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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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あれからの私は、虫の事だけを考えて過ごしている。


【カーン カーン】と授業の終わる鐘が鳴り響くと同時に、研究室へと直行する毎日だ。


(今日も、虫取りに行かなくちゃ)


「あれ?今日も研究室へ行くの?」


ベリックに声を掛けられた私は頷いた。


「そろそろテスト期間だし、程々にね!

って、キティ嬢なら大丈夫か」



それに微笑んだ私は、席を立ってクラスを出ると後ろから声をかけられた。


「キティ、何処に行くんだ?」


久々に聞いたその声に、一気に現実へと戻される。


「研究室です。

今日は虫取りに行くのですよ」


「じゃあ、手伝おうか?」


「いいえ、大丈夫です。

それにそろそろ試験もありますし、サイラス様は勉学に励んで下さい」


それだけ伝え、クルッと向きを変えて歩き出した途端に腕を掴まれた。


「・・・なんで避ける?」


「避けていません。

研究で忙しいのです」


「いいや。

君が虫取りの手伝いを拒否するなんて考えられない。

・・・原因はなんだ?」


どう答えていいか分からない私は振り返ると、彼の顔が曇っていた。

なんだか、罪悪感がひしひしと込み上げてくる。


「ごめんなさい。

避けていたのではありません。

・・・ただ、誰にも邪魔されずに没頭したかっただけです」


「・・・そうか。

だが、無理は禁物だ。

それに、僕との約束は覚えているか?」


(・・・やくそく?)


そんな私に、眉を下げた彼は続けた。


「全力で試験に取り組むんだろう?

その約束を反故にしないでくれ。

僕は、本気の君に勝ちたいんだから」


私の腕を離した彼が俯いた。


・・・自分の態度が彼を傷付けてしまった事に気付いた私は、手を取った。


「・・・そうでしたね。

確かに、約束しました。

サイラス様?これから一緒に勉強をしませんか?」


それに顔を上げた彼は、目を丸くしてから微笑んだ。


「もちろん、望むところだ。

だが、虫取りはいいのか?」


「はい。

これから試験までは、研究は止めにします。

全力でサイラス様に勝ちにいきますから悪しからず」


「ははっ、そうか。

叩きのめしがいがあるな。

じゃあ、早速行こうか」


そして私達は、図書室へと向かう事にした。


自分の気持ちに精一杯で、彼がどう思うのかなんて考えてもいなかった私は、密かに反省したのだった。




ーーーそしてあれから日は経ち、試験前日になった。


毎日勉学に励んでいる私は、今回も満点を取れる自信がある。


(これから帰って、家で勉強しないとね)


授業も終わり馬車停へ向かっていると、見慣れた彼の背中が目に入った。


「サイラス様。

明日は手加減なしでいかせてもらいますので、よろしくお願いします」


「ああ、キティか。

こちらもそのつもりだ。お互いに頑張ろうな。

じゃあまた明日」


彼と別れた私は家へと着いた。

すると屋敷は、いつもと違う雰囲気を放っている。


(・・・なんだろう?この荷物)


廊下には荷物が積み重なり、まるで引越しでもするかの様だ。

気になった私は、その足で父の研究室へと向かった。


「お父様?今よろしいですか?」


「ああ、入っておいで」


扉を開けると、普段と変わらずに研究成果をまとめている父がいた。


「おかえり、キティ。

パパの研究室に来るなんて珍しいね?

何かあったのかい?」


「あの、廊下にある荷物は何ですか?」


その言葉に目を丸くしている。


「朝、話したじゃないか。聞いてなかったのかな?

今日から、クラウド君がうちにホームステイで来るんだよ!」


そう言われて朝の事を思い浮かべた。


ーーーチーズとハムのホットサンドを食べながら、頭の中で公式を解いていた私は、父母の話を全く聞いていなかったのだ。


「そうだわ、キティちゃん。

今日から隣国のクラウドさんがホームステイで一ヶ月間滞在するのよ!」


「キティも久しぶりに会えて嬉しいだろう?

小さい頃は、よく遊んでいたのを覚えているかい?」


私はポテトサラダを口に入れた。


「・・・うん」


すると、プチトマトをフォークに刺した父が微笑んだ。


「それは良かった。

今日の夕方には家に着くそうだから、快く出迎えてあげようね」


(・・・よし、解けた。あ!時間!)


「ご馳走様でした。行って参ります」


『いってらっしゃい』と見送る二人を後に、私は家を出たのであった。


ーーーそう言えば、そんな事を言っていたような。

と思った瞬間、言わなければいけない事を告げた。


「私、明日から試験なんですけど?」


「そうなのかい?

前回といい、キティが試験を気にかけるって事は、また負けられない戦いがあるのかな?」


「そうなんです。ですから私、そのクラウドさん?を出迎える時間はありません」


すると父は不思議そうに返してきた。


「幼馴染で二歳上のクラウド君だよ?キティはよく遊んだだろう?」


「ごめんなさい。全く覚えていません。

なので、向こうも覚えていないと思うので、私はいなくてもいいですよね?」


すると父は椅子から立ち上がった。


「それはダメだよ。

クラウド君はキティを覚えているし、会いたがっていたよ?

きっと、顔を見れば思い出すはずだ」


とその時、ノック音が響いた。


「旦那様、ディバイン様が到着されました」


「おや?噂をすればクラウド君が来たみたいだね!

さぁ、キティ?このまま一緒に行こうか」


結局行く羽目になってしまった私は(さっさと終わらせて部屋へ帰ろう)と決めて、父の後に付いて行くのだった。


ーーー客室へ行くと、既に廊下の荷物の搬入が始まっていた。


私はそれを横目に部屋へ入ると、赤い髪をした優しそうな青年が立っていた。


すると彼は目を細めて笑顔で話し始めた。


「ご無沙汰しております、メリーウェザー伯爵。

今日から一ヶ月間、ご迷惑をお掛け致しますが、よろしくお願いします」


「クラウド君、遠い所から来てくれて嬉しいよ!

昔みたいに、私の事はアレクさんと呼んでくれていいからね。

是非、この家を自分の家だと思って気兼ねなく過ごしてほしい」


「ありがとうございます」


そう言った彼は、私に目を向けた。


「キティも久しぶりだね。

会わないうちに、凄く大きくなっていて驚いたよ」


「あ、はい。

ご無沙汰しております」


親しく話す彼に『初めまして』とは流石に言えない私は口を濁した。


そして父は母を呼んで来ると言って部屋を出て行ったので、私もそれに続く事にしたのだが、彼に呼び止められたのだ。


「キティ?少しいい?」


「はい」


振り返ると、すぐ目の前にいた彼に驚いた私は、咄嗟に一歩後ずさろうとしたのだが、それよりも早く彼に腕を取られた。


すると彼は、私の耳元へ顔を近づけて囁く。


「可哀想で醜い君は、ボクがいない間に勘違いをしていなかったかな?」


その言葉と共に、心臓がドクンと脈打った。


(ーーー私は、彼を知っている)


あまりの衝撃に倒れそうになった私を支えた彼は、そのままソファーへ私と一緒に座った。


「まさか、ボクを忘れてた?

・・・なんて事ないよね?

もしそうだったら。

・・・ははっ。許さないよ?」


怖くて顔が見られない私は、動く事も出来ない。


「ねぇ、キティ?

そんなに怖がらないで?

ボクは君をイジメに来たんじゃないんだ。

約束した通り、迎えに来たんだよ?」


(・・・な、に?)


「醜い君はきっと喜ぶよ。

ずっと一人だったんだろう?

そんな君が可哀想だから、優しいボクが結婚してあげようと思ってね。

・・・ねぇ、いい案だろう?」


「・・・わ、私には、婚約者がいます」


その言葉で腕を掴む力が強くなった。


(ーーーいっ、いたい)


「へー?

やっぱり勘違いをしちゃったか。

あんなに言ったのに、まだ分からないなんて。

やっぱり君は愚かで、醜い生き物なんだね?」


優しく囁く彼の言葉が、毒の様に私の中に染み込む。


(・・・私は醜い。だからみんな私を見ると言葉を失う)


その言葉に、呆然と立ち尽くすサイラスが頭に浮かんだ。


(・・・そうよ。そんなの知っていた事じゃない)


分かっていたはずなのに、なぜか私の瞳からは涙が溢れた。

それに気付いた彼は、私のメガネに手を掛ける。

彼がゆっくりと外すのをただ見ている事しか出来なかった。


「この悍(おぞ)ましい瞳は、誰も受け入れてくれないんだ。

・・・けど、大丈夫だよ。

君にはボクがいるだろう?

ボクならば、醜い君の全てを理解してあげられる」


そう言って、涙を指で拭った。


すると、ガチャリと開いた扉から母の声がした。


「クラウドさん、久しぶりね!」


部屋に入って来た母と父は、私達の様子に驚いたように目を見開いた。


「キティちゃん?どうしたの?

クラウドさんと会えてそんなに嬉しかったの?」


すると、ハラハラと泣いている私の代わりに彼が口を開いた。


「そうみたいなんです。

二人で昔の事を話していたら、キティが泣き出してしまって。

それで慰めていたんですよ」


「そうだったのね。

ごめんなさいね、クラウドさん。

キティは、本当に貴方の事が好きだったから」


「ええ、大丈夫ですよ。

ボクもキティの事を好きですから」


涙で視界がボヤけているが、父と目が合ったのが分かった。


「メガネを外すのは久しぶりに見たよ。

キティ、本当に大丈夫かい?」


「あっ、お父ーーー」


その時、また腕を強く掴まれた。

【助けて】と出る事のなかった言葉を飲み込む。

そして、父母に聞こえない声量で彼が囁いた。


「ダメだよキティ?

助けを求めたって、無駄さ。

だってボクは、君のご両親に信頼されているからね。

ほら、ちゃんと言ってごらん?

・・・大丈夫だって」


それから私の背中を優しくトンと叩いた。


「あ・・・お父様。

大丈夫です。私、明日試験なんで、部屋へ帰ります」


立ち上がり歩き出した私に、彼が声を掛けた。


「キティ?メガネを忘れているよ」


そう言って近付いてくる彼に、体が固まったかの様に動かない。


そんな私の前に回り込んだ彼が、私にメガネを掛けてから囁いた。


「よく出来たね。これからもボクの言う事を聞くんだよ?今日からよろしくね」



そしてこの日から、私の地獄の様な日々が始まったのであった。


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