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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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一睡も出来なかった私は、食事も摂らずに朝早く家を出た。


私はあの人を知っている。

でもどういう経緯で知り合ったのかを思い出そうとしても、頭にモヤがかかるのだ。


(・・・はぁ)


私は馬車の中で額を押さえた。

ゆっくりと進み始める振動を身体に受けながら考える。


昨日、あの人の言葉に身体が竦(すく)み、何も出来なかった。


(・・・私は、あの人を怖いと思っている)


暫くすると、御者が学園に着いたと教えてくれた。


馬車を降りて、まだ誰もいない道をゆっくり歩く。

憂鬱な気持ちで階段を登り終わりると、声を掛けられた。


「あれ?キティじゃないか。

すごく早いんだな」


その瞬間、昨日の言葉が頭をよぎる。


(貴方も私を受け入れてはくれない)

その事実に言葉が出ない。


「・・・どうした?体調でも悪いのか?」


眉を寄せながら私に向かって伸ばす手を咄嗟に払いのけてしまった。


(・・・あっ)


いけない事をしてしまったと思う反面、これでいいと思う自分がいた。


私の行動に目を見開いて驚く彼の顔を見ていられなくなり、早口で告げた。


「大丈夫です。それでは」


早足で彼の横をすり抜けた私は、鞄を置いてからトイレへと向かう。


ここなら、誰にも邪魔される事はない。

それに、ホッと息を吐いた。


そして、鐘が鳴るまではここに居ようと決めた私は、便座の蓋の上に軽く腰掛けたのだ。


(・・・やっぱり、一人は落ち着くな)


人と関わる事に向いていない私は、誰かといるより、一人の方が楽だと感じる。


(ーーーそれに、人を信じて傷付けられるのは、もう嫌)


そう思った瞬間、何かが頭の中で引っかかった。

・・・私は過去に経験していると。


過去とあの人の事を思い出せない私は、理由も分からず彼に恐怖を感じ、怯える生活を送るしかない。


それを考えただけでも心が痛くなる。


(・・・いったい、昔に何があったの?)


すると【カーン カーン】と鐘の音が響いた。


私は重い腰を上げて、クラスへと戻ったのであった。


テストが始まり、気持ちを切り替えようと思い頑張ってはみたが、気付けばあの人の事を考えてしまう。


優しい口調、優しい声と表情で、私に毒を吐くあの人は、最初からそうだったのか・・・。


けれど、母が言っていた。


私は彼が好きだったと・・・。


(・・・けど、何も思い出せない)


その後、何とか試験を終えた私は、家に帰りたくない一心で研究室へとやって来た。


(はぁ。やっぱりここが一番いい)


テスト期間中である為、誰もいない部屋には私の呼吸音しか聞こえない。


明日の試験勉強をしようと、机の上に教科書を置いて眺めてみるが、全く内容は入ってこなかった。


やっぱり、考える事はあの人のことばかり。


昨日から私の頭と心は、取り憑かれたようにあの人の事しか考えられなくなった。


(・・・ああ、やっぱり心が痛い)


【カタン】


その音に驚いて振り返ると、居るはずのないあの人が、入り口に立っていたのだ。


「ここがキティの使っている研究室なんだね。

すごい本の数だね。君がよく頑張っているのが分かるよ」


私は驚いて立ち上がった。


「な、何でここに?」


すると、彼は一冊の昆虫図鑑を取って開いた。


「うん?・・・ああ。

ご両親に聞いてね。

だから、帰りが遅いキティを迎えに来たんだよ」


「私は大丈夫なのでお帰りください」


「・・・どうしたのキティ?

本当は寂しいくせに、強がりはいけないよ?」


「私は寂しくなんてありません。一人が好きなんです」


すると彼は優しく微笑んだ。


「そうか。それは覚えているんだね。

やっぱりキティは、ボクの事が好きみたいだ」


(ーーーどういう意味?)


考え込むと、彼が楽しそうに話し始めた。


「ほら!見て?

この蝶は、昔君が追いかけていた種類だね。

・・・覚えている?」


「・・・知りません。

もう帰って下さい」


すると彼は図鑑を置いた。


「ねぇ、キティ?

ボクが優しくしてあげているのに、その態度はなに?

・・・やっぱり君は、イジメられたいのかな?」


そう言って近付いてくる彼に、後退(あとずさ)ったが、背後は窓だった。


「こ、来ないで!」


「別に叩いたり危害は加えないよ。

ただ、忘れている様だからね。

ちゃんと教えてあげないとダメでしょう?」


彼は私の手を取り抱きしめた。


(ーーや、いや!)


暴れる私の耳元で囁く。


「君の瞳は呪われている。

きっと、みんな思っているよ?

気持ち悪くて醜い君を可哀想だと。

だから、仕方なしに相手をしてあげているんだ。

・・・そんな君は、今も昔もずっと一人。

誰も君を受け入れない」


(ーーーやだ!やめて!そんな事ない!

だって、私にはーーー)


思い浮かんだのは、サイラスの顔。

素顔の私を見つめていた瞳には、戸惑いが見えた。


(ーーーああ、そうじゃない。

私、何を期待しているの・・・?)


・・・ずっと一人。

今も昔も、ずっとずっとひとりぼっち・・・。


暴れる気力も無くなった私の頭を彼は撫でた。


「キティ?

ボクはね、そんな醜い君ごと受け入れてあげるよ。

だから、君はもう一人じゃないんだ」


(・・・私は一人じゃない?

ではなんで、こんなに心が痛いの?)


そう思った時、意識がスーッと遠のいていった。


「ーーーおっと!

キティ?

・・・寝ちゃったのか。

本当に、仕方のない子だね」


クラウドは寝ているキティを抱えて呟いた。


「君が悪いんだよ?ボクをこうさせるのは、全て君のせいなんだから」


そして彼は、キティの頭にキスを落とすと、静かに囁いた。


「じゃあ、帰ろうね」


ーーー今はテスト期間中。

誰もいない校舎で彼女達を見かけた者はいなかった・・・。



ーーーそして、少し前のサイラスは・・・


(彼女の様子がおかしい)


気合いを入れる為に早く来ていた僕は、同じく早く来ていた彼女に声を掛けた。


問いかけると俯く彼女が心配になり、体調不良かと思って手を伸ばしたんだ。


だが、見事に払いのけられてしまった。

それに、傷付かなかったかと言うと嘘になる。


僕は自分の手を見つめた。


本当は、駆け出す彼女をすぐに追えば良かったのだが、ショックを受けた僕は動けなかったんだ。


(・・・だけど、今はそれを後悔している)


すると【カーン カーン】と終わりを告げる鐘の音に、1日目が終了した事を知った。


それからすぐに立ち上がり、彼女のクラスへと向かう。


中を覗くと彼女はいない。

けれど、見知った顔を見つけたのだ。


「ベリック!キティは何処だ?」


「やぁ、サイラス君!

キティ嬢なら、すぐに何処かへ行ってしまったんだ。

もしかしたら、帰ったのかも」


「・・・そうか。

他に、何か変わった事はなかったか?」


「変わった事?

・・・うーん。

そういえば、話しかけてもなんかずっと上の空で、少し変だったんだよね」


「何か言っていなかったか?」


「いや、何もないよ。

・・・なに?もしかして、ケンカしたの?」


「・・・そんなんじゃない」


僕はベリックに背を向けて歩き出した。


(・・・どうすればいい。

このまま彼女の家を訪ねるか?)


階段を降りてエントランスを抜けると、馬車停が目に入った。


(・・・いや。

試験期間中だし、迷惑かもしれない)


結局僕は、また日を改めようと決めたのだった。


だがまさか、その選択がキティの心を苦しめる事になるとは知る由もない僕は、近い未来、この日を後悔する事になるのだった。


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