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虫好き令嬢の難儀な婚約事情  作者: こさか りね


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あれから月日は流れ、毎日研究三昧だった私に父が声を掛けた。


「キティ?明日は舞踏会だろう?

何時にサイラス君の家へ行くんだ?」


夕食のチキンソテーを切り分けていた私は顔を上げた。


「そう言えば、そうですね。

特に何も聞いていません」


肉汁が溢れるそれに、頬が緩む。

すると、アスパラガスのサラダをフォークに刺した母が口を開いた。


「そんな事だろうと思って、あちらに確認しておいたわよ。

明日は13時になったわ」


その言葉に、味わっていたチキンが喉の奥に流れた。


「っあの、舞踏会の開始は18時ですよね?

早すぎませんか?」


「早くないわよ。

普通、女性の準備は時間が掛かるものでしょう?

それと、いい事?ちゃんとあちら様の言う事を聞いてね?

分かっているとは思うけど、我儘はダメよ」


そう言って、今度はチキンソテーを頬張っている。


「エリザ?

キティなら大丈夫だよ。

虫以外では聞き分けがいいし、迷惑をかける事もないだろう」


「それが一番の問題なんじゃない!

窓から入って来た虫にフラフラって行ってしまったら、目も当てられないわ」


「流石にそれはないだろう?

そうだよね、キティ?」


父からの質問に何も返せない私は、チキンソテーを刺したフォークを口に突っ込んだのであった。


「だからね、キティちゃん?

明日は、アーベンスロット家の婚約者として参加する事を忘れないで頂戴ね。

帰りはママ達と一緒に帰れると思うから、その予定でいるのよ」


ゴクンと飲み込んだ私は、母の顔を見つめた。


「分かりました」


そして私は、箸休めのをしようと、アスパラガスのサラダを頬張ったのである。



ーーー翌日。

昼食を済ませた私は、馬車に乗りアーベンスロット家を目指す。


今日は母達も忙しい様で、行ったり来たりと準備に追われている姿を横目に家を出たのだ。


だが、そんな私に気付いた母に『今日は虫の事は忘れるのよ』と釘を刺されてしまった。


準備時間が4時間以上あるのだから、少し庭園を見せてもらおうと考えていた私の思いが、しっかりとバレていた事に息を呑んだのであった。


パカポコと地面を蹴る馬の蹄の音を聞きながら、窓の外を眺める。


すると、彼の屋敷が遠くに見えてきた。


(やっぱり、何度見ても素晴らしいわよね)


馬車が門をくぐり、庭園を抜けるとエントランスへ到着した。


そして馬車から降りると、彼が出迎えてくれたのだ。


「キティ、よく来たな。今日はよろしく頼むよ。

じゃあ早速、客室へ案内しよう」


「はい。よろしくお願いします」


すると彼は腕を差し出した。

それに首を傾げる。


「何ですか?」


「・・・エスコートだ」


「え?いつもはそんな事しないじゃないですか。

今更面倒なんで、大丈夫ですよ」


すると、彼が眉を寄せた。


「大丈夫じゃない。

今までしなかった僕も悪いが、舞踏会は終始エスコートをしないとダメなんだ。

だから、今から本番のつもりでやるぞ!」


(えー。なんか面倒臭いな)


私は渋々、彼の腕へ手を掛けたのであった。


階段を上がり、いつもの客室へ着くとドレスが飾られていた。


完成されたドレスは、仮縫いの時とは違い、重ねられたレースに白金色の刺繍が施されていた。

それが夜空に瞬く星に見える。


(なんか、一段と素敵になっているわ)


私がジッと眺めていると、後ろから彼の声がした。


「じゃあ、準備が終わる頃にまた顔を出す」


そう言って、部屋を出て行ったのだった。

すると、彼と入れ替わる様に入って来た一人のメイドが頭を下げた。


「キティ様、早速ご準備をさせて頂きます。

私はメリーナと申します。どうぞよろしくお願い致します」


歳の頃は二十代後半だろうか、パリッとした感じの、如何にも仕事が出来そうな雰囲気を醸(かも)し出している。


「はい、よろしくお願いします」


その声と共に始まった準備は、まさかのお風呂からだった。


「キティ様?メガネはコチラへお願いします」


「メガネはダメです!外せません」


「それではお顔を洗う事が出来ませんので」


そう言って、メガネを置く台座を差し出してくる。


「か、顔は自分で洗うので大丈夫です!

だから、このままでいいですか?」


するとメリーナは考えた後『分かりました』と言ってくれたのだ。

その言葉にホッと胸を撫で下ろした私は、メガネ以外は彼女の好きな様にさせたのだった。


そしてお風呂で磨かれた後は、オイルマッサージが待っていた。


「キティ様の肌は、とてもきめ細やかでスベスベですね。いつもは、どんなお手入れをなさっているのですか?」


「いいえ、特段何もしていません」


するとメリーナが微笑んだ。


「確かに、それは乙女の企業秘密ですよね。

失礼致しました」


本当に何もしていないのだが、それをしつこく言うのもおかしいので、私も微笑むだけに留めたのであった。


そして、ここまでで2時間くらいだろうか。


次は化粧に入った。

そこでまたしても、メガネの問題に直面したのだ。


「キティ様?今回はメガネを外して下さいね」


「あ、あの。目だけ化粧なしは出来ませんか?」


すると鏡越しに、メリーナの笑顔が映る。


「出来ません」


(ど、どうしよう・・・)


俯く私にメリーナが言葉を重ねた。


「・・・メガネを外せない理由でもあるのですか?」


「理由というか、メガネがないと落ち着かないのです。

・・・それに、あまり人様にお見せ出来る容姿ではありませんので」


そんな私に、メリーナは提案してくれた。


「では、メガネを外しても、目を開けて頂かなくて大丈夫です。

それに、メガネの隙間から拝見しましたところ、キティ様はまつ毛が長く量も多いとお見受けしました。

ですから、色を乗せるだけで大丈夫だと思います」


そう言って、笑顔で頷いてくれる彼女の最大限の譲歩に、私は頷いたのであった。


「では、始めますね」


手際よく化粧を乗せていくのを見ていると、メリーナの声がした。


「キティ様。目元に移ります。

メガネを外していただいても宜しいですか?」


(・・・き、きてしまった。でも、目を開けなきゃ大丈夫)


私は目を閉じてメガネを外した。

家以外の場所、しかも人前で外すのは初めてなので緊張する。


「はい、ありがとうございます。

では、手早く終わらせますので、少しお待ち下さい」


するとメリーナは言葉通りに手早く済ませてくれた。


「お待たせ致しました。もうメガネをして頂いて大丈夫です」


その声で、すぐにメガネを掛けた。

(・・・ふう。やっぱり安心する。

けど私、いつからメガネを掛けるようになったんだっけ?)


思い出そうと考えを巡らせる手前で、メリーナの声が響いた。


「キティ様、お待たせ致しました」


鏡の中の私は、メガネをしてはいるものの、唇と頬は淡い桃色に染まり、髪の毛は編み込みのアップとなっていた。


「ありがとうございます。メリーナさん」


「いいえ、ですがまだドレスが残っております。

こちらに移動して頂いても宜しいですか?」


私は衝立の後ろに連れて行かれて、ドレスに袖を通した。


身体にピッタリとフィットするドレスは、私の為に作られた、私だけの物だと主張している。


「先程も思いましたが、キティ様は着痩せするタイプなのでしょうか。

ドレスを着られるとメリハリがあり、とても映えますね」


「ありがとうございます。普段、あまり着ないのでよく分からないのですが、そう言われると嬉しいですね」


「さあ、完成致しました。如何でしょうか?」


姿見鏡に映る私は、本当にお姫様みたいだった。


(・・・もちろん、メガネを除いては、だが)


「はい、とても綺麗です。ありがとうございました」


するとメリーナは『サイラス様を呼んで参ります』と部屋を出て行った。


(けどやっぱり、メガネが全てを台無しにしている感が拭えない)


(・・・でも、顔を見せるよりはマシかな)


姿見鏡と睨めっこをしていると、彼とメリーナが入って来た。


「終わった様だな。疲れてないか?」


鏡に映る彼も正装をしており、私のドレスと対だと一目で分かるデザインだった。


髪型はいつもとは違い、しっかりと後ろへ流れている。


「はい、大丈夫です。それにしても、準備は時間が掛かるものなのですね。改めて実感しました」


振り返った私を頭の先からつま先まで見た彼は、眉を寄せた。


そして口を開いた瞬間、部屋の扉が開いたのだ。


入って来たのは、彼の母と父だった。


「あら、キティさん。とっても綺麗よ!

お姫様みたいだわ」


「やっぱり、女の子は華やかでいいな。

とても似合っているよ」


褒めてくれた二人にお礼を言うと、彼と目が合った。


「そのメガネは外さないのか?」


「メガネは必需品ですので外せません」


「でも、度が入っている訳じゃないだろう?」


その言葉を彼の両親もジッと聞いている。


(・・・これ以上言うのは、我儘なのかな。

ご両親も、折角のドレスがこんなメガネじゃ期待外れよね)


考えていると、彼が言葉を重ねた。


「じゃあ、僕の一回分の権利を使おう。

メガネを外してもらえるか?」


ーーーこの要求は、金銭や倫理的観点から外れたものではない。

であれば、私は彼の要求を飲まなくてはいけない。


心臓がドクドクと脈打つ。

私は、手が震えない様に注意しながら、メガネにそっと手を掛けた。

フレームを押し上げ、メガネを外す。

そして、閉じていた瞳をゆっくりと開いた。


すると目の前の四人は、目を見開き、口を開けて愕然としていた。


(・・・やっぱり。だから見せたくなかったのだ)


俯く私に、彼の母の声がした。


「あ、貴女、キティさんよね?」


「・・・はい、そうですが」


その会話を最後に、沈黙が流れた。

この時間に居たたまれなさを感じてきた頃、彼の口が動いた。


「・・・キティ。

やっぱり、メガネを掛けて行く事を許す」


その言葉に、良かったとホッとした自分と、そこまで私の顔は受け入れ難いのかと思うと、胸がチクっとした。


(・・・彼なら、私を受け入れてくれると思ったんだけどな)


そう頭を過ぎった事に疑問を持った。


(・・・あれ?何でそんな事を思ったんだろう?)


何だか靄(もや)が掛かっていて思い出せそうもない。


すると、彼の声が響いた。


「じゃあ、行こうか」


そっと差し出す腕を見た私は、メガネを掛けてから手を置いたのであった。


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