18
公爵家の馬車へと乗り込んだ私は、彼とは向かい側の席に腰掛けた。
外は陽も落ちてきて、着ているドレスの色合いとそっくりになった空を見つめながら馬車は進む。
ーーー会場は王宮。
由緒ある伯爵家以上や国に貢献している者が参加する会らしい。
(どうりで、新参者のうちには招待状が来ない訳である)
けれど医療で貢献しているので、父母は招待されたのだ。
私は前に座る彼を見つめた。
窓枠に肘を掛け、手に顎を乗せている彼は、流れる景色を眺めている。
私には目もくれず、一言も話さない彼に問い掛けた。
「あの、他の方にダンスを誘われたら踊った方が良いのでしょうか?」
すると漸く、私へと目をくれた。
「・・・そのメガネがあるから、誰にも誘われる事はないだろう」
そう言って、また外へと目を向けたのだ。
・・・本当に失礼な奴である。
メガネ以外は完璧なのだ。もしかしたら、一人くらいは誘ってくれるかもしれないではないか。
結局その後も会話らしい会話はなく、王宮へと到着したのであった。
大きく煌びやかな宮殿前には、舞踏会へと参加する人の馬車が、所狭しと横付けされている。
彼にエスコートをされて馬車を降りた私は、正装をして綺麗に着飾っている人達が目指す方向へと、足を進めた。
コツコツとヒールの音が反響する廊下は広く、美しい彫刻が施されている柱も素晴らしかった。
そして会場へ入ると高い天井には、天使達の舞う絵が描かれており、何台ものシャンデリアが吊るされている。
音楽隊やダンスホール。脇には、軽食や飲み物が置かれていた。
何枚もある大きな掃き出し窓からは、外に出られる仕様になっており、庭園を散歩する事も出来るみたいだ。
(やっぱり、スケールが全然違うわね)
呆けている私に、彼が腕を引いた。
「婚約者だと知らしめたい。早速、ダンスを踊ろうか」
「あの、出来ればワルツが良いです」
「・・・人並みに踊れるんじゃなかったのか?」
「その中でも、ワルツが得意なのです」
すると彼が眉を寄せた。
「得意じゃなくても行くぞ!
僕がちゃんとリードするから大丈夫だ」
私をグイグイと引っ張ってダンスの輪に入った彼は、ステップを踏み始めた。
そんな彼に、私も遅れまいと足を動かすと・・・
(・・・あれ?彼とは初めてなのに踊り易い)
それはひとえに、彼が私に合わせてくれているからだ。
(これなら、ワルツでなくても大丈夫だわ)
一通り踊り終えた私達は、ダンスの輪から一度抜ける事にした。
「何とかなったな。
喉が渇いたろう?何か持ってくるよ」
去って行く彼の背中を目で追っていると、背後から声を掛けられた。
「やぁ、キティ嬢。
今日はとても綺麗な装いをしているんだね」
その声に、私は笑顔で振り向いた。
「ベリック様、ごきげんよう。
お会いするとは思ってもみませんでした。
今日はどうしてこちらに?」
「ああ、親に言われてね。
次期侯爵として強制参加さ。
それよりも、早く帰って鳥に会いたいなぁ」
(私も、虫に会いたいわぁ)
二人で好きなものに思いを馳せていると、ベリックが続けた。
「キティ嬢。良かったら、俺と一曲踊らない?
誰かと踊れば帰っていいと言われているんだ」
「あ、はい。ですが、聞いてみないとーーー「何をしている」」
『いけません』と言い終わる前に、飲み物を両手に持った彼が帰って来た。
それに振り返ったベリックが、サイラスを見て目を丸くしている。
「あれ?彼はいつかの友達でしょう?
二人で来たの?」
「えっと、彼はーーー「婚約者だ」」
(さっきから、私の話に被せてくるのは何なんだ)
そんな彼に目を向けた瞬間、ベリックの驚いた声が響いた。
「えー!そうなんだ!
おめでとう、キティ嬢。
婚約者さんも、おめでとうございます」
笑顔のベリックに眉を寄せた彼だったが、暫くすると持っていた飲み物をテーブルへ置いて話し始めた。
「僕はサイラス・アーベンスロットだ。
キティから話は聞いている」
「俺はベリック・ガーランドだよ!
ベリックって呼んでね」
二人は挨拶を交わして握手をしている。
「サイラス君、申し訳ないけど、キティ嬢を貸してくれないかな?
誰かと踊らないと俺、帰れないんだ」
その言葉に、彼は私を見つめた。
それに頷くと『分かった。楽しんできてくれ』と送り出してくれたのだった。
丁度曲も変わり、私の得意なワルツが流れてきた。
ステップ軽やかに進むと、ベリックが口を開いた。
「サイラス君て、確かキティ嬢と同率一位の秀才でしょう?
なんか、すごいカップルだね。
やっぱり、頭の良い人には、頭の良い人にしか理解し合えない領域があるのかな?」
楽しそうに話すベリックに【条件で選びました】とは言えない私は『どうでしょうか。けど、偶然だと思います』と曖昧に返したのだった。
ダンスも終わりベリックと戻ると、彼は誰かと話していた。
それに突撃するのも申し訳ないので待っていると、ベリックが呟いた。
「さっき、サイラス君からの飲み物を飲めなかったよね?俺持ってこようか?」
「いいえ、大丈夫です。自分で行ってきます。
ベリック様は何か飲みますか?」
「いいや、俺は君をサイラス君に返したらすぐに帰るから大丈夫だよ」
その言葉で、私は軽食エリアへと向かった。
(流石に食べるのはまだ早いから、飲み物だけにしよう)
私はトレーに置かれている、ピンクのジュースを取った。
一口含むと、シュワシュワっと炭酸が弾ける。
(わぁ!美味しい!初めて飲む味だわ)
やっぱり王宮は出て来る物も違うのだと実感したのだ。
2回も立て続けに踊っている私は、喉がカラカラだったので一気に飲み終えた。
グラスを置き、2杯目を持ってベリックのもとへ帰ったのだ。
「キティ嬢、遅かったね。
心配で迎えに行こうかと思ったよ」
「あ!ベリック様。お待たせしました。
美味しいジュースがあったので、飲んでいたんです」
(・・・なんだろう?気分がフワフワしてきたような?)
「それは良かったね。
何のジュースなんだい?」
私は右手に持つジュースをゴクンと飲み込んでから、ベリックに見せた。
「この、ピンクのシュワシュワしたやつです。
初めて飲んだので名前は知りません」
すると、ベリックの驚いた顔がグラス越しに歪んで見えた。
「え?・・・これ、お酒じゃない?
ダメだよキティ嬢。
結構飲んじゃったの?」
そんな会話をしていると彼の声が聞こえた。
「ベリック、何があった?」
「あ、サイラス君。
実は、キティ嬢がお酒を飲んじゃったみたいなんだ」
「なに?どれくらい飲んだのか聞いたか?」
「うん、今聞いたところ」
すると、二人の視線が私に集まる。
(なんか、よく分からないけど、容姿の良い二人に見つめられると、なんだかイライラするのは何故かな?)
「そんなに、見ないでください!
私を見たって、お金はあげませんからね!」
そんな私の様子に、ため息を吐いた彼が話し始めた。
「・・・ダメだな。完全に持っていかれている。
ベリック、僕達は庭園で酔いを覚ます事にする。
だから、お前は帰っていいぞ」
「うん。なんかごめんね?
もっとしっかり見ておけばよかったよ。
じゃあまた学園でね」
帰って行くベリックを眺めていると、腕を掴まれた。
「君はこっちだ。
酒を飲んだなんて、君の両親にバレたらまずいからな。行くぞ」
「え?行くって何処へですか?」
「外だ!その前に、そのグラスを置け」
(外って事は、虫?もう虫を探してもいいの?)
「はい!ついて行きます!早く行きましょう!」
私は、足を素早く動かしたのだった。
外は生暖かい風が吹き抜け、虫達の声が聞こえる。
私と彼は、少し歩いた先のベンチへと腰掛けた。
周りには、チカチカとした光が無数に飛び交うのが目に入る。
「サイラス様、見てください!蛍がいますよ!」
「分かったから、そんなに騒ぐんじゃない」
「わぁ、綺麗ですね。
知っていますか?蛍の寿命って、成虫になってからは、長くても二週間なんですよ」
「そうなのか」
私の話に相槌を打つ彼に、良い気になった私は続けた。
「はい!そして彼らの光は求愛行動だと言われているんです。
蛍は短い命を愛に生きる、とてもロマンチックな虫なんですね」
そして、その話が私の最高潮で最後の記憶となったのだった。
ーーー僕は、隣で楽しそうに雄弁に語る彼女に目を落とした。
ーーー今日、彼女の素顔を見てからというもの、頭から離れない。
きっと、あの場にいた父や母、メリーナもそうだと思う。
あの時、僕がメガネを外す様に言ったのは、舞踏会では美しく着飾るのが義務だからだ。
そのメガネが全てを台無しにしていた事は、あの場に居たみんなが思っただろう。
だから僕は、彼女が顔を見せるのが嫌だと知っていたのにも関わらず権利を行使した。
別に、どんな残念な顔だろうと、僕にはそんなの関係なかったからだ。
・・・だが、どうだろう。
出てきたのは、それとは真逆のものだった。
あまりの事に言葉を失ったのは初めてかもしれない。
それほどまでに衝撃を受けたのは事実だ。
長くフサフサとしたラベンダーベージュのまつ毛に縁取られた、大きく形の良い目。
そして初めて見る二色の瞳は、この世のものではない程に美しかった。
ラベンダーからエメラルドグリーンに変わるグラデーションは、まさに神秘的で犯し難い。
(・・・よく今まで無事で来られたものだ)
彼女の美貌なら、一国の王が求婚していてもおかしくはない。
だが、そう思うと同時に気付いたんだ。
(この事を隠す為に、メガネを掛けているのか・・・)
それを理解した僕は、彼女にメガネを掛ける事を許した。
(・・・籍を入れるまでは隠し通さなければならない。
そうしないと、何処から横槍を入れられるか分からないからな)
僕は、ここへと向かう馬車の中で、固く誓ったのであった。
ーーーそして蛍を見てはしゃぐ彼女は、ロマンを語っている。
(・・・求愛ね)
その言葉に、僕は彼女のメガネをそっと外した。
姿を現した綺麗で美しい瞳を見つめながら彼女の耳元で囁く。
「・・・じゃあ、君の瞳が輝いて見えるのは、求愛行動なのか?」
「・・・私のですか?
それってもしかして、光っているんですか?
わぁ!私も蛍に近づけたんでしょうか。
嬉しいです」
その美しい瞳が嬉しそうに細められた瞬間、彼女の唇に口付けを落としていた。
それはほんの数秒か、長い時間かは分からない。
だがその瞬間、僕の心が確かに震えるのが分かった。
ゆっくりと顔を離した僕を見つめる彼女の顔は呆けている。
気まずさから目を逸らそうとしたら、彼女が問い掛けたのだ。
「・・・サイラスさま?
違いますよ?口付けはこうするんです」
その言葉と共に、僕の首に腕を回した彼女は、豊かな胸をそっと押し付けた。
ゆっくりと近づく顔は、お酒のせいか頬が染まっている。
そんな彼女から目が離せない。
すると、すぐに唇が重なった。
ピッタリとくっ付いた唇からは情熱が伝わる。
そして不意に食まれた瞬間、僕は瞬く間に動く事が出来なくなった。
(な!?なに!?)
彼女に翻弄され、なす術がない僕はされるがままだ。
暫くして、チュッというリップ音と共に、彼女の声が聞こえた。
「・・・これが、本当の口付けだと書いてありました」
それだけ言うと、崩れ落ちる様に僕へもたれかかった。
「おい・・・おい!
・・・え?寝たのか?」
耳をそばだてると、規則正しい寝息が聞こえる。
(な!?何でこの状況で寝られるんだ!!)
揺すっても起きない彼女に諦めた僕は、自分のフロックコートを掛けてやった。
そして彼女の頭を膝に乗せる。
しっかりと閉じられた瞼は、彼女の神秘的で美しい色合いを隠していた。
(・・・本当に勿体無い)
そんな僕は、親指で自身の唇についた口紅を拭った。
その色を見ると、先ほどのキスを思い出す。
(・・・クソっ。この借りは必ず返すからな)
今が夜で良かった。
到底、人に見せられる顔ではない。
僕は眠る彼女を見つめ、起こさない様にそっとメガネを掛けてやるのだった。




