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(わぁ!ピンクのジュースがある)
王宮の舞踏会で飲んだ幻のジュースだ。
私はそれを手にすると、横から声が聞こえた。
「止めろ。それは酒だ」
「え?でも以前飲みましたが」
すると、彼はニヤリと笑った。
「・・・確かに。
そして君は酔っ払い、僕に口付けをしたんだよな?」
「だから何度も言いますが、私はしていません!」
「だが、酒を飲んだ記憶はあるんだろう?
覚えていないだけで、君はしたんだよ」
そう言って鼻を鳴らす彼に、またこの話題かと思うと、どうしていいのか分からない。
「う、嘘です!記憶にありません!」
「じゃあ思い出せる様に、あの時君がした口付けをしてやろうか?」
その言葉に目を瞠った。
「んな!?ダメですよ!
口付けとは、愛し合う者同士がする神聖な儀式。
それを遊び半分でしてはバチが当たります」
すると彼は、ジトっとした目で私を見た。
「そんな遊び半分で奪われた僕の気持ちはどうなる」
そして何かを閃いたのだろう。けど嫌な予感しかしない。
彼は、私を見据えた。
「・・・そうだ。
奪われたんだから、奪い返してもいいよな?
・・・覚えてないなんて、今後一切言えない様に、君の脳に叩き込んでやるよ」
それに慌てふためいた私は、落ち着くために右手に持っていたグラスを口に付けて傾けた。
「あ、おい!ちょっと待て!」
彼は急いで手を伸ばすが、あと一歩のところで回避した私は、飲み干したのだ。
プハッとした音と共に口を拭う。
(・・・本当にこれ、お酒だったのね)
すると、私の右手からグラスが引き抜かれた。
「また君は、何回同じ事をすれば気が済むんだ!」
「失礼ですよ?私は、同じ過ちは繰り返しません」
「いや、たった今繰り返しているだろう?
てかそんな事はいい。取り敢えず、出るぞ」
「どこに行くんですか?」
「帰るんだ!」
「まだ、虫を見ていません!」
「虫どころじゃないだろう?
いいから来い!」
そう言って私の腕を掴み、グイグイと引っ張ってエントランスまで向かった。
扉をくぐると風と共に、スズムシの声が聞こえる。
私は妖精が出て来そうな庭に吸い寄せられた。
「あっ、おい!
どこに行くんだ?」
「虫が呼んでいるので」
今度は私が彼をグイグイ引っ張った。
すると、最初は抵抗していた彼も諦めたようで、私に引かれるがままに付いてきてくれた。
スズムシ以外にも、コオロギやマツムシの声も聞こえる場所にあるベンチに腰掛ける。
耳を澄ませばここは、虫達のオーケストラだ。
「綺麗な音色ですね」
「そうだな。
・・・そろそろ夏も終わりだ」
スズムシの音色はとても涼やかだが、それと共に夏の終わりを伝えてくれる。
これから秋になり、固く冷たい冬がやってくるのかと思うと侘しく感じた。
「知っていますか?
これから秋になり、そして冬になると虫を見かける機会がグッと減りますが、彼らは死ぬのではないのですよ」
「そうなのか?」
「はい。
ある虫は冬を越す為に姿を変えたり、土の中や落ち葉の下などに隠れて冬を越す虫もいるのです。
彼らは自身の能力を知っており、それを駆使しながら、個体ごとに生きる術を身に付けています。
その数や方法はきっと、森羅万象と喩えてもいいのかもしれません」
私は思考がフワフワして、途中で何を言っているのか分からなくなってしまったが、彼が相槌を打つのが嬉しくて、ずっと話し続けたのであった。
ーーー僕はこの状況に項垂れた。
(あれ程、酒は飲ませないと決めたのにな・・・)
目をやると隣で語る彼女は、とても楽しそうである。
酔っているのか、言葉選びがおかしいところもあるが、それは仕方ない。
(・・・まぁ、今日だけだからな)
気持ちを切り替えた僕は、そんな彼女に問い掛けた。
「なぁ、キティ?
何でさっき、メガネを外してくれなかったんだ?」
すると、彼女は笑顔で告げた。
「それは、私が醜いからですよ?
だから、見せてはダメなのです」
その衝撃的な言葉に目を瞠る。
「な!?誰に言われたんだ?
・・・まさか、ご両親に?
ーーーいや、あの人達がそんな事をする訳ない。
なぁ、教えてくれ!」
「もう覚えていません。
遠い彼方にある記憶ですから」
僕は彼女の肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「君は、醜くなんてない。
ーーーその逆だ。
キティ、君はとても美しいよ」
そう言った僕は、彼女のメガネを外した。
瞳がキラキラと輝きを放ち、吸い込まれそうである。
すると彼女は澄んだ瞳で見つめてきた。
「証明できますか?」
「・・・証明とは?」
「私が醜くないと証明できますか?」
真剣に聞いてくる彼女の頬に指を乗せ、ゆっくりと顔を近づけた。
そして、色付いた唇にそっと自分の唇を重ねる。
以前、彼女がしてくれた情熱的な口付けではなく、今は重ねるだけでいいと思ったんだ。
そしてゆっくりと顔を離してから聞いた。
「・・・証明になっただろうか?」
すると、彼女の顔にフワッと微笑みが乗った。
「はい、サイラス様。
ありがとうございます」
そう言って、瞳を閉じた彼女を抱きしめた。
耳元で聞こえるのは、規則正しい寝息。
(・・・きっと、また覚えていないんだろうな)
そう思うと、やはり寂しい。
そして僕は先程の言葉を考える。
(・・・彼女は自分を醜いと思っている)
それも、誰かに言われた事が原因だ。
(一体、誰がそんな事を・・・)
僕は彼女を抱え直した。
(少し、調べる必要があるな)
そして僕は、馬車までの道のりを人気のない通りを選んで歩くのであった。




