25
『・・・証明になっただろうか?』
いつの日か夢に見たサイラスーーー
あれはきっと、私自身の願望だったのだ。
(彼に受け入れてほしい)
そんな密かな想いを、私はいつからか胸の奥に抱えていた。
きっと、それに気付かないふりをしていた私への罰として、夢に現れたのだろう。
彼と一緒に過ごす事が楽しいと思っていた私は、勘違いをしてしまった。
・・・そう、あの人が言う勘違いを。
醜い私は嫌い。
ひとりぼっちでもいいと強がる私も嫌い。
そして、こんな醜い自分を産んだ両親を恨みそうになる私は、もっと嫌い。
そんな自分自身が嫌いな私を、誰が受け入れてくれるというのだろうか。
その時、一筋の涙が頬を伝う感覚に目が覚めた。
(・・・あ、私・・・家?)
部屋のベッドで寝ていた私は、涙を手の甲で拭った。
(もう、夕方なの?)
窓の外は、すでに夕暮れ時となっていた。
するとその時、ドアの開閉音が耳に届いた。
「キティ?夕食を持って来たよ」
それは一番聞きたくない、あの人の声だった。
「もう、起きたんだね。
試験だからって、無理はダメだよ?」
「・・・何で貴方が食事を?」
彼はトレーをテーブルに置いた。
「うん?エリザさんに代わってもらったからだよ。
それよりボクの事は、クラウド君って呼んでくれない?
昔みたいにさ」
「・・・昔に何があったのか教えて下さい」
「それは忘れたキティが悪いんだろう?
けどまぁ、肝心な事は覚えているみたいだけどね。
じゃあ、明日も試験頑張って」
それだけ言って退出していく彼に、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、なんの前触れもなく急に振り返ったのだ。
「そう言えば、キティは婚約者の事を好きなの?」
「・・・好きじゃない。そんなんじゃない」
「そう。それを聞いて安心したよ。
じゃあ、おやすみ」
そして今度は本当に退出して行った。
私が彼を好きなんて、あってはならない。
だって、こんな醜い私に好かれているなんて知ったら、彼が可哀想だ。
私は、テーブルに置かれた食事を口に運んだが、全く食欲が沸かない。
大好きなミートローフだったけれど、半分しか食べられなかった。
そしてその日は、早めに就寝したのであった。
* * * *
西陽が差す部屋は明るく、落ち着いた色合いの家具が置かれている。
(・・・あれ?
ここは確か、彼の屋敷・・・)
私は視線を下げると、いつかの夜色のドレスを身に纏っていた。
そして目の前には、サイラスとご両親、メリーナがいる。
『ーーーメガネを外してもらえるか?』
(・・・これは、あの時の、夢?)
彼に言われた私は、渋々メガネに手を掛けた。
そして外した私の顔を見たみんなは、唖然としている。
すると、彼が眉を寄せて口を開いた。
『なんて、醜い顔なんだ。
とても、見られたもんじゃないな』
『そうね。
キティさん?貴女じゃ、うちのサイラスと釣り合いが取れないわ』
『本当だ。
まさかここまで酷いとは、騙された様なものじゃないか』
『キティ様?
折角、私が綺麗に整えて差し上げたのに、とんだ無駄骨でしたわ』
四人の視線が鋭く刺さった。
(わ、私、ちゃんと分かってるから。
だから、これ以上は言わないで!)
すると、彼の顔が不快に歪んだのだ。
『キティ。君の醜さは、とても人前には出せないし、僕も見たくはない。
だから、メガネを掛ける事を許す」
(・・・もう、やめて。これ以上は聞きたくない)
するとここにはいない、あの人のにこやかな顔が浮かぶ。
『だから言っただろう?勘違いをしてはダメだって』
* * * *
その言葉に飛び起きた私は、顔に手を当てた。
涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
(あ・・・今のは、夢?)
実際の事なのか夢なのか、もう判別さえつかない。
私は時計に目を向けた。
時間は午前二時。
起きていても地獄。寝ていても地獄。
(・・・なら私は一体、どうすればいいの?)
ーーーそして私は、うつらうつらしながら朝までの時間を過ごした。
それはとても長く感じられ、永遠にこの夜が続くのではないか、という錯覚に苛まれながら見た夜明けは、時が進んでいる事を私に知らせてくれた。
(・・・また、一日が始まる)
こうして、私の辛くて長い一日が幕を開けたのだ。
ーーー朝食を素早く済ませた私が部屋を出ると、これから朝食を摂る為にやって来た母とバッタリ会った。
「キティちゃん、おはよう!
今日も早く行くの?
・・・それにしても、顔色が悪いわね。
大丈夫?」
「おはようございます。
大丈夫です。では行って来ます」
後ろめたさから、母の顔を見る事が出来ない私は、足早にその場を後にしたのだった。
そして馬車に乗り込み、鞄を開けて虫の考察日記を取り出した。
勉学ではあの人の事や、彼の事を考えてしまう。
だから自分の好きな虫の事なら、集中して全てを片隅に追いやる事が出来るのではないかと思ったのだ。
(・・・やっぱり、虫はいいな)
ひたむきで、目の前の事に一生懸命に取り組む様は、私に元気と勇気を与えてくれる。
すると、御者から声が掛かった。
既に学園へ着いてしまったらしい。
けれど、また彼と出くわす事に恐れを抱いた私は、御者に告げた。
「もう少しここにいたいから、鐘が鳴る5分前に声を掛けてほしいの」
それに頷いた御者は、馬車の小窓を閉めた。
ーーーやはり虫の事だと、彼らの事を考えなくて済む。
私はやっと、現実逃避の仕方を見つけたのだった。
しばらくして声が掛かった私は、クラスへと向かう。
クラスへ入ると、既にみんなが席に着いており、私が一番最後だった。
入って来た私に気付いたベリックと目が合う。
「キティ嬢、おはよう。
実は、さっきまでサイラス君が来ていたんだよ」
「おはようございます、ベリック様。
・・・そうですか」
「・・・ねぇ、昨日から思っていたんだけど、君達喧嘩したの?」
その言葉に首を振った。
喧嘩する程、私達の仲は深くない。
そして、今日見た夢を思い出した。
(・・・彼は、私を気持ち悪いと思っている)
あの夢が現実だろうが、夢だろうが関係ない。
あの日の彼の瞳が、全てを物語っていたのだから・・・。
「喧嘩する程、親しくありませんから」
「そうかな?俺には、そんな風には見えないけど・・・」
尚も言い募るベリックに対して口を開こうとすると、鐘が鳴った。
私は前を向き、試験用紙を持って入って来た教師を見つめる。
(余計な事を言わないでほしい。
・・・愚かな私は、また勘違いをしてしまうから)
「始め!」
教師の一声で答案用紙をひっくり返した私は、ペンをギュッと握りしめたのだった。
ーーー試験が終わり、急いで片付けて席を立った僕は、キティのクラスへ向かった。
(急げ!早く行かないと帰ってしまう)
僕はDクラスを覗くと、彼女はいない。
(もしかして、体調不良で欠席だったのか?)
キティの席の隣に座るベリックに声を掛けた。
「ベリック!キティは休みか?」
「またサイラス君か!
いいや、来ていたよ。
けど、急いで出て行ったんだ。
それより、やっぱり君達何かあったでしょう?
キティ嬢が明らかに変だったよ。
・・・何かしたの?」
「何もしていないし、身に覚えもない。
なぁ、どんな様子だった?何か話したのか?」
すると、ベリックは上を見上げた。
内容を思い出しているのだろう。
「朝、時間ギリギリに駆け込んで来たんだ。
俺は彼女に、サイラス君が今までいた事を伝えたんだけど、それを聞いた彼女の顔が引きつったから聞いてみたんだ」
「何を聞いた?」
「君に昨日聞いた事だよ。
そうしたら、喧嘩するほど親しくないって言い切るものだからビックリしてさ!
だって君達、仲が良いでしょう?
それに話しているあいだ、ずっと下を向いているし、明らかに元気はないしで心配になったんだ」
「・・・そうか。
ベリック、ありがとう」
僕は背を向けて歩き出した。
(彼女は避けているのではない。
・・・これはきっと、拒絶だ)
いったい僕は、彼女に何をしてしまったのだろうか。
自分のクラスへ着いた僕は、鞄を取った。
すると、以前の出来事が頭をよぎる。
(前も、避けられていると感じた事がある。
・・・あれは、いつだった?・・・思い出せ)
僕は試験以上に頭をフル回転させた。
・・・そうだ。
確かあれは、ロワダール家の晩餐会の後だった。
あの時に、彼女が僕を避けようとした何かがある。
時間ごとに追って思い出していくと、一つ思い当たる節があった。
(・・・まさか。彼女は覚えているのか?)
僕が口付けをした事を・・・。
そして、それが嫌で今に至っているのだろうか。
考えれば考えるほど、嫌な方向に進む頭を振った。
(一人で考えていても仕方ない。取り敢えず、彼女に会いに行こう)
そして僕は馬車へ乗り込み、彼女の屋敷へと向かったのであった。




