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(・・・あれ?また寝ちゃったのか)
自室の時計に目をやるとまだ明け方であった。
私は額を手で押さえる。
(それにしても、変な夢を見てしまった・・・)
彼が私の事を美しいと言ってキスをしてくれたのだ。
夢の中の私は、それを嬉しいと感じていた。
(・・・何でそんな夢を見たんだろう?)
まさか、心の奥底にある願望なのだろうか。
(・・・そうなると、私は彼が・・・好き?)
いや、それはそれで困る。
それだと契約違反になってしまうからだ。
私はそっと自分の唇に触れた。
ゆっくりと重なり合った感触が生々しく感じるのは、本当に夢だったのだろうか。
そして、少し考えたところで首を振った。
(・・・うん。
取り敢えず今考えても仕方ない。
・・・もう少し寝よう)
そして私は、二度寝に入るのだった。
ーーー鳥の囀りが耳に響き渡ると同時に、メイドの声も聞こえてきた。
「キティお嬢様?おはようございます。もうお支度のお時間ですよ」
その言葉に目を開くとカーテンは開けられ、朝日が燦々と部屋に入り込んでいた。
(・・・ね、寝過ぎてしまった)
つい先日『二度寝は寝坊しちゃうのよねー』とマーヤさんが大きな声で教えてくれたというのに。
(全く生かせていない)
私はため息を吐いた。
「昨日は晩餐会でしたから、お疲れが取れていないのかもしれませんね」
「そうかもしれないわ。ありがとう。
では、いつも通りにお願いね」
そして準備が終わった私は食堂へと向かった。
(きっと、昨日の事を言われるに違いない)
私は心して扉を開けるのであった。
ーーー食事室には、既に母と父が揃っていた。
私に気付いた父が、エッグベネディクトを食べる手を止めた。
「おはよう、キティ。
よく寝たようだね」
「おはようございます、お父様、お母様」
そう言って、席に腰掛けた。
メイドが朝食の準備している姿を眺めていると、レモンサラダを飲み込んだ母が口を開いた。
「それにしても、昨日も寝ちゃったのね?
サイラスさんが馬車から抱えて降りて来た時には、もう驚く事もなかったわ」
(・・・やっぱり、言われた)
そして、寝て帰って来るのが私の当たり前みたいになっている。
(ちょっと残念だけど、もうピンクのお酒は飲まない様にしないと)
そう心に誓った。
「今後はない様に気を付けます」
エッグベネディクトを切り分けると、とろりと卵の黄身が溢れ出る。
そんな様子を眺めていると、食べ終わった父がコーヒーに手を伸ばした。
「それにしても、サイラス君は格好良いよね。
前もだけど、颯爽とキティを抱えて現れる姿は、まさに王子様だったよ」
それに母も追随した。
「本当に素敵よね!
キティはいい人と婚約できて良かったわね」
するとその言葉に、父が口を尖らせている。
「エリザ?
それだと、君が私と一緒になった事を後悔しているみたいじゃないか」
「そんな事ないわ!私は、世界でアレクが一番だと思っているし、とても幸せよ」
「エリザ・・・」
見つめ合い二人だけの世界に入った両親に居た堪れなくなった私は、朝食を掻き込んで家を出たのであった。
ーーー学園に着いた私は、掲示板を見る。
そこには、次の定期試験の日程が貼り出されていた。
(次も頑張って一位を取り、権利を得ないとね)
掲示板の前で、これからのスケジュールを組んでいると、背後から声を掛けられた。
「キティ、おはよう。
昨日は大丈夫だったか?」
振り返ると、何故か唇に視線が行ってしまう。
「あ、はい。おはようございます。
大丈夫でした」
(なんか、恥ずかしくて直視出来ない)
視線を掲示板に戻した私の隣に立った彼は、同じく掲示板を見つめた。
「・・・次の予定か。
なんか、あっという間だな」
「そうですね」
「まぁ、次も負けるつもりはないけどな」
いつもと変わらない様子に、やっぱり夢だったのだと思った。
「いいえ、私も負けません!
権利獲得の為、全力で当たらせてもらいます」
「そうでないと、張り合いがないからな。
全力で叩きのめしにいく」
その後、各クラスへと行き席に着いた。
(今朝見たのは夢。だとすると、私は彼が好き?)
自分の胸に手を置いて考えてみるが、異性を好きという気持ちが分からない。
うーんと悩んでいると、ベリックがやって来た。
「おはようございます、ベリック様」
「おはよう、キティ嬢。
どうしたの?考えごと?」
「あの、またしても聞いていいですか?」
ベリックは鞄を机の横に掛けてから席に着いた。
「うん、いいよ!」
「好きになるって無意識で起きるものですか?」
「うーん、好きの気持ちにもよると思うけど、どの好きも、好きになろうって思って好きになる事の方が少ないと思うよ。
だからみんな、気付いたら好きだったって事が殆どなんじゃないかな?」
では、好きだと自覚のない私は、まだ彼を好きではないという事だ。
(・・・ふぅ。危なかった)
けど、好きが無意識から発生するのであれば、対策の仕方が分からない。
「それだと、好きにならない為には何をした方がいいですか?」
すると、ベリックは朗らかに笑った。
「もうそれを気にしている時点で、手遅れじゃないかな?」
(・・・え?)
呆気に取られる私に、ベリックは言い募る。
「それに今は自覚がなくても、いずれ時は来るよ。
遅かれ早かれ、意識する様になるんじゃないかな?」
その時【カーン カーン】と始まりの鐘が鳴った。
私の頭からはベリックの言葉が離れない。
それに伴い、彼の事を思い浮かべる。
(・・・これは、マズイかもしれない)
私はその日から、全てを忘れ去る為に研究へと没頭する日々を送るのであった。
ーーー家に帰った僕は、昨日の彼女の事を考えた。
【それは、私が醜いからですよ?
だから、見せてはダメなのです】
当たり前だとでも言う様に、笑顔で言う彼女に違和感を覚えた。
あの様子だと、何回も何十回も、もしかしたら何百回も言われてきた言葉なのだと気付く。
でなければ、あんな笑顔で言い切れる言葉ではない。
そう思うだけで、腸が煮え繰り返りそうだ。
(彼女を傷付ける事は許さない・・・)
そう考える僕はきっと、彼女が好きなのだろう。
ずっと前から、その片鱗はあったんだ。
ーーーそう、あれは・・・。
彼女が初めて僕の屋敷に来た日だった。
あの時までの僕は、たまたま由緒ある家に生まれ、財産を持ち、恵まれた環境で生活してきた自分は、別に僕でなくてもいいのではないかとずっと思っていた。
言わば、僕はアーベンスロット家の跡取りという看板を背負ったおまけ。
誰も僕自身より、財産や名誉が欲しいだけなんだと本気で思っていた。
だがあの日、彼女が言ってくれたんだ。
本当の価値とは、僕自身に息づいているのだと。
その言葉は、僕が僕であることを肯定してくれた。
・・・本当に、嬉しかったんだ。
彼女は特別かもしれない。
そう思うほどに、僕の心は動かされた。
それからの僕は、彼女の事が気になるようになった。
だから理由を付けては、彼女に頻繁に会いに行ったんだ。
・・・しかしそのせいで、あんな事件を引き起こしてしまったのは今でも悔やみ切れない。
あの時、彼女の膝から血が滲み出ていた時には我を忘れた。
それ程の怒りを覚えたのは、生涯で初めてかもしれない。
そして、その時に確信したんだ。
僕は彼女に惹かれていると・・・。
ーーー部屋の窓に目を向けて空を見上げた。
そして、自分の拳を握る。
婚約前に話した条件を思い返した。
・・・今思うと、本当に酷い内容だ。
例え僕が彼女を好きだと言っても、想いを返してもらえないかもしれない。
けれどそれは自業自得であり、僕が頑張らない理由にはならない。
・・・だから決めたんだ。
これから先は、僕が彼女を守ると自分自身に誓った。
そして話は戻るが昨日の件は、彼女も朧げで覚えていない。
それはつまり、今は身近にいない人物である。
彼女にとっては、きっと思い出したくもない存在だろう。
だから、考えあぐねてしまう。
(元凶を探し出すのが先か、彼女の心のケアをするのが先か)
そう思うと、なかなか勉学に入り込む事が出来ないのであった。




