて来たあの人とバッタリ会ってしまったのだ。


「おかえり、キティ?

ちゃんと話してきた?」


それに顔を背(そむ)けた私に、彼は微笑んだ。


「そうか、偉いねキティは。

それとさ、少し時間をもらえる?

久しぶりに、一緒にお茶でもしようか」


窓から見えるのは、今にも雨が降り出しそうな重たい空だ。

見上げる私に、彼は続けた。


「屋根があるガーデンテラスはどうかな?」


本音は、この人と一緒に居るのは嫌だ。

けど、過去を思い出す手がかりが欲しい私は、静かに頷いたのだった。


鞄を置き、制服から着替えてテラスへと向かう。


部屋の掃き出し窓が全面開放されたテラスは、何だか既視感を感じた。


庭に向かって並べられている二つの椅子の前には、小さなティーテーブルが置いてある。

そして庭には、今が時期のコスモスが咲いていた。


私が席に着いて待っていると、彼がティーセットを持って現れた。


「待たせてしまったね。

今、お茶を淹れるよ」


私は彼の手元を見た。


「・・・淹れられるんですか?」


「うん、まぁね。

自分で出来ることは、何でもやってきたからね」


そう呟く彼の横顔が寂しそうに見えた。


すると、ポツポツと雨が降り始めてしまった。

雨と花の香りが漂う中、お茶のいい香りも広がる。


「さぁ、どうぞ」


そう言って差し出してくれたティーカップを受け取った私は、口を付けて一口飲み込んだ。


爽やかにスーッと鼻に抜けるこの香りは・・・。


「・・・ミントティーですか?」


「そうだよ。気分がスッキリとするだろう?」


「はい。とても美味しいです」


すると彼は微笑んだ。

その顔に見覚えのある私は、ジッと彼を見つめて考える。


(・・・知っているのに、思い出せない)


ティーポットを置いて隣の席に腰掛ける彼を目で追った。


「そんなに見つめられると、恥ずかしいな。

それと、キティ?

ボクの前では、メガネはいらないよ」


そう言ってメガネに手を掛けた彼に、ティーカップを持っている私は、何の抵抗も出来なかった。


「うん。

ボクの前では素顔でいい。

どんな君でも、ボクは好きだからね」


メガネがない事に落ち着かない私は、自分の手で目の上に庇(ひさし)を作る。


「・・・メガネを返して下さい」


「なんで?

それに昔の君は、ボクの前ではメガネをしていなかったろう?

・・・それも忘れた?」


何も返せない私に、彼が庭へ目をやった。


「・・・不思議だよね。

気候が変わると、咲く花も色も全く違うんだ。

・・・ほら、見てごらん?

オレンジ色のコスモスがあるだろう?

ボクの国にはない色なんだよ。

その違いが何か、気にならない?」


「・・・そうですね。

それが虫であれば、気になると思います」


「ははっ。

やっぱりキティも研究者なんだね」


すると彼は私を見つめた。


「・・・ねぇ、キティ?

君がボクの事だけを考えて見てくれるのなら、もう意地悪な事は言わないよ。

だからさ、他の誰かじゃなく、ボクの事だけを見てよ」


そう言って、庇を作っている私の手を彼が握ろうとした時。


「僕の婚約者に何をしている」


その声に驚いて振り返ると、サイラスがこの人の手を掴んでいた。


「なぁ、アンタ。

よくも僕とキティの仲を邪魔するような嘘をついてくれたな」


「・・・嘘?

ボクは嘘なんて吐いてないよ。全部彼女が言ったことだ。

そうだよね?キティ?」


その言葉にサイラスは私を見た。


彼の傷付いた顔が、メガネ越しでない瞳とかち合う事に後ろめたさを感じた私は目を逸らした。


「・・・キティ、本当か?」


「わ、私は・・・」


言葉に詰まっていると、サイラスが私の手を引いた。

その衝撃で立ち上がると、彼は入り口へと向かって行く。


引かれるままの私は、彼の背中を見つめた。

すると、そんな私達に声を掛けたのはクラウドだった。


「勝手にキティを連れて行かないでくれる?

それに君は、彼女に婚約解消を言われたんだろう?

もう無関係なんだからさ」


「無関係じゃない!それに僕は、了承していないからな。

僕よりも無関係なアンタに言われたくはない」


「・・・なんだって?」


クラウドは立ち上がり、サイラスを見つめている。

そして彼も同様に睨んでいた。


不穏な空気が漂うなか、私が口を開こうとした時に、後ろの扉が開いた。


「キティちゃん、クラウドさん、お邪魔するわね。

ディバイン伯爵夫人から、果物が届いたのよ。

こちらも何か送りたいのだけれど、何が好みかしら?」


そう言って、資料を見ながら入って来た母が顔を上げた。


「・・・あら?サイラスさんもいらしてたのね。

みんなでお茶会なんて楽しそうね」


すると、彼は私の手を再び引いて母に告げた。


「申し訳ありません、キティを借ります」


「え?ええ、それは構わないけれど・・・」


戸惑う母を置いて部屋を出た私達は、彼の馬車に乗り込んだ。


手を繋いだまま、隣に座る彼を見る事が出来ない私は窓の外を見つめた。


(・・・何で私は、彼の馬車に乗っているんだろう)


馬の蹄の音と共に走り出した景色を目で追っていると、握られている手に力が入るのが分かった。

それに目をやると、彼が静かに話し始めたのだ。


「キティは、僕を嫌いなのか?」


「・・・嫌いじゃありません」


「じゃあなんで婚約解消したいなんて言い出した?」


不機嫌を露わにした彼に握られている手が地味に痛い。


「あの、手を離してください」


「いや、離さない。お願いだから答えてくれ」


「分かりましたから、痛いので離してください」


私が手を振ると彼は力を抜いてくれたが、離してはくれない。


「・・・悪い。

痛い思いをさせるつもりはなかったんだ。

ーーーごめん」


眉を寄せた彼に、頷いた私は問い掛けた。


「・・・サイラス様は、私の事を気持ち悪いと思っているのではないですか?」


それに、目を丸くし息を呑む音が聞こえる。


「どうしてそんな・・・。

僕は一度も、君を気持ち悪いなんて思った事はない。

何でそんな事を言うんだ」


「だって私は・・・変でしょう?

こんな瞳の色は、私しかいない。

それにあの時、貴方は言ったわ。

・・・素顔の私に、メガネを掛けろと。

それはつまり、そういう事でしょう?」


「違う!そうじゃない。

あの時の君が美しすぎたから、注目されまいとメガネを勧めたんだ。

・・・なぁキティ、君はとても綺麗なんだよ」


その言葉に怒りを覚えた私は今度こそ、彼の手を振り払った。


「そんな嘘いらない!

だってあの時、貴方は私を見て驚いていたじゃない!

本当は、見られたもんじゃないって、そう思ったんでしょう?」


「嘘じゃない!

どうしたら分かってくれるんだ!」


私は視線を落として自分の手を見つめた。


「ーーーもう、嫌なのよ。

醜い事で悩む自分も、貴方に期待してしまう心も。

・・・私は虫の事だけを考えていたい。

だって彼らは、私がどうであれ、そんなの気にしないもの」


外の雨は本降りになり、雨粒が窓を伝い流れ落ちていく。

私の心の内を表している様で、目が離せない。


彼を通り越した先にある窓を眺めていると真面目な顔つきの彼と目が合った。


「・・・君は、何故僕の言葉を信じないんだ?」


「信じるも何も、それが事実ですから」


「違うと言っているだろう?」


「だから、慰めはいらないって言っているんです!

ーーーもう、やめてよ。惨めになるじゃない!」


感情的になってしまう私をジッと見据えた彼が、近づき手を取ろうとした。


(可哀想な子なのだと、貴方には同情されたくない)


「やだ!触らないで」


振り払おうと手を払いのけようとしたら、手首を掴まれた。


「い、嫌だって、言っているでしょう!」


そう言って顔を上げると、彼の顔が目の前にあった。

いつかの夢で見たような状況に目を奪われていると、私の両手首を握った彼が、そっとキスをしたのだ。


(・・・え?・・・な、なんで?)


目を閉じて優しく唇を押し当てる彼に対し、驚き目を見開いた私はそのまま固まった。


そして暫くしてから離れて行く彼の顔を見つめていると、真剣な表情で囁いたのだ。


「君は醜くなんてない。

・・・証明になっただろうか?」


(・・・その言葉、知っているわ)


すると、私の手首を握っていた彼の手が私の背中に回り、そっと抱きしめられた。


「え?・・・これは、夢?」


すると耳元で、くすりと笑う声が聞こえた。


「やはり、君は覚えていたんだな。

あれは夢じゃない。現実だ」


「え?・・・あ、そ、そうなんですね」


夢じゃないと思うと恥ずかしすぎて、上手く話せない。


「なぁ、キティ?

僕は、好きな事を一生懸命に取り組む姿や、聡明で素直なところ、それにその綺麗な瞳。

君の全てを愛おしいと思っている」


「そ、それはいったい、どうしてですか?」


彼は抱きしめていた手を緩めると、私を見つめた。


「ーーーそれはつまり、君が好きだからだ」


その瞬間、頭の中の何かが弾けた。

いきなり力の抜けた私を支えた彼の声が遠くで響く。


「・・・また寝たのか。

ーーーおやすみ、キティ」


そう言って、私の頭を撫でた彼を最後に、私の意識は深いところまで沈んでいくのであった。


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