26
「あれ?今日は帰りが早いんだね?」
家に着いた私が廊下を歩いていると、嫌な声に呼び止められた。
私は彼とは目を合わさずに足早に通り過ぎる。
「ええ。明日も試験なんで」
「そうなんだ。じゃあ、頑張ってね」
アッサリと去って行く彼を不穏に思ったが、絡まれないのなら、そのほうがいい。
私は自室へと向かったのであった。
ーーーその頃、キティの屋敷へと向かっていたサイラスは、これからの事を考えていた。
(まずは理由を聞き、口付けの事が原因だった場合。
僕の本当の想いを伝えるか・・・)
流れる景色を目で追っていると、彼女の屋敷が見えてきた。
(・・・いいや、ダメだ。
そんな事を言ったって、更に嫌がられるだけだろう)
まさかこの僕が、勉学の事以外でこんなに悩む日が来るなんて想像もしていなかった。
暫くして屋敷に着いた僕は、馬車を降りてからメイドにキティへの面会をお願いしたあと、客室へと通された。
(・・・やっぱり、何度見てもセンスの良い調度品ばかりだな)
ソファーに座り両手をギュッと握る。
(なんて切り出そうか・・・)
『もしかして、あの日の口付けを覚えているのか?』とは直接的すぎて聞きにくい。
思い悩んでいると、前触れもなくドアが開いた。
僕はそれに立ち上がり姿勢を整えていると、彼女ではなく一人の男性が入って来たのだ。
初めて見る顔と、服装が使用人のそれではない事に違和感を覚える。
そんな事を考えているとは知る由もない目の前の男性は、笑顔で話し始めた。
「キティは、今勉強中なんだ。
だから会えないよ」
(・・・キティ?)
彼女を呼び捨てにするこの男は誰だ。
「・・・貴方は?」
「ボクは彼女の幼馴染さ。
訳あって、ここに住んでいるんだ。
・・・それより、君こそ誰かな?」
「僕はキティの婚約者だ。
申し訳ないが、彼女に一目会いたい」
幼馴染がいた事も、屋敷に滞在している事も知らなかった僕は、少なからずショックを受けた。
すると、彼はそんな僕に微笑みを浮かべて言い放ったのだ。
「キティは、君と会いたくないって。
それに、好きじゃないって言っていたよ」
その言葉で、心がギュッと掴まれる感覚に苛まれながらも告げた。
「・・・たとえそうであったとしても、彼女から直接聞きたい。
だから、会わせてくれ」
すると、僕の様子を見ていた彼の顔から表情が抜けた。
「・・・ふーん。
君も、呪われてしまったんだね」
「・・・なんだと?」
それに彼は首を横に振った。
「いーや、こっちの事だから気にしないで。
それより残念だね。明日は試験だから会えないよ。
だから、お引き取り願えるかな?」
(・・・これ以上粘っても無駄か)
「・・・分かった。今日は帰ろう。
それと一つ、頼みたい事がある。
明日の放課後に時間を作って欲しいと彼女に伝えて欲しい」
「・・・キティが部屋から出て来たら伝えておくよ」
そう言って、彼は背を向けて去って行った。
誰もいない客室を後にした僕は、馬車へと乗り込む。
それにしても、幼馴染という男が現れた時には驚いた。
そして更に、僕に向かって呪われていると言った。
(・・・あれはいったい、どういう意味なんだ)
僕は馬車の窓から外を見つめた。
【キティは君を好きじゃないって】
さっきの言葉が酷く頭に残る。
もし本人に直接言われたら、僕はどうなるのだろうか。
通り過ぎる景色を横目に、鞄から教科書を取り出した。
(・・・それはきっと、会えば分かる事だ)
教科書を開いた僕は、明日で最後の試験と彼女の気持ちに向き合う為に、精一杯頑張ることを決めたのだった。
ーーーその日の夕方。
キティは帰って来てからずっと、虫の図鑑や今まで書き溜めてきた考察日記を目で追っていた。
(本当は、熱帯雨林に行って新種の虫を探してみたいのよね)
いつか叶えたい夢に思いを馳せていると、またしても日記がどこかへと行ってしまった。
それに顔を上げると母の心配そうな顔が目の前にあったのだ。
「キティちゃん?
朝より顔色は悪くなさそうだけど、体調は平気?」
「はい、大丈夫です」
「そう、良かったわ。
じゃあ、ご飯を食べましょうか?
クラウドさんも待っているわよ」
その言葉にヒュッと息を呑んだ。
「あの、私は部屋で食べます」
すると、母が私の肩に手を乗せた。
「キティちゃん。最近様子が変だけど、どうしたの?」
その言葉に、あの人の事を話すべきかとも思った。
(・・・けど、話してどうなるの?)
他の人が言わないだけで、あの人が言っている事は事実だ。
それに伝えたところで、私の醜さが変わるわけではない。
「ねぇ、お母様?
・・・私って、変?」
「何を言ってるの?
キティちゃんは変じゃないわよ!
貴女は、ママとパパの可愛い娘なんだから。
・・・もしかして、誰かに何か言われたの?」
「いいえ。
何でもありません。
少し、気分が優れなくて」
「研究もいいけど、無理は禁物よ。
じゃあ今日も部屋に食事を用意するわ。
明日は、みんなで食べましょうね」
退出していく母の背中に目を向けた。
(・・・やっぱり親だもの。
醜い私でも可愛いと言ってくれる)
私は、教科書に目を向けた。
明日で試験は最終日。
全力で取り組めていない私は、彼に謝らなくてはいけない。
(サイラス様は、ガッカリするのかな?)
そう思うと、少し胸がチクっとした。
すると、ノック音が響いて入って来たのは、あの人だった。
「キティ、夕食を持って来たよ。
どう?勉強は捗ってる?」
「・・・まぁまぁです。
夕食ありがとうございます」
テーブルにトレーを置いた彼は、私を見つめた。
「そう言えば、今日君の婚約者に会ったんだ」
「え?・・・なんでですか?」
「さぁ?
それと、ちゃんと伝えておいたよ。
君は彼を好きじゃないって」
ガタン!という椅子を引く音と共に、私は立ち上がった。
「な!なんでそんな勝手な事をしたの!?」
「・・・あれ?ダメだったかな?
だって君、昨日言っていただろう?
『好きじゃない』って。
それに彼は、それを聞いても顔色一つ変えなかったよ」
(・・・そうよね。
私達は、そういう関係じゃない)
私は、力無く椅子へ腰掛けた。
「ねぇ、キティ?
婚約を解消しなよ。
向こうも、それを望んでいるんじゃない?」
「・・・解消?」
「うん、そうだよ。
だってこれから先、君はずっと素顔を隠したまま生活するの?
それに彼はきっと、醜い君を受け入れてはくれないよ?
それって、辛くない?」
(・・・辛い?
・・・そうね、辛くて苦しい)
すると彼は、私の両肩に手を置いて耳元で囁いた。
「明日『婚約解消したい』って言っておいで?
そうすればボクは、君にもっと優しくできるから」
そう告げる彼の微笑みが、幻想のように感じられた。
それをジッと見つめる私の頭に手を乗せた彼は『じゃあまた明日ね、キティ』と退出して行ったのだ。
私は、今の微笑みを知っている。
昔、どこかで見た記憶。
美しく幻想的な姿は・・・。
そう、それはまさに妖精みたいだと思ったのだ。




