27
翌朝、薄暗い雲が広がる空を眺めながら支度をしてもらっている私の心は、この空のように憂いていた。
「キティお嬢様、本日の試験も頑張ってくださいね」
「ええ、ありがとう」
そして、鏡の中の自分を見つめる。
ラベンダーベージュの髪は、キュッとお団子に纏められ、分厚くて角張っているメガネが余計に際立って見えた。
(・・・彼も、婚約解消を望んでいる)
それに私も、出会った時とは違う気持ちを彼に抱いてしまった。
それはきっと、この関係の終焉を意味する。
(・・・さぁ、行かないと)
私は部屋を出て食事室へと入った。
周りを見回すと、父と母が食事を摂っている。
すると、ハムエッグを食べていた父が私に気付いて口を開いた。
「おはよう、キティ。
体調は大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。
ご心配をお掛けしました」
ブロッコリーのサラダをフォークに刺した母が私を見つめた。
「けど、あまり無理はしないようにね?」
「はい」
そして私も席に着き、トーストを千切って口に入れたのだった。
すると、しばらくしてあの人が現れた。
「おはようございます。
皆さん、お揃いなんですね」
それに、コーヒーを飲んでいた父が答えた。
「おはよう、クラウド君。
どうだい?うちには慣れたかな?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「この国へ来て、研究は進んでいるかい?」
「ええ。やはり気候が違うと、見られる種類も違いますね」
その言葉を不思議に思った私は問い掛けた。
「・・・研究って、何のですか?」
すると、それに驚いたのは父だった。
「なんだいキティ?知らなかったのかい?
クラウド君は私と同じ、植物の研究者なんだよ。
キティも昔、クラウド君とよく森に行っていたじゃないか」
それに首を傾げた私に彼が目を向けた。
「植物だけど、ボクの場合は花がメインなんだ。
・・・忘れちゃった?」
最後の言葉に圧を感じる。
「・・・いえ、そうでしたか。
では、学園へ行って来ます」
私が席を立つと、父母の『いってらっしゃい』の声の中に、彼が呼び止める声も聞こえた。
「キティ、気をつけてね。
それと昨日の事、ちゃんと話してくるんだよ?」
私はそれに頷く事はせずに、扉を開いたのだった。
ーーー学園に着いた私は、クラスに入り席に着いた。
(彼に何て話せばいいのか・・・)
【貴方の事を好きになりそうなので、婚約を解消して欲しい】と話すのは、あまりにもハードルが高すぎる。
悩んでいる私に、ベリックの声が聞こえた。
「おはよう、キティ嬢。
今日の気分はどう?」
「おはようございます、ベリック様。
はい、特に問題はありませんが、何かありましたか?」
「いや、いいんだ。
それよりさ、さっき先生に聞かれたんだけど、研究室の鍵がないんだって。
キティ嬢、知ってる?」
その言葉で、試験初日の事を思い出した。
「すみません。
私が使ったままでした。
今日の放課後に戻しておきます」
「うん、よろしくね。
俺は今日、研究室には行かないからさ」
そう言って、鞄を机の横に掛けた。
(・・・今日は研究室に行くから、彼に話すのは明日にしよう)
思わぬ用事が出来た事により、話す日をずらせる口実ができた事にホッとした私は、胸を撫で下ろした。
そして間もなく始まる試験に向けて、気持ちを切り替えたのだった。
ーーー「じゃあキティ嬢。鍵をよろしくね」
そう言って帰って行くベリックを見送った私は、すぐに研究室へと向かった。
(・・・早く戻さないと)
研究室の扉を開けて中を見渡すと、あの日のままの状態だった。
あの人が見ていた図鑑がテーブルに置かれ、窓が少し開いている。
(雨が降らなくて良かった)
私は、窓を閉めながら空を見上げると、今にも雨が降り出しそうだ。
(・・・今日来られて良かった。
明日だったら、雨が吹き込んで大変な惨事になっていたかもしれない)
すると【パタン】と後ろから扉の開閉音がした。
それに振り返ると、サイラスがいたのだ。
全く心の準備が出来ていない私は、言葉に詰まる。
だが、入って来た彼の様子もおかしい。
鼻を触ったりして、居心地が悪そうにしている。
そんな様子を眺めていると、彼が口を開いた。
「昨日、君の屋敷に行ったんだ」
「・・・はい。聞いています」
「幼馴染が滞在しているんだろう?
・・・全く知らなかったから驚いた」
「・・・ええ、そうですね」
その言葉を最後に、長く続く沈黙に耐えられなくなった私は思い切って切り出した。
「・・・サイラス様。
婚約を解消しませんか?」
「・・・理由はなんだ?」
私は、制服の裾を握り締めた。
「・・・私は、サイラス様とは釣り合いません。
それに貴方は、私を受け入れてはくれない。
だから、もう終わりにしたいのです。
身勝手な事を言っているのは分かります。
・・・ですが、もう心が辛いのです」
「・・・何を言っている?
受け入れるって何をだ?
キティ、お願いだから、分かる様に説明をしてくれ」
そう言って近寄って来た彼は、私の両肩を掴んだ。
「もういいんです!サイラス様も無理をする必要はありません。
醜い私に、気を使う必要はないんです!」
すると、彼の掴む手に力が入った。
「・・・またか?
誰がそんな事を言った!?」
すごい剣幕に驚いていると、入り口から音がした。
「・・・えーっと、お邪魔だったかしら?」
そこにいたのは、ナタリア先輩だった。
その言葉に、自分達の格好を見た。
肩を掴まれているだけだが、遠目からなら抱擁しているように見えなくもない。
そして互いに見つめ合っている。
ナタリア先輩の恥ずかしそうな顔を見ると、そういう雰囲気だったのだと思われたに違いない。
それに居たたまれなくなった私は、彼を突き飛ばして部屋を出た。
これ以上、彼に迷惑は掛けられない。
必死に走り、渡り廊下まで来た私は息を吐いた。
(・・・はぁ)
でも、ちゃんと婚約の解消を伝えられた。
彼は驚いていたが、きっとまた条件を基に、新たな人を見つけるだろう。
・・・それに私は、既にその条件から外れてしまっている。
息も落ち着いてきた私は、胸にチクっとした痛みを抱えながら、家路へと急ぐのであった。
ーーーその頃、突き飛ばされて呆然と一人残されたサイラスは、ナタリアに話しかけられていた。
「あのー。本当にごめんなさいね。
もしかして、フラれちゃった?」
(・・・いいや。
彼女の反応は、僕が嫌いだというものではなかった)
どちらかというと、僕に対する申し訳なさを感じた。
【サイラス様とは釣り合わない】
その一言が物語っている。
(だがここに来て、何故急にこうなった?)
元々の彼女は、自分を卑下するタイプじゃなかったはずだ。
「あのー。聞こえていますか?
本当に、お邪魔して悪いと思っているのよ。
だから、そんなに落ち込まないで?」
「・・・え?何ですか?」
顔を上げた僕の前に、いつかのカエル先輩がいた。
「えっと。だから、貴方達の邪魔をするつもりはなかったの。
けど、邪魔をしてしまったのは事実だから、謝るわ。
本当にごめんなさい」
(・・・邪魔?)
その言葉で僕の足が動いた。
「え?ちょっと?どうしたの?」
「先輩、ありがとうございました」
僕はカエル先輩に礼を述べてからキティを追いかけた。
そうだ!
あの幼馴染の男。
彼は僕に、キティは好きじゃないと言っていたと告げた。
だが、今日の話を聞くと、そんな事実はなかった。
それはつまり、彼が僕とキティの仲を邪魔して引き離そうとしている事に他ならない。
それに、呪われていると言った言葉も気になる。
アイツがキティの負の元凶なら、許しはしない。
(・・・叩きのめしてやる)
僕はギュッと歯を食いしばると、キティの屋敷へと馬車を走らせたのであった。




